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2話

 「二度と帰ってくんじゃねえぞ!」


 「当たり前よぅ!」


 ナナシは、激励のような何かに明るく返事をした。

 『オルデウス刑務所』から近所の港町『オルデイン』まで船で送られたのである。


 「じゃあな!」

 

 ざばばば、と海をかき分けながら看守の男が『オルデウス刑務所』へと戻る。

 ナナシはその看守を見届けた後、大きく伸びをした。

 海の風が頬を撫でる。朝日が顔を照らす。

 2年間、自由を求めて50回の脱走を敢行してきたナナシだったが、この度遂に念願の自由を得たのである。 


 「んぬおぉぉぉ!合法脱走だああああぁ!」


 しかし、これが続くという保証はない。この生活を確固たるものするには、ナナシは『特殊部隊』の入隊試験に合格せねばならないのだ。

 試験の内容は全て極秘。

 まるで何が起きるかわからないものだが、少なくとも士官学校の席次上位者と争わなければならないものであることは確か。難易度は高いだろう。

 しかし、ナナシが不安に思うかと言えば別である。なんだかんだで気心の知れた老人がナナシに太鼓判を押したわけであるし、何よりナナシは腕っぷしには自信があった。

 だから、不安はない。あるのは希望だけだ。

 屈伸で身体の調子を確かめたナナシは、ウキウキと街の中へと向き直る。


 「さあ、いざゆかん!」


 そんな風に一人で勝手にいきり立つナナシの耳に、波音とはまた違う音が混じりこんだ。

 風が帆を叩く音だ。


 (………?)


 不思議に思ってナナシが振り返ると、海の向こうにデカイ帆を一枚張った異様な小舟がこちらを目掛けて進むのが見えた。

 文明は発達したが、田舎はそうでもない。帆船くらいはいくらでもある。

 異様なのは、その中の人物だった。


 「~~~~~!」


 何かを叫びながら右へ左へと爆走するその船は、狂人の遊びのようにしか見えない。

 しかし、その操縦は操縦者の必死さを感じさせた。


 (少なくとも漁師じゃぁねえな)


 この『フィンディッシュ海』は、凶悪犯罪者の集まる『オルデウス刑務所』の囚人すら脱走できない程に凶暴な生物が生息することで知られている。

 ここで漁師を営むものもいるが、その装備は少なくとももっとがっしりしている。

 

 そうこうナナシが思案している間にも、船は着実に接近していた。

 それに伴って、叫び声の正体も明らかになる。


 「だずげてくだざーいっ!?」


 必死も必死、しかしどこか情けないその悲鳴にナナシは呆れた。


 (うん、ちょっと待てよ?)


 呆れたのだが、どうもその船の着地点が自分な気がしてきたナナシは、急いでその場を離れる。

 砂浜を全力疾走するナナシの背を、切羽詰った声が突き刺す。

 

 「逃げないでくださーい!」


 「逃げるわ!幽鬼か!」


 ナナシが叫んだ次の瞬間、船が砂浜に乗り上げた。


 どっぱーん!


 「のわああああぁぁぁぁっ!?」


 特大の悲鳴とともに、ナナシ目掛けて一人の男が飛んでくる。

 ずざざざ、と砂浜の上を滑り、そのままナナシの足元で静止。


 「大丈夫か?」


 「………出来れば助けてほしかったです………」


 話せるなら大丈夫か、と安心するナナシの目の前で、男がよろよろと立ち上がった。

 身長は180ほどか。なんとも肉付きの悪い痩せこけた男である。

 砂を取るのに四苦八苦する男に、ナナシは提案した。


 「俺が砂取ってやろうか?」


 「ぜひともお願いします!」


 「じゃ、ちょっと屈んでくれ」


 男が屈むなり、ナナシはごそごそとズボンのチャックを開き一物を取り出す。

 そして、貯まったその黄色い液体を遠慮なく男の顔に引っ掛けた。


 じょんじょろり~


 「ん?なんだか水にしては変な匂いが………」


 「わり、夕飯カレーだったわ」


 「小便ですかこれーっ!?」


 男が急いで飛び退く。代わりと言っては何だが、ちゃんと砂は取れていた。男はカッと目を見開く。


 「初対面で小便かけるなんてどんな外道かと思えば………子供ですか!」


 「おう、15だ」


 ナナシが小便をかけたのにも理由がある。海水だと砂浜で擦れた肌にしみる上、水の持ち合わせがなかったのだ。

 あまり環境が良くなかったナナシとしては水分が得られないならば自分の小便を飲むことも多々あったので、価値観の違いである。

 

 ナナシが一物をしまった後に15と手で作っていると、男は落ち着いたようで挙動が自然なものになっていた。


 「うーん、確かに水は持ち合わせていなさそうですね。まあ、良しとしましょう!海水かけられるよりはマシです!

