1話
――――――参った。
黒髪の少年ナナシは、絶望的な状況に目を覆った。
――――ここで生牌のドラはやべえ……ッ!
「どうしたナナシぃ」
「脱獄王の名が泣いてるぞ?」
「う、うるせぇッ!ちょっと考えさせろ!」
吠えるナナシの目の前でニヤつくのは、一見そこらのおっさん3人。
しかし………ナナシ含めたこの四人、まるでそこらの人では済まない。彼らは難攻不落の刑務所、『オルデウス刑務所』の受刑者である。
その一人、弱冠15歳にして凶悪犯罪者だけが集まるこの『オルデウス刑務所』に突っ込まれてしまったこの少年は、やはり頭を悩ます。
――――どうしようもねえぞこれ………
ナナシの手元には、生牌のドラが二枚。だいぶ前に1つドラを開けられたせいである。それだけではない。追っかけリーチ×2。無論リーチをかけるはナナシ以外の3人だ。
普通なら逃げるこの局面。しかし、すでに南4局。ナナシの持ち点は6000点。
「へへっ」
絶体絶命。だからこそ、ナナシは不敵に笑うのだ。
――――つまりだ、こっから勝てばサイッコーにかっけぇってことだろ!
ナナシは、叫びながら天に向かって牌を1つ掲げる。
魂の一撃。それを、ナナシは卓に叩きつける。
「俺は乗り切らなきゃなんねえのさ、どんな局面だろうと!」
バン!
「はいロン」
「ふぁっきゅうううううううう!!!!!」
絶叫するナナシの横で、おっさん一人がはいはいリーチ断么九ドラ3ね、と言いながらナナシの点棒をかっさらう。
「ハコった………」
精魂尽きて大の字になったナナシは、虚ろな目をしながら呟いた。
「あとちょっとで国士だったのによぉ………」
「国士でなんで使えねえドラ残すんだよ、お前いっつもそれじゃん。現実味ないのにバカデカイのばっか狙うからアホみたいに負けてやんの」
「ぐぬぅ」
ぐぅも音もでなくなったナナシは、そのまますっと立ち上がる。
「お、おいどこにいくんだナナシ!」
「トイレだ!」
叫びながら、ナナシは足元のラジオをひっつかむ。
そのナナシの肩を、また別の男がひっつかんだ。
「おぃナナシぃ、便所にラジオはいらねえだろ?」
ナナシがだらだらと汗を流した。
今の一戦は、賭け麻雀。ナナシが賭けたのはラジオだ。
肩を掴まれながら、ナナシが抗議する。
「お前らやめろ、こんなクソみてえな空間でラジオまで取り上げられたら俺は干乾びる!ふざけるな!俺は生きるぞ!人間の尊厳のために生きるんだよぉーッ!」
「ふざけるなはこっちのセリフじゃ!お前賭けたからには差し出せ!おい!差し出せったら!」
「うるせえ!俺はメリッサちゃんの放送を聞くまで死ねねえんだ!ぬぅおおおおおお」
ナナシが、するりと掴まれている服を脱いだ。
「あっ、あいつまじで逃げやがった!?」
「っつーか何枚重ね着してんだ!?」
「うけけけけ!俺は『脱獄王』だ!俺を捕まえられるやつなんているもんかぁ!」
ナナシはぴょいんぴょいんと飛び跳ねながら逃げた。
~~~~~~~~~
オルデウス刑務所。
内海の孤島オルデウス島の存在する唯一の施設。
四方を凶暴な生物のひしめく『フィンディッシュ海』に囲まれているが故の脱走難易度の高さから『難攻不落』と謳われ、更に収容される受刑者の凶悪さから恐れられる刑務所。オルデウス刑務所出身といえば、それだけで泊が付くと言われている。
その自室で、ナナシは説教を受けていた。自室まで逃げたナナシは、待ち構えていた看守長に捕まったのである。
罪状は脱獄。『脱獄王』と言う異名の通り、ナナシは今まで一度も脱走者を出したことのない『難攻不落』のオルデウス刑務所で脱走を繰り返す猛者であった。
「何か弁明は?」
「待遇の改善を要求する」
ナナシは真顔で言ってのけた。
看守長の老人は、それを聞いてため息を付きながら頭を抱える。
「これ以上出来るかぁ!?」
ナナシの部屋を見れば一目瞭然。その部屋は、世界最高クラスの設備が整っていた。
ガス式ストーブ。タングステンを利用した電球。インナースプリングマットレスを利用したベッド。
転生者の知識が齎した恩恵が、ありありと溢れている部屋である。
しかし、ナナシは全く納得しない。
「出来るだろ!そもそも一々脱走しなきゃ外に出られねえってのが面倒くせえ!」
「お前受刑者だからな!?普通外でないからな!?あともう脱走するなと口を酸っぱくしてワシは言っとるからな!?
