5話
フォードをナナシとユミルで担いで走るという荒業で広場から離れた宿を確保できた三人は、明日の準備のために装備調達に走っていた。
装備と言っても、中世のような鎧、剣の類ではない。
虫除けだの救護セットだの、そういうものである。
「しっかし、まさか全員食糧しか持参してねえとは思わなかったぜ」
ナナシがベルトを探しながらぼやいた。
ナナシは荷物を減らすため、フォードは金がないため、ユミルはこのような経験がなかったためである。
「確かに、よく考えたらそういうものも必要だな。オレ、ずっと家にいたから食べるものとナイフがあればなんとかなると思ってたよ」
そう言うユミルの目は好奇心で輝いている。
田舎に遊びに来た都会人丸出しの彼に、ナナシは面白半分で尋ねた。
「なんだ、もしかしてユミルお前帝都のボンボンかなんかか?」
うけけけ、とナナシが笑うと、ユミルの顔が驚愕に染まった。
「なんでわかったんだ?」
そう言われて逆に焦ったのはナナシとフォードである。
あわあわと動いてユミルに近づく。
「ちょちょちょ、マジでボンボンなの!?
まずいんじゃねーか、お前これバレたらどうするつもりなんだ!?俺ら家出知ってるのに実家に連絡とかしてない、とかで巻き添え断罪は嫌だぜ!?」
「僕も僕みたいな没落貴族をイメージしてましたよ!?」
「そんなまずいか………?いや、大丈夫でしょ。もし見つかっても二人には何もしないように言っとくよ、オレ」
胸をとん、と叩くユミルに、すささささとナナシとフォードがユミルに縋り付いた。
「信じますからね、その言葉!お願いしますよ、僕は犯罪歴は欲しくないです!」
「右に同じく!わかったと言うまで離さねえからなぁっ!?」
「わかった!わかったから離れろ気色悪い!」
うねうねと絡みつこうとするナナシを、ユミルは狼狽しながら引き剥がした。
「くそ、どうしてそうどうでもいいことで絡みつくんだ………」
((いや、それに関しては俺らも人生かかってんだけど………))
因みに、彼らが買い物をしているアウトドア用品店は、田舎町としてはかなりの大きさを誇っている。自然に囲まれた街であるので、需要があった様だった。
心置きなく三人がそれぞれの準備を完了させたあたりで、ふとユミルが呟いた。
「そういえば、銃は買わなくて良いのか?」
この時代、武器といえば銃である。未だボルトアクション式が主流であるものの、その威力は絶大だった。
だからユミルは銃器コーナーへと足を進めた。
しかし、フォードがそれを止める。
「待ってくださいユミルくん。
なんでも、今回経済的に厳しい天才も掘り出したいそうですよ。だから全て無料なわけです。なので、値段の高い銃器は持ち込み禁止だそうです。恐らく碌でもない人間ばかり集まっているので、治安的な意味も込められているでしょうね」
「うーん、言ってることは分かるけどよ。万が一銃がヘタクソだったらどうするんだって話だぜ。銃の扱いがヘタクソな兵士ってそれ要んのか?」
ナナシの言葉を、フォードは肯定する。
「確かに、それはマズいです。ですが、人間訓練すれば大体の人はある程度まで上手くなりますからね。その点においては、『即戦力』を求めるという言葉は矛盾してますが」
「なんにせよ、買うことは必要ないわけだ」
「そういう訳です」
ユミルが銃器コーナーから離れると、ナナシがニヤニヤと笑った。
「ところがどっこい、なんと俺達は銃を使える」
「「はい?」」
訳のわからないことを言い出したナナシに、フォードとユミルが呆れた。
「どうしましたナナシさん。ルール違反はだめですよ」
「そうだぞナナシ。監督は軍がやる。たとえ拳銃でもバレるかもしれないだろ」
反論する二人に、ナナシが格好つけてチッチッチッ、と言いながら指を振った。
「甘いぜ二人共。列車ン中で俺の鉄属性魔法見ただろ?あれと同じ要領よ。それっ!」
ナナシがパチンと指を鳴らすと、ナナシの懐の鉄塊が変形して1つの小銃になった。