 それよりですね、どうやら貴方は『特殊部隊』入隊志望と見たのですが。どうでしょうか、あってますか?」


 「正解」


 「おお!」


 男が急接近してナナシの両手と握手をした。


 「自分は『フォード・リンクス』と言います。

 いやぁ、良かったです!僕、同郷の友人がいなかったもので、仲間がいなかったんです!」


 (ぼっちかいな)


 変わったやつだな、と思いつつも、ナナシも自己紹介を返した。


 「俺はナナシ・キルトドーヴ。俺も一人なんでな、まあ楽しくやってこうや」


 「ええ、宜しくおねがいします!」


 二人は、再度固く握手を躱した。


 

  ~~~~~~~~~~~~~~~


 

 港町『オルデイン』。

 ここらの地形は昔『オルディム家』という有力貴族が収めていたため、名前に『オルデ』とつくのである。

 街としてはお世辞にも大規模とは言えない街ではあるが、内海に面している分交通の便が悪いわけではない。交易と漁業で生計を立てている街だった。


 その中で、ナナシは道を聞こうと道行く一人の男に話しかける。


 「おーい、そこのアンタ!そう、そこの立派なガタイをお持ちのお兄さん!鉄道ってどこから乗れるか教えてくれないかい?

 あっ、ちょっと!?逃げないでくれーっ!」


 ナナシが呼び止めた男は、ナナシの姿を見るなりそそくさと逃げ出した。

 本日10回目である。

 

 「冷たいですね、この町の人は………」


 呑気にそんなことを思うフォードではあるが、ナナシの方は少し心が折れかかっていた。

 何もしていないのに異様に怖がられるのである。さてはじーさんに悪戯書きでもされたか、と先ほど公共トイレで己の姿を確認したが、何時も通りのナナシだった。フォードも同様である

 別段武装をしているわけでもなく、持ち物は日持ちする食糧と簡易的な寝袋だけ入った大袋だけである。

 

 本格的に理由がわからない。

 途方に暮れたナナシは、思わず感情が漏れ出た。


 「無視は流石に辛えなぁ………」


 落ち込むナナシを見て、流石のフォードも小便を引っ掛けられたことを忘れて同情する。


 「理由がわかりませんね………。とりあえず、僕が今度は交渉してみます」


 「頼んだ」


 フォードがふらふらと商店街に入っていく。

 しかしその5分後、帰ってきたフォードの様子は真逆そのものだった。


 「ナナシさーん!」


 「おお、その様子だと道がわかったか!」


 ナナシの質問に、フォードはコクコクコクコクと何度も頷いた。

 しかし、フォードが興奮しているのはそれだけではなかった。


 「ええ!それは聞き出せました!

 それよりナナシさん、もっと大事な話があるじゃないですか!『オルデウス刑務所』の出身なんですね!」


 「おう、そうだな。そんな興奮することか?」


 「しますします!」


 フォードにぐいと近寄られ、ナナシは思わず後ずさった。

 しかしフォードは止まらない。


 「『オルデウス刑務所』出身といえば、そりゃあもうこれ以上無い肩書ですよ!圧倒的戦闘力!残酷な思想!

 いや、納得しました!小便を引っ掛けるあれは挨拶と言われても信じられる範囲ですよ!」


 「そんなにか………?」


 ナナシは頭の中を探ってみる。

 確かに頭のおかしい輩は大量にいた。しかし、そこまでかと言われると首を傾げざるを得ない。ナナシ的には軍の内部のほうが凶悪だと言える。

 事実『オルデウス刑務所』の囚人は凶悪なのだが、環境によってナナシの判断基準は大分おかしくなっていた。

 

 「この街の皆さんが怖がるのも納得ですよ!本当に!びっくりしました!」


 「なんだそれ………お前は怖かねえのか!?」


 ナナシがツッコむと、フォードは首を傾げた。


 「いや、まぁ確かに怖いと言われれば怖いですけど………こうやって話して、ナナシさんが凶暴ではないのはわかりますよ。肩書だけ見るなら今すぐにでも逃げ出しますが!」


