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お泊りさせてあげよう

◆ モノネの部屋 ◆


布団に入りながら、新しく買った本を読んで眠くなったら寝る。起きたらまた読んで、お腹が空いたら魔晶板(マナタブ)で何か頼む。

 イルシャちゃんの店を登録して頼もうか、それとも超揚げチーズピザでも宅配してもらおうかな。あの人気ピザ屋『ピザキャップ』はすっかりお気に入りだ。


「マスター、金庫に入っているお金は使わないんですカ?」

「あの時は背に腹は変えられない状況だったけど、今はお金があるからね。ましてや親の金だし」


 さっき思い出して、試しに金庫に触れたらすぐ開けられた。とてつもない金額があったけど、そっと閉じる。たくさんのおこづかいを貰ってた分際で、更に金庫からも取るなんて出来るわけない。


「だから本当にやばくなったら考える」

「最終手段として考えてはいるのですネ……あ、来客のようでス」


 さっき呼び鈴が鳴ってたし、誰か来てたみたいだけど今度こそ無視。


「フフフ、報酬でもらったお金もあるから当分は籠城できる」

「マスター、来客はよろしいのデスカ?」

「いいの。魔導砲はダメだからね」

「今日一日、本当に外に出ませんでしたネ……」


 二回目の呼び鈴が鳴っているけど無視。誰にも私の聖域に踏み込ませはしない。

夕食を食べたら次は――


「やっぱりいらしたのですね」


「ほぎゃあぁぁぁぁ!」


 驚きすぎて掛け布団にくるまったまま、ベッドから転げ落ちる。涼むために少しだけ開けていた窓のところに、見覚えのある人がいた。ここ二階なんだけど。


「ア、あしゅせーなちゃん?!」

「アスセーナです。呼び鈴を鳴らしても出てこなかったので不審に思ったのですが……。

その驚きようからすると、やはり何らかの事件があったのですね」

「今、ここが事件現場になりました!」

「どういう事ですか?! 犯人はどこに!」


 やばい、やばい、予想外すぎて頭が追いつかない。普通に靴を脱いで窓脇に揃えてから入ってきたし、この人の思考と目的がわからない。真剣に周囲を伺って構えてる。まずあなたが不審者ですから。


「この部屋に閉じ込められているのですか? 犯人はどこに」

「いや誤解だから。何も事件ないから」

「そうなんですか。家主が不在の時はつい疑ってしまって……」

「それより何か用なの?」

「あなたを初めて見た時から聞きたい事がありました」


 急に表情をキリッとさせて正座するアスセーナちゃん。さん付けでいいかなと思ったけど、同じ歳なら親しみをこめてちゃん呼びしたほうがいいはず。


「あなたは自由ですか?」

「はい?」

「自由なんでしょうか」

「ごめん意味わかんない」


 顔が真剣そのものだし、別にボケてはいないんだろうな。正座してるし。いやこれ、逆にバカにされてるパターンかも。


「ゴボウを倒した時の戦闘スタイルといい、その服装といい……。私が今まで出会った、どのタイプとも異なります。あなたは自由なんでしょうか?」

「依然として意味わかんないけど、誰かに縛られたりするのは嫌かなぁ」

「なるほど、それがあなたの強さの秘訣なのですね」


 こんなので納得してもらえたのかな、これ。私が気になってわざわざ訪問してきたのか。親指を顎に当ててかなり考え込んでるし、からかわれてるわけじゃないみたい。

 物腰が落ち着いた優等生みたいなイメージだったけど、行動が大胆すぎる。


「いえ、どうしてもわからないのですよ。失礼ながら、あなたはゴボウに的確な一撃を与えてました。しかし、あなたの意識はどこか……自分の戦いそのものを俯瞰しているようにも感じて……」

「そう、気のせいじゃない?」

「それでいて、何にも縛られない生き方……羨ましいです」

「羨ましい?」


 この人、戦いを見ただけでバニースウェットがやってくれただけという事実に辿りつきかけてる。そりゃ私は俯瞰してますよ。スウェットと剣がやってくれたんだから。討伐隊のメンバーには実はそこまで話してない。だけど、今更隠すほどでもないかな。


「私は推測します。乗っていたその布団といい、あなたはアビリティで剣やその服に何らかの指令を与えられるのでは?」


 私の質問を切り返して、唐突に正解に辿りつきやがった。これが真の強者か。


「うん、そんなところかな」

「モノネさん、たとえ相手に正解を言い当てられてもあっさり認めてはいけませんよ。よく自慢げに『そう、私の能力は』と丁寧に解説して下さる方がいるのですが、理由がない限りは相手を勝利に導く愚行としか思えませんから」

