6話
暗闇の中で、酒がすぐに抜けたナナシは空き地で剣を振っていた。
その脳裏に浮かぶのは、昼のユミルである。
(とんでもねえ野郎だ)
ナナシは、最初から別にブレスで勝とうとしたわけではない。
もっと別のやり方――トップロールと言う技術だが――を使って勝つつもりでいた。
しかし………腕を組んだ瞬間、幾千もの死線を潜り抜けたが故の直感が囁いてしまった。
――――吸われる。
本能がユミルの才能を恐れていた。
天才は一を知って十を知るという。まさにそれである。だからこそたかが腕相撲、とも言えなかった。
ナナシの長年積み上げてきた技術――体重移動などその他諸々――が、一瞬にして掠め取られてしまいそうな感覚があったのだ。
だから逃げてしまった。上手く誤魔化した自信はあるが、あの場に腕の立つ輩がいれば自分の恐怖に気づいただろう。
「――――うけけけ!」
(だが、俺好みの話だ)
だからこそ、ナナシはその状況を好ましく思っていた。
ユミルは仲間なのだ。同じように才気だけでオーラを放つ士官学校の輩もいるが、それとは違う。競い合うことはあるだろうが、敵対することはないはずだ。
となれば、ユミルは刺激になる。変哲もない仲間よりは多少やばいやつの方が面白い。
(寧ろ逆に吸わせるか………?)
ナナシは頭の中で算盤を弾く。
ナナシは元帥になりたい。なら、逆にユミルの腰巾着になるのはどうだ。
あれだけの才能があるのだから、さぞかし身分は高いことだろう。この世界では、基本的には才能と身分は比例する。ユミルはこのまま入隊すれば戦場で活躍するはずだ。そして出世もすることは間違いない。士官学校に行っていないという絶大なハンデがあるが………。
兎に角、戦闘技術などを教え込むのは悪くない。
仲間としても頼れるようになる上、ハートも掴める。
少し考えた上で、ナナシは呟いた。
「やっぱし却下だな」
ナナシのプライドが許さなかった。
5年以上戦場に身を置いて鍛え上げたというのに、それをただでくれてやるのは癪に障る。好きなように振る舞って、それを見たユミルが勝手に強くなるのならばまあいいだろう。
ナナシはそういうことにした。
その後は無心でナナシが剣を振っていると、フォードがガス灯を持ってナナシの元まで歩いてきた。
「終わったか。ご苦労さん」
「苦労しましたよ………こんな感じでいいですかね?」
そう言ってフォードはナナシに紙束を差し出す。
そこには、沢山の似顔絵が書き込まれていた。
パラパラとめくった上で、ナナシは親指を立てた。
「ナイス。俺は正面戦闘しか出来ねえからこういうのが必要なんだ」
フォードが差し出したのは、人物のリストである。
フォードは見た目が弱っちいため、まるで警戒されない。逆に顔の整っている、つまり才能があるとわかるユミルか話題のナナシはかなり警戒されていた。
だから、ナナシはフォードにこのリストを作るよう頼んだのだ。
フォードが渡したのは、このパーティに敵意がある目線を送ってくる輩、そして他に話題になっている人物のリストである。しかも似顔絵付き。
リンクス家は元々商人だった家柄………50年前まではカメラがなかったので、商人たちは絵の才能も追求した。その結果として、フォードには絵心があったのである。
「ナナシさん、あんまり信用しないでくださいね。話題になってる方々の方は多分信用に値すると思いますけど。実績があるから話題になるわけですし」
フォードが自信なさげに申告するのを、ナナシは笑い飛ばした。
「うけけ、警戒しすぎて困ることはねえよ。俺は自分の注意不足で何回も死にかけた」
「光景がありありと目に浮かびますね……!」
嘘だとは思わない。昨夜も丁度酒場で男達にタコ殴りにされていた。
「うけけけけ。それでも順当に行けば多分余裕で合格なんだがな。いっちばん怖いのがこの場には野心家と人の足を引っ張りたいゴミが大量にいるってことだ。
多分軍の方も協調性の有無を意識してっからな。多分どっかしらではチームを組まされる。チームを自分で組めるんならラッキーだが、そうとも限らん」
「僕にとっては致命的ですね。ナナシさんのように武力があるわけでもないですし」
はぁ、とため息をつくフォードの背中を、ナナシはばしんばしんと叩いた。
「まー早く寝るこったな!寝不足は身体に響くぞ」
「そうします。ナナシさんもあまり無理はなさらずに」
「あたりめえよ!」
ナナシの剣さばきが加速する。ラストスパートだ。
それを見てフォードはガス灯を持ち上げる。
「ナナシさん、明かり無いみたいですけど一緒に帰ります?」
「いや、大丈夫だ。先に戻ってな」
「あ、はい」
ステステとフォードがいなくなるのを見て、ナナシは動きを止めた。
木の根元に座り、先程フォードに渡された紙束を取り出す。
ナナシの目が、金色に変貌した。
「よく描けてるこって」
今のナナシは、暗闇の中にあってまるで昼のように周りが見渡せていた。
突然だが、ナナシは改造人間である。
(うーん、久しぶりに使ったがまるで衰えてないな)