にやり、と笑いながらそれを構えるナナシを見て、二人は呆然とする。
「そこまで出来るんですか!?」
「嘘だろ、鉄属性魔法は鉄を変形するのだって上級魔道士しか出来ないって話じゃないか!?」
驚く二人に、ナナシは気を良くしながら小銃を元の鉄塊に戻す。
「うけけけけ。ま、こんな感じで後は弾さえ手に入ればなんとかなるって寸法さ。お陰様で俺は鉄さえありゃあ色んな武器が使える。ちゃんと訓練してっからな」
「「………っ!」」
想像以上にこの試験でナナシが有能なことに二人は驚いた。
例えるとすれば、オナガグモ。一人だけ銃を持つ、ということは他の蜘蛛を専門に狩るかの蜘蛛のような特攻性があった。
「使わなきゃなんねえ状況にならなきゃ良いんだが。ああ、おっちゃん。纏めて俺が払うから」
「あいよ」
3人は、そのままアウトドア用品店を出た。
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「それでは、3人の出会いを記念して!乾杯!」
「「乾杯!」」
3人は、とった宿の近くの酒場に来ていた。
驚いたことにここの食事代もタダらしく、酒場はギュウギュウ詰めになっていた。
「太っ腹だなぁ、軍は。タダ飯と思うと一層美味く感じるわ」
「ここまで来ると怖いぜ。オレはなんか裏があるんじゃないかと思っちゃうよ」
ちびちびとユミルはジュースを飲む。逆に、ナナシとフォードはビールで喉を潤していた。
この『ギュンター帝国』は元々は痩せた土壌しか持ち得なかった国であるため、ライ麦の栽培が盛んだった。その結果酒を飲むことは最早国民性………イギリスにとっての紅茶と言っても過言では無いレベルまで達していた。
そのため、酒は14歳以上であれば法律上でも許されていた。
早速酔いが回ったナナシがユミルに絡む。
「おいおいユミル、おめえ何歳だよ?あぁ?今のうちにアルコールは慣れておいたほうがいいぞぉ。ほら、一口!一口だけ!」
「これだから酔っぱらいは嫌なんだ!13だよ!未成年に飲酒を強制は罪に問われるぞ、もっかい『オルデウス刑務所』に突っ込まれてこい!」
「ばーか!はいばーか!俺ぁ脱走の天才なんだぁ!あんな辺鄙な場所死ぬほど脱走したわ!」
「脱走できるわけねぇだろ!この脳内お花畑!」
「あぁ!?未来の元帥様になんてぇ口を叩きやがる!不敬罪で引っ捕らえるぞおい!」
「いや、それに関してはナナシさんの方が今マズいと思いますよ………?」
3人があーだーこーだと騒ぐ。
傍から見れば微笑ましい光景なのだが、それを見る男達の目には畏怖が込められていた。原因はナナシである。
「………あいつ、オルデウス刑務所って話のやつじゃなかったか」
「見た目は子供の癖して恐ろしいガキだ」
「きっと子供とヒョロカマ野郎を連れてるのも擬態だぜ。突っかかっていけばとって食おうて魂胆だ。間違いねえ」
彼らの台詞を見ても分かる通り、フォードのあの発言は結果として上手く行っていた。
この時代、噂というのは驚くほど早く伝染する。ナナシの黒目が珍しいのも手伝って、ナナシがオルデウス刑務所出身という話は広がりに広がっていたのである。
なにせ、ここにいる全員がライバルだ。強者の情報は話の種にもなる。
――――なんでも、鉄属性魔法使いの凄腕少年剣士がいるらしい。
実に食いつきやすい話である。意外性の塊だからだ。
その甲斐もあって、ナナシは一躍受験者の中でも有名になっていた。
そうすると様々なことを考える輩が出てくるわけである。
「お前がナナシか?」
強面のマッチョが、後ろに沢山の男を抱えてナナシに話しかけた。否、それを『話しかける』というよりは『脅し』に近い。
しかし、元々異様に図太いナナシが更によって気が大きくなっているわけである。
剣呑な雰囲気を感じ取ったナナシは、椅子に飛び乗って身長差を埋め、そのまま男の胸ぐらを掴んで唾を飛ばした。
「あん?なんだ決闘か?お安い御用だぜ、何人でもいいからとりあえず表に出やがれこんにゃろう!オラ怖えのか!?」
