3話
「あ、あわわわわ」
凶器を前にして、半分フォードは恐慌状態に陥っていた。
「けっ、情けねえ野郎だぜ」
「ひゃはははは!大人しく帰ってママのの指でもしゃぶってるんだな!」
残った半分の理性で、フォードは状況を理解する。
眼の前には、棍棒を持った強面のマッチョ。客席には野次を飛ばすチンピラ。
これが、ヤケに列車の中にスペースが空いていた正体か。武力で脅し、そして品のない笑いで心を折る。
ライバルを少しでも減らそうという魂胆だ。
(こ、こんなの逃げるに決まってますよぉ!)
フォードは自分が弱いことを実体験として知っている。
子供の頃はガキ大将にいじめられ、家では父親に殴られ、大きくなっても同僚にいじめられる。魔法属性は最も殺傷能力の低い水属性。見た目ほど体が弱いわけではないのだが、精神的に負け慣れてしまっていた。
腰を抜かしたフォードがよたよたと地面を這う。
その時だった。
「―――あっ、兵士さん俺『特殊部隊』みたいななんかなんスけど」
「よろしい!入れッ!」
ナナシである。
フォードは焦った。ナナシは子供だ。絶対に自分と同じ目に合うだろう。
危険だ、と伝えなければならない。
「な、ナナ 「あァ!?てめえも参加希望者か!?」
勇気を振り絞って出したフォードの声も、呆気無くかき消された。
先程フォードを脅した、身長190cmの棍棒男である。
しかしナナシは全く動揺しない。ニコニコと糞ガキフェイスで答える。
「おう、そうだぜ。おっちゃんもか?」
その笑顔に、棍棒を持った男は表情が緩む。
だが、決してそれは毒気が抜けたわけではない。
逆だ。
その目に現れたのは、加虐心のそれ。無限の未来を手折る時の、無上の喜びがその目には溢れていた。
男の口調が柔らかくなる。
「その通り。見たところ君は良く体を鍛えているね。そこに倒れている男とは大違いだ。もしかして武術を何か収めていたりするかい?」
さっきは怒鳴ってたくせにいきなり柔和になってら。きめえな、とナナシは思った。
しかし、彼のよく知る老人もころころと表情が変わる。そんなもんか、とも思った。
なんだかんだで鍛えている肉体を褒められていい気になったのも手伝って、ナナシは右腕をスッ、と振る。
「そうそう、剣術。10年以上振ってるよ」
「そうかい。あっはっは!」
そう笑う男の目は、完全に害意の塊へと変貌していた。
ゆっくりと、その手の棍棒を左肩に担ぐ。
「奇遇だね、実はおじさんも10年くらい棍棒を振るってるんだ」
男は、それとなく体勢を逆袈裟に変える。
狙いは間違いなくナナシの利き腕たる右腕。剣士生命を司るそれだ。
「こうやって、ねェッ!」
――――ブオン。
しかし、その棍棒はナナシを捉えることはない。
代わりに響いたのは、金属同士がぶつかる音。
次の瞬間、男の棍棒がナナシの棍棒に跳ね飛ばされた。
「………ぇ?」
何が起こったかわからない様子の男だったが、フォードには見えていた。
ナナシは瞬時に懐の鉄塊を巨大な棍棒に変形し、そのまま薙ぎ払ったのだ。しかもその一挙一動が恐ろしく疾い。
驚愕で呆然とする男とは対照的に、ナナシの表情は明らかに失望のそれを表していた。
「………なんだ、そういう類の輩か」
その言葉で、場の空気が完全にナナシによって支配された。
遅れてガタガタと震え始めた男の横を、とことことナナシは歩く。
そして、屈んでひしゃげた男の棍棒を拾った。
「よいしょ」
ナナシが触れるなり、男の鉄の棍棒が元の形に戻った。
フォードは理解する。鉄属性魔法だ。ナナシの魔法属性は『希少4属性』と呼ばれる属性の1つ、『鉄』だった。
ナナシは直した棍棒を男に返す。既に自身の棍棒は巨大な鉄塊に戻っていた。
「はい、おっちゃん。別におっちゃんが鍛えた体を何に使おうと文句言う筋合い俺にはねえけどな。俺は好かねえよ、そういうの」
「は……はい」
状況を把握しきれなかった男は、絞り出すようにとにかく声を出した。
とんでもない少年だ。武力も、精神力も。
だから、フォードはここぞとばかりに喧伝しておく。
「さ、流石ナナシさん!元『オルデウス刑務所』の囚人なだけありますね!」
「「………ッ!?」」
凍りついた空気が、霧散した。
代わりに始まったのは混乱だ。
否定する者すらいない。今のナナシの早業、怪力は『オルデウス刑務所』の名に恥じないものだった。
自身に対する視線に、次第に怯えが混じり始めたのをナナシは察知する。
「ちょっ、フォード!今言うこたぁねえじゃねえか!?」
先程痛い目を見たので、ナナシはフォードに抗議する。
しかし、フォードとしてはもうナナシにくっつくしかない。想像以上に荒くれ者が多かったせいだ。文明が発達したというのに、彼らの脳みそは中世かなんかなのか。
