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どうしよう

「よし、布団君。次は一階のキッチン行こう」


 私が一度触れた物なら、何でも操れる。 例えば布団に巻かれたまま、浮遊して移動できて便利だ。家にはいつも両親がいない。パパはなんか偉い商人をやっていて家にいない事が多いし、ママと共働きだ。

 それなりに裕福なわけで、こうして何の苦労もなく16年も生きている。寂しいとか思った事はあまりない。おこづかいをくれるので、不自由はない。

 特にやりたい事も見つけられず、ズルズルとこうやって生きている自分に疑問がないわけじゃない。でもやりたい事が本当にないんだから、どうしようもないかなと思い始めてる。

 あまり大きいものや床や壁に固定されているものは何故か言う事を聞いてくれない。だから食事の時だけは1階に移動しなきゃいけなくて、本当に面倒だ。


「ん?」


 両親が雇っている住み込みメイドさんがいるから、家事全般は困らない。そのはずなんだけど今日はどういうわけか、テーブルには何も用意されてなかった。キッチンにも何かを作った形跡はない。朝食は私がいつも起きてこないので、メイドさんもそれを見越して作ってない。だから用意されているとしたら昼食だ。


「あっれぇ?」


 部屋に戻って、いつもお金が入っている引き出しを見ても何もない。魔石技術の集大成、魔晶板(マナタブ)に表示された通販記録を必死に辿ってみる。

 おかしい、通販で瞬撃少女全15巻を買った時はまだあった。そうだ、新発売のモモルチップスと世界樹の樹液味ソーダを箱で衝動買いしたんだ。ゴブリンの全種フィギュアセット、あれはいらなかった。確かに使いすぎたとは思うけど、何か違和感がある。


 ここにきてようやく冷静に状況を分析できた。食べ物もお金もない。そして冷静になったついでにパパとママが次にいつ帰ってくるかも聞いてない事を思い出す。

 まー、お金くらい別にいいし? 当面の問題は食事だけど、その昼食を作ってくれるメイドさんがいない。余っている食料を求めてキッチンに行くと、テーブルの上に何か書置きがある。


"モノネへ。パパとママはしばらく帰らないから、お金は大切にな。

食事がメイドのティアナさんが作ってくれるから感謝するように"


 しばらくってどのくらいなの。そしてティアナさんは行方不明。買い出しかと思ったところで、もう一つの書置きに気づく。


”夫妻へ

もっと待遇のいいところで雇ってくれるみたいなので本日付けで辞めます。

住み込みといっても部屋代は高いし食費の支給はありませんし、三ヶ月くらい給料を貰ってません。

モノネお嬢様、給料がないのでここに隠してあったお金をいただきます。

メイドのティアナ”


「劣悪かよ!」


 あの人がそんなひどい待遇で働いているなんて知らなかった。何年も一緒だったから信頼していたのに。ていうか、本日付けで辞めるなら今日の食事は用意するべきだと思う。

 そもそもこの書置きはそれぞれ、いつ置いた? そういえば朝方、物音が聴こえた気がしたけどその時に帰ってきたのかな。いや、そんなのはどうでもいい。

 私はこれからしばらく、食事も洗濯も何もかも自分でやらなきゃいけない。そしてお金もない。


「どうしよう」


 仕事探し? いやいや、それは最終手段。まだ手はあるはず。







 なんとなく鏡を見る。

グレーの髪はろくに手入れもしてないからボサボサだ。髪が少し長い。もう少し伸びて背中まで到達したら考えよう。とりあえず前髪だけでも切っておく。パッツン、あまり出来てない、やっぱりボサボサだ。

 そしてこの目、ジト目ってやつか。なかなか眠そうな目つき。お気に入りのギロチンバニーのフード付きスウェットからしばらく着替えてない。これとスウェットパンツが楽すぎるから、しょうがない。外出なんてほとんどしないから、着替える必要もない。

 日常が崩壊してみると、改めて自分を見つめ直せた。容姿は多分悪くない、体型だって寝っ転がりながらお菓子とか食べまくってたのにどこも出っ張ってない。本当にどこも。これが幼児体型か。まぁ誰に見せるわけでもなし。

 まずは空腹をどうにかしなきゃ。布団にくるんでもらってふわふわとキッチンまで移動して漁ったけど、ほとんど何もない。何かわからない硬い乾物をかじってるうちに、ギロチンバニーにでもなった気分になる。ギロチンバニーは魔物だし、野生でたくましく生きられるけど私はどうだろう。無理です。


