7話
パンツ一丁になって荷物検査を受けたナナシ達は、そのまま『フィンディッシュ海』に面した海岸にまで連れてこられた。
「おー、いい温度だ。熱くも冷たくもない。けど、状態はあんまよくねえな」
ナナシがしゃがみこんで砂浜の状態を確認する。
それを見て、ユミルが質問した。
「そんな気にすることか?」
「大事だぜ。砂に足を取られるってぇのはよくあることだからな。無駄に体力使うハメになるからなるたけ固まっててくれたほうが良かったんだが」
「へぇ………」
試しにユミルが思いっきり足踏みをすると、靴が少し砂に沈んだ。
「あ、ほんとだ。少し走りづらいかもな」
「試験の内容によっちゃあ相当ダルいぜ」
二人で話していると、メガホンもどきで先程の試験官の女性が叫んだ。
「それでは皆さん!第三の試験は、『体力テスト』です!しかし、皆さんが学校で受けたことのあるであろうアレとは全然違います!文字通り体力を測らせて貰います!
皆さんには、3日間スケジュールの通りに過ごして頂きましょう!そのスケジュールはこちらです!」
女性がそう言うと横から巨大な移動式の黒板がガラガラと現れる。
内容は勿論、スケジュールだ。
0:00~2:00 睡眠
2:00~4:00 柔軟体操・ランニング
4:00~5:00 腕立て・腹筋
5:00~6:00 走破訓練
6:00~7:00 休憩
7:00~9:00 ランニング
9:00~11:00 懸垂訓練
11:00~12:00 休憩
12:00~14:00 ランニング
14:00~16:00 フィジカルトレーニング
16:00~18:00 低体温訓練
18:00~19:00 休憩
19:00~21:00 ランニング
21:00~23:00 腕立て・腹筋
23:00~24:00 就寝準備
(は?)
ナナシは愕然とした。
内容が過酷すぎる。下手すれば、これはかの有名な『第一旅団』レベルの内容をやらされていることになる。
砂浜が騒然となる中で、女性は依然メガホンを手放さない。
「皆さん、しかしご安心ください!スケジュール上はこのように書いてありますが、実際はノルマ制です!チーム全体で、決められたノルマを達成すれば次の訓練まで休むことが出来ます!しかし、我々もチェックに入るのでサボってたりしたらペナルティですよーっ!」
そう言って、女性は黒板に文字を書き足していく。
最初に書かれたのは『腕立て/チーム合計で2000回』………ナナシは安堵した。まだなんとかなる範囲だった。確かに、これもクリアできないチームは『即戦力』にはなりえないだろう。
全てを書き終えて、女性はチョークを置いた。
「既に11時となってしまいましたので、これから12時までは食糧配布・休憩の時間とします!皆さんのご武運を祈りますよ!」
女性がメガホンも置く。志願者達は、完全に言葉を失っていた。
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「そういえば、皆何か目標とかってあったりするのか?」
砂浜で走る中、ユミルはふと気になって尋ねた。
「い、今聞きますかぁ!?」
息切れしたフォードが叫ぶ。
開始から一時間。ナナシとユミルが猛スピードで走るために既にノルマ自体はクリアしそうだったが、フォード、カッシュ、モルドーの三名は既に体力の限界だった。
ユミルは、気遣いが足りていなかったと自らを恥じる。
「あっごめっ……」
「でも聞かれたら答えるしかありませんねぇ!僕は根っからの商人の家系です!将来の夢はそりゃあもう大商人ですよ!」
「言うんだ!?」
「言えって言ったのユミルくんじゃないですか!?」
ナナシとの初会遇の時もそうだったが、フォードは危機に陥るとテンションがおかしくなる。それが現れていた。
そのフォードが、そのままカッシュとモルドーに話を振る。
「おふた方はどうなんですか?」
「ハァ…ハァ……俺達はそんな大層な夢はないぜ。なあモルドー」
「そうだねアニキっ、その日その日を暮らしていければ十分だっ」
二人の答えに、フォードはウンウンと頷く。
「僕も基本的には死なないこと優先ですから、お二人の言うことはよくわかりますよ!