「ナナシさん、僕らの見た目は少年とモヤシです。今のでわかりましたが、荒くれ者が多すぎます。ナナシさんの肩書は今が使いどきです」
「そうかね?」
フォードの必死の言葉に、ナナシは少し眉をひそめた。
しかし、それは一瞬のことだった。すぐにナナシの表情が戻る。
「ま、過ぎたことを気にしても仕方がねえか。
おーし!俺がそのナナシだーっ!控えろーっ!」
ナナシが腕をグルングルンと振り回した。
ただそれだけの動作で、皆怯えたように道を開ける。
その中をすたすたと歩き、先程までマッチョ男が座っていた席にドカッと座った。
「おーい、フォード!いつまでもへたり込んでないでこっち来いよぉ!」
「っ!」
無邪気に手を振るうナナシを見て、フォードは慌てて立ち上がる。
と同時に、頭の中に妙な確信が生まれた。
――――どうやら自分は、とんでもない大物を引き当てたらしい。
そう思うと、自然と笑いがこみ上げてくる。
家を飛び出した時、この先何がどうなるかなんて全くわからなかった。
どれだけ時間をかけて準備をしても、不安感は拭いきれなかった。
それが、今ならなんとかなりそうな気がするのだ。
「手ぐらい貸してくれたって良いじゃないですかぁっ!はははっ!」
「なんだおめー、いきなり笑いだして気持ちわりいな!?」
笑わずになんかいられるもんか。
フォードははね飛んだ。
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蒸気機関車が、しゅぽーっと汽笛をあげる。
ぐん、と慣性力がナナシ達を押した。
「文明の音だ」
ナナシは窓の外を見る。
あれよあれよという間に、駅が離れていった。
そして現れるは広大な砂浜と海。内海と侮ること無かれ。見通しが良いにもかかわらず、その海岸線は果て無く続いてるかのように錯覚してしまう。
「ナナシさん、知ってますか?この『フィンディッシュ海』は他の海域に比べて凶暴な生物が多数生息しているので、この立地ながらあまり水運が活発じゃないそうです」
「流石に知ってるわ!?」
50回泳いで脱走しているわけで、ナナシもそれは重々承知していた。
「………まぁ、漁船の一隻くらいあってもいいとはおもうけどよ」
「漁船は基本的に早朝だけですよ。漁業はそこそこ活発です。『レベル』が高い獲物が多いので、リターンが大きいんです」
この世界には『レベル』という概念がある。
難しいものではなく、脱皮みたいなものである。空気中に魔素という純粋なエネルギー体がふよふよと浮いているために、生物は魔素に対抗出来るよう体を作り変えるのだ。
その結果、この世界の生物は多少頑健である。感覚器官も優秀だ。
無論人も頑健であるので例え海の生物に襲われても『魔法』も手伝って追い払えるのだが、問題は船の方だ。植物もレベルアップするので多少は硬いが、加工のしやすさも考えると逆に硬すぎるものは使えない。その結果、悪魔の名を冠するこの『フィンディッシュ海』では水運が発達しなかった。
「あれ、俺が『オルデウス刑務所』から出てきたのがバレたのって、もしかして船が原因なのかな」
「その通りでしょうね」
オルデウス島の周りは、レベルの高い生物が多数生息している。
彼らは人を恐れることもないため、『オルデウス刑務所』の船は異様な程武装していた。
「………まぁ、確かにあんなに武装した船はねえわ」
「あれだけ危険な海域ともなれば、過剰な程武装したくなる気持ちもわかりますけどね」
因みにナナシはその生物にすら恐れられていた。腹が減ればダイビングしてレベルの上がった巨大魚を美味しく頂くからだ。
「でもさ、帝国はこの『フィンディッシュ海』の向こう岸も『大統一戦争』で侵略したんだろ?陸から攻めたのか?」
『大統一戦争』とは、今ナナシ達が住む『ギュンター帝国』が周辺国を全て攻め取った戦争のことである。約100年続いた戦争ではあったが、最終的に世界の陸地の15%を『ギュンター帝国』が治めることとなった。
そのナナシの問いに対し、フォードは困ったような笑みを浮かべた。
「あはは、実は僕あまり戦争とかには興味が無いものでして。詳しい経緯とかわかんないんですよ」
(特殊部隊の入隊試験希望者とは思えねえ台詞だ。)
ナナシがそう思った直後だった。
「………そう、そこの囚人の予想通りさ。帝国は陸から攻めた」
「「ッ!」」
その声は、ナナシのものでも、フォードのものでもない。
その声は、ナナシの隣に座る帽子を深く被った少女の物だった。
ナナシは隣を見てハッとした。その少女が、凄まじく整った容姿をしていたからだ。
髪は灰色、目は赤。身長は150くらいか、髪型はポニーテールである。
要するに可愛かったので、ナナシは口説きにかかった。
「おお、これはこれはお嬢さん。この旅路、さぞかし暇を持て余していることでしょう。どうです、お茶でも1つ………」