貴様が脱走を繰り返すからこの刑務所の評判が下がるのだ……」
嘆く老人に、ナナシはうけけけと笑った。
「まぁまぁじーさん、俺を大人しく外に出しておくんなさいよ。俺がここに来たのだってすんげーくだらねえ理由だろ?」
「た、確かにくだらないが……貴様の処遇は裁判で決まったこと。そう簡単には外になぞ出ようがない――」
言い切る前に、老人は1つ……それを打ち破る可能性のある話があったことを思い出した。
つい先日の話だ。この『ギュンター帝国』、その中枢たる帝国軍からの電報があったのだ。
話してやってもいい……が、その前に老人はナナシに1つ質問した。
「おいナナシ、貴様……まだ元帥を目指しておるか?」
その質問にナナシの耳がピクリと動き、次いで口元もピクリと動く。
「当たり前よ、元帥になりゃあ金だろうと権力だろうと思いのままだぜ?男のロマンだ。俺が諦めるわけねえだろう!」
はっきりと言い切るナナシに、老人は笑った。
「くくく………腕っぷししか能がねえくせによくそんなはっきりと言えるもんだ」
突然だが、この世界には『魔法』と『レベル』がある。
大体ゲームと同じ様な代物であり、だからこそ100年前までは強力な将軍が馬を駆り剣をふるい戦いを勝利に導く、なんてことは実際にあったのだ。『レベル』と『魔法』はそれこそ文字通りの一騎当千を実現させた。
しかし、人類は進歩した。
主にこの世界に降りてくる転生者による物だが、すでにこの世界には小銃があり、機関銃もあり、飛行機もあり、鉄道もある。
人口も増えたのも手伝って、『戦場で首を挙げて大出世』は難しくなっていた。
その中で、目の前の少年は『元帥になりたい』などとのたまう。
身分は最低辺の移民、武力はあるが頭が別段回るわけでもなく、容姿は平凡。
どう足掻いても元帥になどなれないのは明白である。
「――――だが、それでこそナナシだ」
このナナシという男は、本当の本気で腕っぷしだけで元帥まで成り上がろうとしている。
これが愉快でなければなんだというのだ。
満足した老人は、ナナシに1つ話を持ちかけた。
「………おいナナシ。イイ話がある」
唐突な老人の言葉に、ナナシは怪訝な顔をした。
「俺、イイ話って言われて本当によかったこと一回もねえぞ」
「まぁそう言うな。ワシなりの優しさだ。お前宛てにこんなのが来ている」
そう言って老人が差し出したのは、一枚の紙。
ナナシはそれを読んで、ポツリと呟いた。
「なんだこれ、特殊部隊設立につき志願兵募集?」
「………の選考のお誘いだ」
すてーん。
ナナシはずっこける。
「入れんじゃねーのかよ!?」
「特殊部隊だからな。がっつり審査を入れたいらしい。
共和国との戦争が激化してるのは知っているだろ?埋もれた人材を眠らせとく余裕はねえそうだ。
それだけではないぞ。どうやら士官学校の席次上位者も多数志願中らしい。お前ならこの意味がわかるな?」
老人がフッと笑う。
席次上位者ともなれば、出世コースに乗れる人物であるのは間違いない。
なるほど、とナナシは目の前の老人の意図を理解する。
――――上手くコネを作ってこい。
「でもじーさん、なんでまた俺なのよ?」
同時に、ナナシは疑問符を浮かべざるを得ない。
言ってしまえば、ナナシはただの犯罪者だ。腕は立つが素行に問題がある。