決闘は、100年前までは普通にあったルールだった。
しかし、国の方針と人々の暴力に対する嫌悪感などから急速に廃れていった。
基本はデスマッチである。ナナシはそれをふっかけたのだ。
男としては、数に任せてナナシを脅かして泣きべそでもかかせてやろう、位にしか考えてなかったのだ。ナナシの啖呵にそれはもうびびった。
しかし、逆にこう言われると下がれはしない。男も必死である。
「こちらの台詞だ!鼻垂れ小僧が調子にのるんじゃねえぞ!」
異様な雰囲気を醸す二人に、一気に周りの雰囲気が伝染した。
その中で別の男が叫ぶ。明るく、よく通る声だった。
「いいね!それじゃあ腕相撲対決をしよう!いや、寧ろトーナメントがいいな!参加費500ゼニー、優秀者には1万ゼニー!腕試しだぜ、みんな参加してくれよ!」
剣呑だった雰囲気が四散した。一様に皆手を挙げる。
「参加希望!」
「俺も!」
因みに、1ゼニーは日本円でいうと1円である。まさにお遊びだった。
発案者の男としても、参加者が20人を超えれば利益が出る。顔を売ることにもつながる。実力者もある程度わかる。狙ってやったものだった。これもまた、思惑の1つである。
「いい機会だ、オレの実力をここで1つ見せておくぜ」
ユミルが好戦的な笑みを浮かべた。
フォードはユミルの身体を見やる。あまりにも華奢な体だ。少女と言われても何ら違和感はない。
「………怪我はしないでくださいね?」
「あーっ、まだ疑ってるなフォード!?」
ユミルが抗議するが、フォードはどこ吹く風である。
一方、これまた別の男達が賭け事を始めた。田舎では、まだ賭け事は中心的な娯楽である。そんなこんなで、慌ただしく酒場の中が動いていると、腕相撲大会の発案者が叫んだ。
「トーナメント表が出来たぞー!あ、『身体強化』ありな!」
『身体強化』というのは、魔力を直接身体に流して肉体を強化する一種の魔法である。『精霊』を媒体としないので、誰でも程度に差はあれど使うことが出来た。
因みに、この世界では識字率が100%である。500年以上前に、とある一人の『転生者』が特殊な転生者専用の魔法である『特質魔法』で『言語自動翻訳システム』を生み出したからだ。
その甲斐もあって、進行がスムーズに進んだ。
「オレとナナシは逆サイドか」
ユミルが言った。
序に言えば、ナナシと先程の強面の男も逆サイドである。決勝戦で盛り上げようという気が満々だった。途中でどちらも負けたらどうするのだろうか、とはナナシは考えない。負ける気がしないからだ。
がやがやと騒いでいる内に、試合開始となった。初戦はナナシである。
「お、お遊びだからな!本気でやるなよ!?」
ナナシの眼の前の男は怯えていた。
白けたことを言い出す男に、外野がわーわーと叫ぶ。
「おい坊主!ぶっ飛ばせ!」
「しけたこと言ってんじゃねーよカス!」
「なんでもいいからとっとと腕出せ!時間食わせんな!」
観念したように、男は腕を出す。ナナシもそれに組んだ。
ナナシの右腕は服の上からもその隆起が見て取れる程に鍛えられていた。
「まーまー落ち着きやがれぃ。俺も酔ってるからよぉ、ワンチャンあるかもしんねえだろ?」
顔を紅潮させたナナシが対戦相手を宥める。
審判を務める発案者の男がカウントを始めた。
「3!2!1!始め!」
「ヒッ!」
バン。
一瞬だった。
その圧倒的強さに、すぐに観客が熱狂に沸いた。
「強え、強えぞやっぱり!」
「くそ、外したか」
「お前大穴狙い?馬鹿すぎるだろ」
「ぬははははは!ま、相手が悪かったなぁおい!」
ナナシが気分良く大笑いする。
熱狂の中をナナシはくぐり抜ける。ちらり、と先程の男を見るが、あまり動揺はしていない。
(これだと想像の範疇ってか)
そこそこ実力あるみたいだなと思いつつ、ナナシは賭け事の輪に加わった。
だらけていた男達ががばっと起き上がる。
「お前、こういうの参加すんのか!」
大体こういう催しがある時は、参加して楽しむ側と茶化して楽しむ側に分かれるものである。