「オレは男だーッ!?」
「ぶべろぁ!?」
顔面をグーで殴られてナナシは思いっきり仰け反った。
しかし、次の瞬間ナナシはするっと元の体勢に戻る。
指を突きつけて、ナナシは大声で抗議した。
「なんでぇ!?どう考えても女の子じゃねーか!これあれだろ、帽子被った深窓の令嬢と俺のラブロマンスだった奴だろ!」
「うるせえな脳内お花畑!悪いか男で!」
「うそだ!ぜってぇうそだ!」
現実を直視できないナナシが、しゅっと手を少年の股間に忍ばせる。
ナナシの手に何かを握った感触があり、ナナシは呆然とした。
「マジだ………ちんこだぼべぇ!?」
「殺す」
ぼこぼこぼこ。
20秒ほどでボロ雑巾のようなゴミが出来上がった。
「………ナナシさん、あなた小学生ですか」
「よく言われる」
「じゃあ直せよ………」
そういう少年は、はーっはーっと肩で息をしていた。
その横で、再びボロ雑巾がするっと元の体勢に戻る。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺はナナシ・キルトドーヴ。よろしくな」
「けろっとしてますね………あ、僕はフォード・リンクスと言います」
大凡殴られた直後とは思えないようなその姿に、少年は顔を顰めた。
寧ろ殴ったこちらの方が痛いではないか。何か釈然としないものを感じながらも、少年は声を絞り出した。
「オレはユミル………ユミル・ブラックアウトだ。
もっかい言うけど男だからな。次変なことしたらぶち殺す」
「ぶち殺せるようには見えねーけどなぁ」
「ぐるるるる………」
「まぁまぁ二人共落ち着いてくださいよ!?」
獣のように唸っていたユミルは、フォードがとりなしたお陰でフン、と鼻息を鳴らしながら腕を組んで直った。
そのユミルを、ナナシがじっと見つめる。
「………見たところいいトコの坊っちゃんみてえだが、お前も元貴族のクチか?」
別に、これはナナシの勘とかではない。そこには幾つかしっかりとした判断材料があった。
この世界では遺伝子が強く現れる。それは容姿も同様である。
人間、第一印象が8割と言うだけあって当然の如く貴族も優れた容姿を求めた。
というよりも、誰もブサイクになることを望んではいなかった。
その結果貴族は全体的に容姿が優れ、平民は全体的に容姿が今一つ。
だから、容姿が優れている、というだけでその人が貴族の血を持つと考えられた。
更に、この帝国の正式な貴族にはミドルネームとして『フォン』が入る。それがないということは、元貴族というのが濃厚だったのだ。
ナナシの言葉に、ユミルは少し考え込むような顔をした。
「………まぁ、そんなところかな。家出みたいなものだと思ってくれ」
家出みたいなものってなんだよ、とナナシは思った。それと似たような話をついさっき聞いたような気がする。ナナシはちらりとフォードを見た。
「なんだ、最近は家出でも流行ってるのか?」
自分のことか、とフォードはナナシの言葉に反応した。
というよりは、ちょっとした弁明である。フォードの多少理屈っぽい性格が現れていた。
「ナナシさん!この話、元貴族からしたら挑戦しない理由がないですよ。寧ろ軍の方が元貴族の才能を求めていると言っても過言ではないような募集内容ですから。
あ、ユミルくん。僕も元貴族の出なんですよ。宜しくおねがいします」
しかし、ユミルの反応はフォードの予想の外にあった。
「ナナシはさん付けなのにオレはくん付けなのか………」
ユミルが早速へそを曲げた。
条件反射なので、フォードとしてもなんとも言い難い。
「え、いや、すみません。なんか雰囲気的に………さん付けが良いですか?」
「それはなんか負けたみたいで嫌だ!
くそう、後でオレの実力を見せつけてやるから覚悟しとけよ!」
(そういうところじゃないですかね!?)
ナナシとは別ベクトルの子供っぽさを感じさせるのだ。
だが、それは精神性の話である。一応はナナシをボロ雑巾にできるのだから実力は自分よりもあるのだろう、とフォードは検討をつける。少年にすら負ける自分の戦闘力が悲しかった。
それを裏付けると言ってはなんだが、フォードには2つ判断材料があった。
1つ目が、この少年が先程のマッチョ男の隣の席に座っていること。あの性格からして、間違いなく絡んだはずだ。
しかし、それでなんともないことからナナシよりも穏便にことを済ませた事がわかる。
2つ目が、ナナシを恐れていないこと。ナナシは『オルデウス刑務所』の囚人である。そのため、今現在誰もナナシと目を合わせようとしない。
それを恐れていないとなると、相当腕に自信があったようである。ナナシには今一つ通用していなかったが。
「まぁ、二人共心強いと言うところですね………」
フォードのぼそっとした呟きに、汽車がしゅぽーっと返した。