「あぁ、小説にもそういうキャラいるねぇ。現実でも同じなんだ」

「小説! それはもしや娯楽の一つでは?!」

「そ、そうだと思う」


 本棚から適当な小説を取り出して、アスセーナさんに渡す。まるで宝物でも見るかのように目を輝かせている。なんだ、この人。


「私、こういうの読んだ事ないんです。子どもの頃からずっと何かを極める事にしか興味がなくて」

「嫌味かな」

「いえ! そうではなくて! 剣技から舞踊まで一通りやってみたのですが、どうもすぐに人並み以上に出来てしまって。あれはこれはと手をつけているうちにほとんど極めてしまって……」

「やっぱり嫌味かな」

「そうしているうちに周囲から期待されて、引けなくなったんです。シルバーの称号なんていただいて、誇らしくは思うのですけど」

「もう帰ってもらっていいかな」

「すみません! 自慢しちゃいました!」


 口に両手を当ててはいるものの、自慢したと認めやがった。こうも正直だと、イライラの矛先が逆ににぶる。この子は私をイライラさせるために部屋にまで侵入してきたのか。


「王都の学園も1年で卒業してしまったのですけど、その話はやめますね」

「もういいから、結局何がしたいの」

「何を……といわれても。モノネさんが知りたかったんです」


 なんかムズムズする。こっちが困ってるのに、拗ねたみたいに唇をとがらせて上目遣い。丁寧で大人びた雰囲気の一方で、子どもみたいな仕草だ。


「知りたいって言われてもねぇ。お察しの通り、別に鍛錬なんてしてないし。特に何かやりたいとも思ってないし」

「すごいです」

「よし、帰って」

「いえ、皮肉ではなくて。私は常にやりたい事を見つけたり何かをやろうとしてました。何か夢を持って生きている方が大勢いらっしゃいます」

「本当に皮肉じゃないの?」

「皆さん、何かになりたがってるんです。今の自分以外の何かに。私もその一人です……実をいうと冒険者も、本当に自分がやりたかった事なのかなってずっと思ってます」

「でもシルバーの称号までもらってるし、合ってるんじゃ?」

「確かに新しい発見に一喜一憂したり、誰かに感謝されるのは嬉しいです。でもこう……心の底から充実しているかというとそうではなくて」


 なんだか難しい事を考えてるんだな。そんなの生まれて一度も考えたことがなかった。そんな高尚な悩みから私に行きついたのも、この子からしたら私みたいな適当な人間が新鮮に見えるからかもしれない。

 私の事はシュワルト辺境伯から聞いてるだろうし。


「私はモノネさんが……」


 アスセーナちゃんが何か言いかけた時、そのお腹が鳴った。もう夕食時なのに何も食べないでここに来たのかな。


「お腹が空きました。あの、キッチンをお借りしてもいいですか?」

「勝手に人の家に入ってきて何かを作ろうとするその心意気、帰れ」

「何か余り物でもあれば、私がモノネさんの分も作りますので」

「許可する!」


「そうはいきませン」


 宅配でお金を使わずにすんでラッキーすぎる。だけどティカが何やらご立腹だ。


「私も手伝いまス」

「やりましょう」


 ティカに何の疑問も抱かずに団結。私としては楽だけど、読めない子だ。アスセーナちゃんがキッチンにある余りものをテーブルに並べて、それを凝視する。


「決めました。ティカさんはこちらの素材をみじん切りにして下さい」

「かしこまりましタ」

「モノネさんはそこに座っていて下さい」

「いや、こちとらプロ級だよ?」


 いきなり戦力外通知されたので、早速イルシャのパパの調理器具を手に取る。ラッキーといいつつエリートにエリート面をさせたくないのか、私もなんだかんだで張り切ってるな。

 アスセーナちゃんと私で広いキッチンを分けて使い、それぞれが調理を進める。


「や、やりますね!」

「そっちこそ、料理もプロなの?」


 私の動きに余裕で合わせてくる。包丁さばきや肉の下処理、同時にスープまで作り始めた。適当に買っておいた食材やおすそ分けしてもらったボア肉なのに、高級料理にさえ仕上がりそう。

 そしてティカは私達が求めている作業を先回りしてやってくれている。魔導砲も打てて魔力感知も出来て、料理もサポート可能とか。この子、実は相当できる。私はというと、米を炒めた簡単な料理。シンプルで、いかにもイルシャの店で出てきそうな料理だ。