逆に、ユミルくんは何か目標があるんですか?」
フォードの問いに、ユミルは顔を顰めた。
「………なんにもないから、気になったんだ」
「そう気にするものでもないと思いますがねぇ………」
フォードが慰めていると、一人でノルマ分を稼ぐべく爆走しているナナシが後ろからユミルに並走した。
「なんか話してんじゃねえか。俺をハブっておしゃべりたぁいい度胸だ」
おうおうおう、と言いながらナナシがユミルに詰め寄る。
時折チンピラ臭くなる彼の言動に、ユミルは若干苦手意識があった。苛立ち紛れにユミルが噛み付く。
「くそ、ナナシはいいよ!絶対にロクでもない!」
「ひでえな!?」
ショックを受けるナナシに、フォードがフォローする。フォードは自分が隙あらば喧嘩腰になる二人をフォローする役回りに変貌してきていることを少し自覚した。
「ナナシさん、将来の夢の有無について話してたんですよ。ユミルくんが目標がないと苦しんでいるらしく」
「べ、別に苦しいとかは言ってないだろ………」
ナナシは、それを聞いてニヤリと笑った。
(嫌な予感がする…)
ユミルの予感どおり、ナナシはバシバシと背中を叩いた。
「チビの癖に難しいこと考えるじゃねえか!そんな深く考えるもんじゃないぜ。
まあ俺は目標ありまくりだがな!いいか、ユミル………っつーか全員に宣言しとこう」
ナナシは、腹一杯に空気を詰め込んだ。
それを、一気に吐き出す。
「俺は元帥になるからなーっ!ここにいる全員ボッコボコにして元帥になったるからなァァァァああああッッ!!!」
「「ッッ!!????」」
バカでかい声で宣言するナナシに、必死こいて走っている志願者達がギョッとして一斉にナナシを見た。
ユミルがナナシに殴りかかる。
「馬鹿か!?やっぱりお前に話を振ったオレが馬鹿だった!」
「な、なんだよ!?いいじゃねえか、どうせ競ってんだよ俺達は!今言うか後で言うかくれえの差だろうが!?」
「ふざけんな!お前とこうやって話してるオレが恥ずかしいんだよ!同類みたいに思われたら癪だろうが!しかもなんだよ元帥って!小学生かよ!」
「にゃにぃーっ!?人の夢をコケにしやがって!ぶっ潰してやる!」
「まぁまぁ、二人共落ち着いて……もしかして、これ僕も同類に思われてたりしますかね………?」
「「えぇ………」」
騒ぐ三人を見て、カッシュとモルドーは絶句していた。
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「ごぼぼぼぼぼ」
午後11時半。
這々の体でなんとか一日目を追えたフォードは、自らの水属性魔法で喉を潤していた。
その横で、ナナシも鉄のコップに口をつける。
「何とかなったな」
ナナシの言う通り、確かに何とかなった。ナナシとユミルが基本的にノルマ分を稼ぐ作戦で通したのだ。氷属性魔法で冷たくなった『フィンディッシュ海』で行動する『低体温訓練』というバカげたものがあったが、それもナナシが驚異的な水泳スキルを見せつけて突破した。
「ぼ、僕はもう死にそうですよ………」
特に、フォードの消耗が激しい。ナナシ達の負担を少しでも減らそうと無理をしたのが裏目に出た。人間、急に無理が出来るようには出来ていないのである。
ナナシに比べると少し疲れの残っているユミルが、フォードを気遣う。
「フォードはもう寝た方がいいぜ。今クソくだらない雑談するなら寝た方がいい」
「すみませんユミルくん……ではお言葉に甘えて……」
フォードは寝転ぶなりスースーとすぐに寝息を立て始める。
肉体と精神を極限まで追い込まれたのだから妥当とも言える。
それを見て、ナナシは1つ提案した。
「俺が見張りをやろう」
ナナシは人体改造で睡眠時間が少なくても生きていけるようになっている。
「えっ?なんで見張りが必要なんだ?」
ユミルの質問に、ナナシはまたわーわーと喚いた。
「あほかっ!そりゃ3日分のメシがそこにあるんだぞ、俺だったら誰かのを盗んで妨害するぜ」
「クズすぎる……」
「しねえから!?というか、皆考えるよな。なぁ?」
ナナシがカッシュとモルドーに同意を求めると、二人は頷いた。
「違いない。ただ、1つ言わせて貰うなら、今夜は俺達に夜番に任せてほしい。
いや、別に余裕があるわけじゃない。見ての通り疲労困憊だ。ただ、それでも俺達が2時間少し休むのとナナシが2時間少し休むのだと効果が違うと俺は思うんだ」
カッシュの言葉に、ナナシは驚いた。