 「お前もなんだかんだで図太いのか臆病なのかわかんねえ奴だな……」


 「そうですかね。僕は弱いので僕から見たらみんな強いんですよ。『オルデウス刑務所』レベルなら逆に戦闘能力で安心ですよ!頼らせていただきます!寧ろ見捨てないでください!」

 

 (やっぱ変なやつだ)


 そんなこんなで雑談しつつ歩いていると、鈍感なナナシでも自身に向けられる視線の種類を理解出来るようになってきた。

 街の人が、ひそひそ話をしながらチラチラこちらを向いたり、自分と目があった瞬間ビクッとしたり。

 いつも脱走して遊びに行く町とは全く違う反応だった。

 彼らはちゃらんぽらんなナナシをまるで孫息子の如く扱ってくれたが、この町ではその真逆、恐怖畏怖その他諸々etc……。

 

 それは、フォードも気になっていたようでナナシに冗談を飛ばした。


 「ナナシさん、お面でもかぶりません?」


 「バカいうない。そりゃ、いやーな視線だとは思うけどよ……。

 よし、話を変えようぜ。さっきのお返しだ。

 なんでまたお前みたいなヒョロッヒョロの兄ちゃんが軍隊入ろうなんて思ったんだ?」


 「貴方も軍隊入るにはおっそろしくお若いですけどね!?」


 ツッコミつつも、確かに陰気臭い話は良くないな、とフォードは思い直した。

 しかし、自分の境遇もそこそこ陰気臭いな、と思わなくはない。

 だが、目の前の好奇心旺盛な少年の目を見て、フォードは話すことにした。


 「そんな難しい話じゃないんですけどね。

 完結に言えば家族に嫌気がさして飛び出してきたんです」


 「ほう、家出か。そんなガラにはみえねえが」


 ナナシはもう一度フォードの姿を見直した。

 165cmあるナナシを越しながらも、腕はナナシよりも一回り細い。顔はそこそこ整って愛嬌があるが、表情が如何にも弱っちい雰囲気を醸し出している。

 フォードは苦笑しつつ続ける。


 「帝国の『大統一戦争』で没落した貴族なんですよ、僕の家。

 父上は昔の羽振りが忘れられなくて借金を繰り返して、母上はそれを止められない。兄上は二人いましたが一人は逃げ出しました。妹はお嫁に出して逃しました」


 「おお、予想以上に世紀末」


 「ですよねぇ。でもまぁ、元貴族ですから。僕にも才能はあったんです」


 「なるほどなぁ」


 これは、別にフォードが自惚れているわけではない。

 この世界は、遺伝が強く現れるのである。

 賢者の子は賢者。猛者の子は猛者。基本的になんでもかんでも遺伝する。

 その結果生まれたものは、内実の伴った身分差社会。

 貴族は優秀な血を取り入れて遺伝子操作のごとく優秀な子孫を残したのだ。

 事実、貴族はほぼ例外なく有能で、平民はほぼ例外なく無能。

 没落貴族とはいえ、血は貴族。確かにそれなら才能はあるだろう、とナナシは納得した。


 「で、何が得意なんだよ?貴族だし、その見た目だから魔法か?」


 遺伝子だけではなく、もう一つ貴族と平民を分けるものがある。

 それが、『魔法』だった。

 別に、平民が魔法を使えないわけではない。

 使えはするのだが、生き物を殺して『レベル』が上がる度に魔法の媒体となる『精霊』に嫌われるのだ。

 それが、貴族には全く無い。貴族は『精霊』の寵愛を受ける遺伝子を持っていることが貴族拝命の条件の1つだからである。 

 これに加えて、『魔法の才能』まで貴族が優位なのだから平民としては立つ瀬がない。強くなるためには『レベル』を上げる必要があるのに、上げたら上げたで今度は魔法が使えなくなるのだ。

 

 だから、返ってきたフォードの答えにナナシは目を丸にした。


 「お金関連ですね。」


 「はい?」


 お金関連?軍隊にどう役に立つというのだ。銭でも投げて人を殺すのか。時代劇じゃあるまいし。

 混乱するナナシを見て、フォードは補足説明をした。


 「僕の家、元々大きな商会を持ってた家だったんですよ。今じゃ逆にお金に困ってますけど。逃げ出した兄上も今は別の国で少しずつ成り上がっているらしいんですよ!」