賭け事に講じるのは大体なんの取り柄もない輩なので、男達は驚いた。
ナナシは頭をガリガリと掻く。
「ムショじゃあまぁ身体鍛えるくらいしかやること無くてよ。疲れてんのに眠くねえ時は賭け事ばっかやってたわ」
「すげー、マジ『オルデウス刑務所』は格がちげえっすわ」
「弟子にしてください!」
「ぬははははは!」
煽てられてナナシの機嫌はうなぎ登りである。
ナナシがぎゃーぎゃー言ってる内にまた別の試合が始まった。
「3!2!1!始め!」
突然だが、腕相撲はただの腕力だけでは決まらない。
よく言われるのは手首。手首を丸めることに成功すれば、かなり力が入れやすくなり、相手は力を入れにくくなる。他にも肘の角度、肘の位置、踏ん張るための足の置き方など様々な要因があるのだ。一種の頭脳戦とも言える。
大体この場にいるのは男であるので、ちょこちょこ腕相撲で遊んでいる。
だから、皆そういう小技的なものもわかっている。反則ではないのだが………小技で勝つのはあまりにもダサい。だから野次も多彩である。
「おい右側のあいつ、さり気なく肘曲げたぞ!」
「ずりいぞ!出てけ!」
肝心の腕力も、『レベル』のせいで一概に見た目だけでは判断できない。
腕相撲大会は、異様な熱気を孕んでいた。
その中で、ユミルに出番が回ってくる。
その整った顔と、少女のような見た目に酒場はナナシの時以上に盛り上がった。
「おい!女の子相手だぞ、手加減してやれー!」
「オレは女の子じゃない!」
ユミルが抗議するが、まるで意味がなかった。
「頑張れユミルちゃーん!おじちゃん応援してまちゅよー!」
「ナナシの腰巾着は楽しいかー?」
「俺もナナシにひっつきてーなー!」
「ぶち殺す………」
ユミルが青筋を立てながら腕を出した。
相手の男は優しいタイプのようで、労るようにユミルのすべすべの手を掴む。
審判はもうちょっと長引かせたかったな、と思いつつも号令をかけた。
「3!2!1!始め!」
バン。
ナナシの再現だった。
「うぇ?」
誰かが思わず声を漏らすと同時に、ユミルが機嫌悪そうに吐き捨てた。
「なめんじゃねえ」
次の瞬間、酒場が今日一番の盛り上がりを見せた。
「うそだろ、あのガキもやべえのかよ!」
「俺軽口叩いちまったよ!まじで殺される!」
「うわー負けたー!大穴狙えばよかった!」
それを見ていたフォードも、驚いたように言葉を漏らした。
「………本当に強いとは」
「まー、ある程度はわかってたがな」
反応したのは、いつの間にかフォードの後ろに回っていたナナシである。
ユミルに賭けて大勝したため、ナナシは上機嫌に解説した。
「宿探す時にフォードを二人で担いだだろ?あの時さ。
ユミルあの野郎、多分相当レベル高いぜ。あの腕の細さで、尚且別段脚さばきが良い訳ではないからな。貴族はレベルアップしやすいし、実家の方針で相当レベリングしてるぜ。
試合自体もまじで小技とかなしだからな、単純な腕力だよあれ」
「………でまかせを言っていたわけではなかったんですね」
「昨日殴られたのもそこそこ痛かったしな。俺がけろっとしてたのはあいつが殴り慣れてねえだけよ。もっと人殴ってたらあんな可愛らしいおててにゃあならねー」
そんな二人に、ユミルが笑いながら駆け寄ってきた。
「見たか二人共!」
「あぁ?あんなお粗末な『身体強化』でこのナナシ様に勝てると思っちゃあ大間違いよ。
世間知らずのボンに格の差って奴を見せてやらァ」
「本当に減らず口だなお前!酔ったら悪化してるぞ!?」
「うけけけけ!!!」
ナナシがへらへら笑いながら、自分の試合に入る。
そこからは一方的だった。
ナナシはあっけなく全勝し、ユミルもまた全勝する。そして、なんとかこれまた全勝にこじつけた、最初にナナシに因縁をつけた男とユミルの勝負になる。準決勝だった。
「おーい、おっさん!勝ってナナシとの決勝にしてくれよー!」
「ここで負けたら面白くねぇからなー!」