『特質魔法』………『転生者』だけが使える特殊な魔法。この世界で一般的に使われる、基本4属性――火、水、土、風――と希少4属性――雷、氷、鉄、音――のどれとも違う、固有の魔法。
ナナシにはその1つ、『生物改造』を友人に施してもらったことがあるのである。
その効果は大きく3つ。『夜目』『自然治癒の強化』『睡眠時間の短縮』。
その1つ、『夜目』を使ってナナシは一度紙束を読み切る。
(うーん、楽しみだ)
中々に狂ったメンツが集まっている。
ナナシは、期待を胸に自分の部屋に戻った。
~~~~~~~~~~~~~~~
翌朝、入隊希望者は昨日と同じ広場に集まっていた。
「ちょこちょこ人減ってんな」
ナナシは額に手をやりながら周りを見渡す。
事実、昨日の広場から溢れる状態が解消されていた。理由は無論、昨日の『無理をすれば死ぬ』発言。軽い気持ちで集まった人々は死を恐れて帰った。
逆に言えば、この場に残ったのは相応の自信、覚悟、若しくは考えの甘さがある。
ユミルがニヤリと笑った。
「寧ろこの方がやりがいがあるぜ。有象無象は相手にしてられないしな」
「昨日甘ったれたことをぬかしてたクセに偉そうな」
ナナシが茶化すと、ユミルは獣のように唸った。
「二人共喧嘩はしないでくださいね………?」
「いつもふっかけてくるのはナナシの方だろ!?」
ユミルが叫んだ直後、昨日と同じ試験官の男が現れる。
一瞬で広場が静まり返った。それと時を同じくして、試験官の男が登壇する。
男が一礼して、話を始めた。
「諸君、おはよう。快適な夜は送れただろうか。
まあ、それは試験の中で分かるだろうな。それより、まずは最初の試験合格、と言っておこう。この場に残っている諸君らを我々は評価する。
死を恐れるな、とは言わないが、この度の『特殊部隊』の隊員には少なくとも死をも勘定に入れるだけの豪胆さが欲しかったのだ」
(なるほど、あれも試験だったのか)
ナナシは驚いた。なら、試験自体は危険ではないのかもしれない。そんなナナシの予測は即座に裏切られた。
「しかしながら、死ぬ可能性がある―――あの言葉は嘘ではない。間違いなく、この試験では無理をすれば死ぬ。ここから先は諸君らがいかなる事柄に関しても我々軍は責任を持たない。
もう一度自分の胸に聞いて欲しい。本当にこの試験を受けるかどうか。今なら列車も間に合う」
男はそう言うが、誰も動こうとはしなかった。
当たり前といえば当たり前である。その前にああも言われてしまってはこの雰囲気で帰れる筈がない。
志願者達は自己責任で参加した―――そういう状況を作り出したい、という軍部の意図は、広場の殆どが理解した。
少しして誰も出ていかないのを確認すると、今度は試験官の男が降壇し、別の女性が上がってきた。
「はーい、皆さんこんにちは!これから2つ目の試験を始めますね!
今回のお題は『仲間づくり』です!皆さんにはこれから5人のグループを作ってもらいます!そのグループメンバーは次の試験で一緒に組む仲間になりますので、よく考えて組んでください!
ただし、グループを作れなかった方々はここでお別れです!急いでグループを作ってくださいね!制限時間は30秒ですよ!」
女性がそう言っている間に、ナナシとフォードは目を血走らせて周りを見た。
昨晩のリストの面子だけは排除する必要がある。
そして、キョロキョロするのは周りの男達も同じだった。そして、決まってナナシと目を合わせると縋るような目をするのだ。
「それでは、スタート!グループが出来たら座ってくださいね!」
掛け声とともに、広場が大きなうねりを作った。
唯でさえ混んでいた広場が混乱状態に陥る。有名人に人が殺到するためだ。
勿論ナナシもその一人である。早々に3人で固まったナナシ達は、一番最初に話しかけてきた二人組と一緒に座った。
ナナシ目掛けて走った集団が、一瞬で難民と化した。
「うけけ、ざまぁねえや。世の中は早いもん勝ちよ。
とりあえず名前だけ言ってこうぜ。俺はナナシ」
「「知ってる」」
全員の声が被った。その後、フォード、ユミルと続く。
最後に今加わった二人組。実に良く似た顔立ちである。しかし、茶髪と黒髪――片方は染めている――
ため、判断には困らない。
茶髪の男が自己紹介した。
「俺はカッシュ。こっちはモルドー。見ての通り双子だ」
「おっけー」
ナナシがそういった所で、ガンガンガンとゴングが鳴った。
「はい、終わりでーす!今座っても失格ですよ!話もしないでください!」
試験官の女性がそうは言うが、ダメ元でも諦められないのが人情である。幾つかの人々がこっそり座ろうとした。
しかし、流石にそれを許すほど軍部は甘くないらしい。容赦なく彼らは広場から追い出された。大凡20人位か。
数人が喚きながら去っていくのを見届けた後、試験官の女性は大きな丸を作った。
「はい、皆さん第二の試験合格です!
それでは次に進んで頂きましょう!次の舞台は海辺です!」
早速、『ワーグイック』という街の特色が活かされようとしていた。