 「いや、それがどう軍隊に役に立つんだ」


 今度はフォードが驚く番だった。


 「あれ、もしかしてナナシさん今回の『特殊部隊』の目的ご存知ありませんか?」


 嫌な予感がしつつも、ナナシは老人に説明されたとおりのことを話す。


 「帝国と共和国の戦争が激化してるからじゃねえのか?」

 

 「あ、すみません。それとは別に、『なんでもいいから尖った能力を発掘したい』というものがあるんですよ。聞き覚えありませんか?」


 ナナシが記憶を探ると、確かにそんなことを聞いたような気がする。


 ――――埋もれた人材を眠らせとく余裕はねえそうだ。


 (あんのジジイ………ッ!)


 件の老人には、言葉が一言足りないという悪癖があった。

 怒りで真っ赤になりつつも、冷静な所でナナシはその話に納得した。道理であの老人が自分を推薦するわけだ。

 確かに、自分の能力はピーキー(・・・・)そのもの。尖りに尖っている。


 「………なるほどなー」


 「納得してもらえたようで何よりです。そんなわけでして、ここがオルデイン駅ですね」


 「ん?おおおっ!」


 ナナシの目の前には、中規模の駅があった。

 話に夢中になっている間についていたようである。

 と同時に、ナナシは1つ気になった。


 「おい、フォード。運賃はあんのか?」


 先程の話的に、どうもフォードは金に困っていそうだ。服装もあまり良いものとは言えない。

 ナナシは、十分な金を出所する時に貰っていた。列車賃くらいなら払っても良い、とも思っていた。

 しかし、フォードは意外な事実を口にする。


 「大丈夫ですよ!今回の『特殊部隊入隊』に関しては全額軍が負担してくれるそうです」


 「はーっ、そりゃまた太っ腹なことで」


 話しながら、二人は駅の中に入る。入ると言っても、屋根すら無いのだが。

 そんな二人の目の前に現れたのは、巨大な黒塗りの蒸気機関車だった。

 そのタグには、『ワーグイック行き』と書いてある。


 「おっ、もう着いてましたか。ナナシくん、入りましょうよ」


 ウキウキで歩き出すフォードを前に、ナナシは少しもじもじとした。


 「わりい、ちょっとトイレ行ってくるわ。すぐ戻るから先に乗っててくれ」


 「了解です。恐らくですが、機関車の入り口に立っている兵士さんに一言言えば乗せてもらえますよ」


 「ありがとなーっ!」


 ナナシはピューッと公共トイレへと飛び出した。

 それを見届けて、フォードは蒸気機関車に向き直る。

 

 「さて、楽しみですねー。あ、僕は『特殊部隊』の入隊希望者です」


 フォードが兵士にそう言うと、兵士は厳しい表情を崩さずに返した。


 「よろしい!入れッ!」


 「お勤めご苦労さまです」


 フォードは蒸気機関車の中に乗り込む。

 中は満席ではあったが、そこそこ立つスペースが残っていた。


 (意外や意外。こんな好条件、誰もが乗るとは思っていましたが)


 なにせ全額軍の負担である。自分の可能性試しに来る輩はごまんといるだろう、とは思っていたフォードは驚いた。

しかし、その理由をすぐに自分の身を以ってそれを思い知ることとなる。


 乗り込んできたフォードを見て、乗客の一人が棍棒を持って立ち上がった。


 (………?)


 半袖短パン、スキンヘッドで筋骨隆々なマッチョがフォードの前に立つ。

 その手の棍棒を片手でブン、と振って一喝。


 「おいごらてめえ、そんな弱っちい肉体で参加するつもりか?あぁん!?」


もう一度、その手の棍棒がフォードの目の前でブオン、と音を立てる。


 「え、えっ!?」


 戸惑うフォードの眼の前で、棍棒が薙ぎ払われる。


 「二度は言わねえ。降りな」


 「ひ、ひぃぃぃ!」


 フォードは無様に尻もちをついた。

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