野次を飛ばされる男の方は、冷や汗が止まらなかった。
しかし、試合はやらざるを得ない。男は勇気を振り絞って腕を先に出す。
ユミルはにやり、と笑いながらそれと組む。
審判の号令だ。
「3!2!1!始め!」
始まると同時に、男は手首をくねらせた。
「あっ、汚えぞあいつ!」
一瞬で倒そうとしたユミルは焦った。
「くそ、鬱陶しい!」
野次も呼応した。少年相手に大人気なく搦め手を使ったのだから反応としては妥当、と言った所である。野次は完全にユミル側にだった。
「そうだ!鬱陶しいぞ!」
「玉無しかー?」
しかし、やはり依然としてくねくねと動く手首にユミルは攻めあぐねる。
そうこうしているうちに、一瞬の隙を突かれてユミルは手首のマウントを取られた。
「くそっ!」
「まずいぞ!」
手首を取られると、人は途端に力を入れにくくなる。いかな怪力と言えど、それはユミルも同じだった。
手首を取るなり、男は腕を押しつぶさんと足をずらして体重を乗っけた。
「ぐるるる………」
唸りながらも、ユミルは1度心を落ち着かせる。
(今、厳しいのは手首を取られているからだ)
手首の力だけでそれを跳ね返すのは難しい。ユミルは発想を変えた。即ち答えは腕力にあり、と。
ユミルが、短い腕なりに無理矢理手首の高さを上げた。釣り上げる形である。
男の手首の巻き込みが少し緩む。その好機を、ユミルが逃すはずもなかった。
「うらぁッ!」
バン!
純然たる腕力でユミルは押し切った。
次いであがったのは拍手だった。
「よくやった!」
「お前ならやれると信じてたぞ!」
万雷の拍手の中、ナナシに絡んだ男とその一味がこそこそと逃げる。
それを見て、皆大爆笑だった。
「ぎゃはははは!だせぇーっ!」
「アレ一番恥ずかしいよな」
その中で、机の上に立ってナナシは腕をぶん回していた。
「おーい逃げんのか!?搦手にしか頼れねえボンクラさんは逃げ足も一流ですねーぇ!」
一頻り騒いでナナシが机から降りると、そこには浮かない顔をしたユミルがいた。
「なんだおめえ、勝ったくせしてなんだまた陰気な顔してんだ?皆喜んでるだろ」
ナナシの声にユミルは一瞬ビクッとする。
そのまま、ユミルはバツが悪そうに質問に答えた。
「オレが勝ったせいであいつらが逃げ帰るハメになったと思うとさ……」
「はい?」
ナナシは呆れた。
「あのなーおめえなぁ、マジモンの甘ちゃんか?んなもんいっくらでもある話だろうがよぉ。
その心意気は買うけどな、一々気にしてたらキリねえじゃんか」
「おーい、ナナシィ!ユミルくん!試合だぞ!」
「ありゃま」
未だに複雑な表情を作るユミルを見て、ナナシは1つ思いついた。
テーブルに向かい合うなり、ナナシはユミルに語りかける。
「いいかユミル、今からてめえに本当の勝負の『闇』って奴ぁ見せてやるぜ………」
「………ッ!」
ナナシの壮絶な笑みに、ユミルの目が真剣になった。
雰囲気が変わったことで、観客の盛り上がりが最高潮に達する。
その中で、ユミルが腕をナナシに差し出した。
ナナシもそれに応える。
二人が組み合った所で、審判が号令を発した。
「3!2!1!始め!」
それと同時に、ナナシが息を吸い込む。
そして、それをはぁーっと吐き出した。
「うわ、酒臭ッ!」
バタン。
ナナシの呼気にユミルが顔を顰めた瞬間、ナナシがユミルの腕を倒した。
「「………え?」」
その場にいた全員が呆気にとられる中で、ナナシが得意げに語りだす。
「つまり、勝負ってのは使えるもん全部使って勝ちに行く訳でだな――――」
「「帰れー!」」
「のわーっ!?」
野次馬からナナシ目掛けて食器が飛び交う。
「ちょっと待てお前ら、やめろーっ!」
「どの口が言ってやがる!ふざけんじゃねえ!」
「追え!あの外道を許すな!」
ぴょいんぴょいんと飛び跳ねて店から飛び出るナナシを、男達が追いかけた。
取り残されたユミルが、呆然とナナシの行く手を見た。
(馬鹿すぎる――――!?)
直後、ナナシの断末魔が響いた。