「おいおい、大丈夫か?明日ぶっ倒れても知らねえぞ」
「大丈夫、二人で半分ずつ分ける。だから、安心して眠ってくれ」
ぐっ、と親指を出すカッシュに、ナナシはニヤリと笑った。
「その心意気、買ったぞ!ただし非事になりそうならぱっぱと俺を起こせ。3秒で解決してやる」
そういうなり、ナナシは寝袋に包まった。すぐにずごーずごーとイビキをかき始める。
「くそ、本当に騒がしいなナナシ………」
言いながら、ユミルも寝袋に包まる。
砂浜の上という慣れない環境だったが、疲労が上回ったために5分ほどで眠りにつく。
カッシュの口元が歪んだ。
「馬鹿め、本当に寝やがった」
カッシュの言葉に、横のモルドーも暗闇の中で笑顔を作る。
「アニキ、こんな上手くいくとは思わなかったな」
「アホなんだろ。フォードとかいう奴もここまで体力を使っちゃあ頭も冷静に回らないだろうさ」
言いながら、カッシュはナナシ達の3日分の食糧が入った袋を掴む。それを、自分の肩に担いだ。
「これで一週間は生き延びられるな」
その言葉通り、カッシュとモルドーは生活に困っていた。戦争孤児として子供時代を過ごした二人は、生活の基盤というものがまるでなかった。
それでもなんとか生きてこれたのは、こうやって盗みを働いてきたからである。
「アニキ、街の方は軍が見張ってる」
モルドーが報告すると、カッシュは考え込んだ。
「なら『ワーグイック大森林』を通るしか無いな」
なるたけ音を立てないようにしながら、二人は暗闇の中『ワーグイック大森林』に向かった。
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『ワーグイック大森林』。
数年前まで文明を弾く魔境と呼ばれていた森である。
しかし、『ワーグイック』を開発するにあたって軍はこの『ワーグイック大森林』に生息する害獣をかなり駆除した。その結果、どの動物も人に対して警戒心を持つようになり、人が通行してもそこそこ安全な地域と変わったのだ。
だから、カッシュとモルドーはその中をバキバキと枝を踏み鳴らしながら歩いていた。
「ははは、アニキ。これ、相変わらずクセになりそうだな」
枝を踏み鳴らすことが、ではない。彼らの精神はもっと邪悪に近いところにあった。
「明日には絶望しているだろうな。ざまあねえ」
二人は、生まれが平民の中でも底辺だった。それは、この世界では同時に無能であることの証明にもなる。
彼らと同じ戦争孤児でも、やはり才能は大きく現れる。仲間だった、取り潰しをくらって孤児になった少女は、途中で養子として貴族に拾われた。貴族ではなかったが、職人の親を持っていた少年はその手先の器用さを活かしていつも得をしていた。
そんな環境にいたため、何をしても上手くいかない二人の心が闇に染まりきるのにはあまり時間がかからなかった。
――――――全力で足を引っ張ってやる。
ナナシとユミルの噂を聞いた時、彼らの嫉妬心の炎がゴウと燃え盛った。
本来ならタダ飯だけ食らって帰る予定だったのが、二人の噂を聞いて訓練に残ることに決めたのだ。どこかこっかで足を引っ張ってやろう、と。
これは復讐だ。凡才未満の、天才に対する復讐なのだと彼らは信じて疑わない。
だから、彼らは後ろから迫る獣に気づけなかった。
「ぐるぉおおおおおッ!」
「わ、わっ!」
6メートルを超える熊が、そこにいた。
「でけえ!」
動物もレベルアップするためこの世界の動物は多少大きいのだが、6メートルは流石にレベルでも説明できない大きさだった。
モルドーは完全に腰が抜ける。その場にへなへなと座り込んだ。
「ば、ばかっ!死ぬぞ!」
「あ、アニキぃ……無理だ、立てねえよぅ……」
カッシュは、自分の脳みそが急速に冷えていくのを感じた。
「……じゃあな」
モルドーを置いて、カッシュは全力で逃げる。
後ろから断末魔が聞こえた。
「あ、アニキぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
(は、はは………)
カッシュは無心で足を動かそうとした。しかし、頭から後悔こびりついて離れない。欲を出さなければ良かった。すぐに帰っていれば良かった。
後悔先に立たずとはこのこと。
「ぐるぅぉおおおおおおお!!!」
「ぎゃああああああああ!!!」
『ワーグイック大森林』の中で響いたその断末魔は、誰にも聞かれること無く消え去った。