「布団君よ、どうやったらお金を……あっ! そうだ!」


 この力でお金を持ってきてもらえばいい。この家、無駄に広いし実はどこに金庫があるのかまったくわからない。だから金庫さえ見つけられたら希望はある。

 ものすごく良心が痛むけど、非常時過ぎるからしょうがない。二人が帰ってきたら謝る。


「これよ、これ。ゴブリンのフィギュアセット。無駄に123種類もありやがってからに」


 こいつらだけが頼みの綱だ。でもこの片手で持てるサイズじゃ、さすがに金庫は開けられなさそう。特にこの両手に盾を持ってるシールドゴブリンにはきついかもしれない。何なんだこいつ、なぜ両手に持つ。どういう生態系にもとづいてるんだ。

 ゴブリンという魔物は金目の物を見つけるのがうまいと魔晶板(マナタブ)で読んだ事がある。つまりこのゴブリン達に頼めば、金庫を見つけてくれるはずだ。


「いっけぇ! ゴブリンフィギュア達! この家の金庫を見つけてこーい! ついでに何かお金になりそうなものがあったら、それももってこーい!」


 ガタガタと震えたフィギュア達の手足が稼働して歩行を始める。それぞれが元のポージングである猫背のまま疾走していなくなった。よし。


「はー、見つけてくるまでひと眠りしま……」


ガタン!


 何か、こう板が外れるような音がする。ゴブリンの仕業だとは思うけど万が一泥棒の類だったらやばい。

心臓をバクバクさせながら、一階へと降りていく。


「なにこれぇ」


 廊下の壁の一部が長方形の形に切り取られている。正確には壁の一部がドアみたいになって開いている感じだ。足元をゴブリンフィギュアが、その奥に吸い込まれていくようにして駆けていった。


「こ、こんなところに隠し扉?! 全然気づかなかった……」


 すぐそこが階段になっていて暗い。そんなに深くなさそうだし、降りてみよう。埃っぽさと湿気臭さを我慢しながらも、ゴブリンを追った。

 材質がわからない壁がボロボロで、この地下室だけ別の世界みたいだ。そしてそこには用途不明のガラクタとしか思えない物の数々が雑多に散らばっていた。子どもの玩具みたいな人形もあるし、これらは両親が集めてきたものかな。

 どこからか仕入れてきて売るつもりなのか、これだけのものを集めたバイタルがすごい。うーむ、商魂たくましい。いや、私にもその血が流れているはずなのだがどうしたことか。


「ゴブリンよ、金庫はそこかね?」


 聞くまでもなく、薄暗い中でもわかる黒光りの金属の箱がそこに鎮座しておられる。ゴブリンは私が課した任務を終えて、動かないフィギュアに戻っていた。ありがとう、ゴブリンボンバー。

 だけど礼をいったところで問題はここからだ。どうやってこれを開けるのか。無駄だと知りつつも、力づくでなんとかしようと試みるのが人間だ。そしてダイヤルをカチカチと回し続けるのも人間だ。さて。


「その辺にコレを開けられそうなアイテムはないかな」


 アイテムを漁り始めるけど、なかなか使えそうなものがない。何か武器でもあればよかったんだけど、どのみち私の力じゃ無理か。諦めムードでさっきの玩具の人形を抱きつつ、金庫を恨めしそうに見る。


「あぁ……死にたくない」


 ふと、思いつく。金庫に触れて『開けて』と言えば――


「……シニ、タクナ、イ?」


 今、誰がなんて?


「マスター、あなたの望みを叶えまス」

「おおおおぉぉぉぉあああぁぁぁぁ!」


 声の発生源は抱いていた玩具の人形だ。放り投げて地下室の階段を駆けあがり、壁みたいなドアを閉め――


「いつでもマスターのおそばニ」

「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 すぐ背後に張り付いてやがった。もうダメだ、意味わからん。私の力を使うにはその物に触れていて、尚且つ命令をしなきゃいけない。この人形に触っていたけど何も命令してない。