「お二人とも、お疲れさまデス。いいものに仕上がりましたネ」

「ア、アスセーナさん。これすごいよ」

「バーストボアの肉なら、シンプルにステーキでしょう。それとオニオンスープですね」

「もうこれ、お店開けるって……」

「モノネさんの炒飯も、香ばしい匂いでおいしそうですよ。ステーキにこれと、全体的にこってりしましたがバランスは悪くないですね。ではいただきましょう」


 盛り付けのセンスといい、この子は本当になんでも出来るんだな。料理さえも極めたのか。イルシャパパの力を借りてようやく互角だとしても、底が知れなさすぎる。


「あぁ、おいしい……さすが私が作っただけあります。でもこの炒飯も、シンプルながら最高の仕上がりですね」

「こんなに豪華な夕食になるとは思わなかったなー」

「さて、次はモノネさんの料理をいただきましょう。お手並み拝見です」


 アスセーナちゃんが大袈裟にスプーンで炒飯をすくって、ゆっくりと口に運ぶ。


「か、香りを逃がさずにきっちり炒めてますし、この上ないバランス! 負けました……」

「いやいやいや……」

「プロ級どころかプロですよ……。なんというアビリティ」


 スプーンを持ったまま、プルプル震えて本気で悔しそう。アビリティのおかげだとはわかってるんだ。まぁそうだよね。気を取り直して、こっちからアスセーナちゃんのステーキをいただこう。


「あーステーキやわらかーい! ボア骨メンと違って臭くない!」

「モノネさんから魔力はほとんど感じられませんし、努力とも遠い方なので恐らくはアビリティですね」

「スープもコンソメみたいでおいしい!」

「しかし、それほどまでに器用なアビリティは見た事がありません。興味ありますね」

「炒飯のやめられなさ! 止まらなさ!」


 なんか見つめて語ってくるアスセーナちゃんをあえて無視して、料理だけを堪能する。綺麗でかわいいし強くて料理もできるとか、本当に欠点がない。私と違って自力でこの実力って。


「ふぅ、ごちそうさま。まさかこんな豪華な食事にありつけるとはね」

「ティカさんもありがとうございます」

「いえいえ、微力ながらお手伝いしたまでデス」

「ティカさんもモノネさんのアビリティで活動なされてるんですか?」

「そうですネ。元はただの……」

「ただの?」

「思い出せないのデス。自分が元々何だったのカ」


 ティカに興味があったアスセーナちゃんも、さすがにこれ以上は言及しなかった。ティカが何なのか、どうして私の家の地下にいたのか。こればっかりはパパ達に聞かないとわからない。


「ますます興味深いですね。そういえばモノネさんは冒険者になられたんでしょう」

「一応ね。あまり活動したくはないけど」

「バーストボア討伐の件やその奇抜な恰好も含めて、ギルド内はモノネさんの噂一色ですよ」

「うわぁ、行きたくない」

「シュワルト辺境伯も、あなたの活躍を見越して登録料を支払ったんでしょうね」


 やっぱりあの人だったのか。私が断固として拒否したら、どうするつもりだったんだろう。確かにこのバニースウェットとあの剣の力はすごいけど、実際どこまでやれるのかもわからない。

 これらでも対処できない事態になった時、私は死ぬしかなくなる。だから怖い。でもいつかはまたお金を稼がなきゃいけなくなるな。両親の帰りがいつになるかわからないし。


「あのさ、アスセーナちゃん。お願いがあるんだけど」

「はい、いいですよ。さぁ寝ましょう」

「話早すぎて怖いし泊まる気満々すぎる」

「……ダメですか? 一人暮らしだと寂しいんですよ」


 寂しそうに、その綺麗な顔に影を落とすアスセーナちゃん。強引で勝手なところもあるけど、きちんと人の子だ。

 シルバーの称号を貰うほどの実力者だけど、それに見合って大人になるとは限らない。この無邪気さは、さっき言ってたプレッシャーの反動かも。


「ハッ! これはもしや、お泊りというやつでは?!」


 そういうやつですね。さ、寝よう。


◆ ティカ 記録 ◆


アスセーナさん マスターに どのような影響を 及ぼすのかが

心配でしたが いい関係になれそうで よかったデス

しかし 窓から 入ってきた件といい この調子だと 他でも トラブルを 起こしてそうデス

シルバーの称号の基準には 素行まで 含まれないのカ

強引どころでは ありませン

マスターも 一人のほうが 楽なはずなのに 自然と 受け入れていル

これは マスターの中で 何かが 変わりつつあるのカ


引き続き 記録を 継続


「マスター、バスユニットやトイレなどで使用した水はどこへ流れていくのですカ?」

「この街は下水処理が王都と同じくらい徹底してるってパパが話してた」

「下水処理……未知の世界デス。するとあの無限に出てくる水はどこから流れてきているのでしょウ?」

「水上都市にある貯水施設から、魔石管理士達が水魔石を用いて各街に送り込んでいるんですよ。この家では冷魔石で食材の保存もバッチリですし、魔石技術はここ最近で飛躍的に発展していますね」

「それは知らなかった。さすがアスセーナちゃん」

「毎日使用しているものですし、少しは疑問に思ったほうが……」

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