 これはアレか、人形に籠っていた怨念による操作か。それとも魔物の類か。とんでもないものを仕入れてきたもんだ。これがこういうものだとわかっていたのかは知らないけど。

 私の頭一つ分の大きさしかない、その人形は浮きながら私を見つめてくる。


「や、やめて……何でもしないけど殺さないで……」

「あなたはマスターでス。マスターは死なせないのデス」

「そうなの?」


 確かに何かしてくるならとっくにやってきてもよさそう。よく見たら浮いて喋ってる以外は普通の人形だ。丸顔で子どもみたいにくりっとしたかわいい目、茶色のストレートヘアーの先を後ろで縛ってる。そして魔術師を思わせる肩かけローブ。そして被っている三角帽子のせいで魔法使いっぽく見える。

 これ、どうやって浮いてるんだ。とぼけた目を見つめ返しながら、次の言葉を探る。


「あなたは私の力で動いてる感じ?」

「マスターのおかげで自立が可能になったのデス」

「つまりそれは私の味方で、しかも何でもしてくれるって事?」

「マスターを死なせない、それが望みデス」

「そっかそっか……」


 よくわからないけど、私の力にはまだ知らない何かがあるって事か。なんというサプライズ。これは朗報だ。幅があるという事は、より出来る事が増えるはず。

 さっきまでびびりまくっていたのに、この適応力と切り替えは自分でも驚いている。さてさて、敵どころか味方だとわかった今。どうしようか。


「あのね、お金がなくて困ってるの。そしてお腹が空いているの。何とかしてほしい」

「お安い御用デス。まずは外に出て労働に勤しみ、その対価を得ましょウ」


 人形に突きつけられた正論に返す言葉が見つからない。黙っていると、人形は首を傾げ始める。いや、君は至極真っ当な事を言ったよ。悪いのは私だから。


「来客のようデス」


 廊下の先にある呼び鈴が鳴る。居留守だ、居留守。どうせ私を訪ねてくる人間なんていないし、両親絡みなら対応できない。


「なぜ向かわないのですカ?」

「面倒だから出なくていいよ」

「面倒な相手なら迎撃しましょウ。マナ収縮率20%……30%……射程距離算出、軌道誤差修正、魔導砲発射まで5、4……」


あら? その片手を変形させて出来た立派な大砲みたいなのはなにかしら?


「ちょっと待て中止ぃ!」

「かしこまりましタ」


 なんか光が集まってたし今の絶対マジなやつだ。こいつ、もしかしたらとてつもなく危険なブツなんじゃないの?

 ひと段落して、ようやく呼吸を整える。従順なのはわかったけど、冗談がまったく通じないやつだ。


「で、出るから」


 引きこもりの疲弊しきった体が重かった。布団君に運んでもらいたいけど来客の前でそんな真似はできない。

 私の力、両親は知ってるけど物を少し動かす程度のちゃちなものだとしか思ってない。一度だけ見せた事があるけど、おぉすごいなぁモノネ偉いなぁで終わった。子ども心ながらに、それでいいのかと思った覚えがある。


「はい」

「警備隊の者だ。聞きたい事があるのだが、ご両親は不在かな?」

「元気に不在です」


 ドアを開ければそこにはいかつい男が二人、クソ重そうな鎧の威圧感が怖い。この町の警備隊だ。なに、うちのパパかママが何かの事件に関わっている雰囲気? やばい商売に手を出して足がついたとか、信じたくないんだけど。


「では君に聞こう。先ほど、町人がこの小さなゴブリンの人形に襲われてね。危うく金を奪われそうになっていたところを我々が助けた」

「はい、無関係ですね明らかに」

「意外にすばしっこくて追いつくのに苦労したよ。で、コレが逃げ込んだ先がこの屋敷だった」

「そうですか、無関係すぎて寝ますねさようなら」


「寝るのはじっくりと話を聞いてからな?」


 ちびりかけるほどの凄みで、とぼけた事を後悔した。窓ガラスが割れていて、そこからゴブリンが外に出て行ったみたいで。まさか活動範囲を外に伸ばすなんて想定外だったわけで。

 そして警備隊の男が握っていたのはシールドゴブリンだった。


「マスター、その魔晶板(マナタブ)とはなんデスカ?」

「これで宅配や通販が出来たり、ちょっとした情報なんかも見られるという魔石技術が生み出した英知の結晶だよ。それ以外にもいろいろ出来るけどね」

「そのようなものガ……。何を動力にしているのデスカ?」

「魔石を動力にしているとか何とか。だから結構高いし普及率も今一だから、持ってる人は少ないはず」

「お金持ちの家に生まれたマスターだからこそデスネ。ご両親も苦渋の決断をして買われた事でショウ」

「いや、二つ返事だったけど」

「素晴らしいご両親デス」

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