そんな人物が規律を重んじる軍に入隊。普通なら考えられないことである。
「お前の言うことはもっともだ。
しかしだ、犯罪者としてのお前のやること自体は可愛いもんだ。少なくともお前は仕事を放棄して逃げ出すような輩じゃねえ。
戦闘力は高いからな、多少の素行は無視だ」
確かに俺は強いけどなぁ。
ナナシはそう思いつつも、状況が状況だけに慎重にならざるを得ない。
「………つってもよ、俺対近代兵器の戦闘経験そこまでないぜ。マスケット銃なら死ぬほど切ったけどよ。俺が得意なのはどっちかってーとゲリラとかそっち方面じゃん」
「なんだ、未来の元帥とのたまう癖に機関銃が怖いのか?」
かちん。
「なぁーんだとぅ!?そんな訳ねーだろくそジジイ!機関銃なんてこわかねー!手榴弾でも爆撃機でもなんでも持ってこいってんだ!」
(よーしよし短気なやつだ)
お互い、キレやすいくせに相手がキレると冷静になるのである。
老人はナナシをなだめた。
「悪い悪い。しかしこの話、リターンが大きすぎる。
追加でこんなことを言われたぞ。『試験の成果によってはナナシ・キルトドーヴの刑期を切り上げる』とな」
頑張って審査通ったら出所してもいいよ、という話である。
仮釈放ですら無い。ナナシの刑期は残り10年であることを考えると、それは破格というしかない。
あまりの好条件に、ナナシは思わず聞き返した。
「………イイ話じゃんか」
「ワシもそう思っとる。お前が元帥になるために必要なステップが揃っているからな」
コネ作り。入隊。出所。
元帥になるのがほぼ不可能と言っても差し支えないナナシの現状ではあるが、この依頼1つでそれが大きく動くのは間違いなかった。
まー受けない理由ないよね、とナナシは考える。
しかし、同時に1つ気になることがあった。
「それにしてもじーさん、これ軍の方からだよな?軍って一犯罪者のことまでがっつり把握してるもんなのかよ?」
ナナシの疑問に、老人は照れくさそうに頭をガリガリと掻いた。
「………そりゃ、ワシが『お前の刑期を短縮する方法はないか』と軍に聞いたからに決まっとる。この話が来たのは機能じゃが」
「にゃにーっ!?」
ナナシは叫びながら老人に抱きついた。
加齢臭だ。
しかしその加齢臭が嬉しかった。
「うおおおおおおお!!!!じーさん、俺はあんたのことを脱走する度に捕まえに来て説教するくそジジイとばかり思ってたぜーっ!ゆるしてくれーっ!」
「そういうお前はワシに休日出勤を強制する糞ガキだ。お陰で引退しにくくなっちまったじゃねえか」
にぃ、と老人が笑った。
急いでナナシは離れると、迅速なジャンピング土下座をかましながら質問する。
「じーさん、それ日時は何時だ?」
「それがな、明日中に現地集合だそうだ。もう夜だからな、時間ねえぞ。ぱっぱと準備してこい。器具庫はわかるな?」
「あったりめえよ!すぐいくぜーっ!」
土下座から一転、ナナシはぴょいんと飛び上がってすぐに廊下の先へと飛び出した。
「ありがとなじーさんっ!!!」
ビュン、と通り過ぎたナナシを見ながら、老人は目を細める。
「忙しいやつだ」
「看守長、視線が孫を見るそれですよ」
背後から現れた看守の一人に、老人は笑い返した。
「あいつは祖父母どころか親もいねえからな。うるせえジジイの一人くらいいたっていいだろう!かーっかっか!」
特大の笑い声が『オルデウス刑務所』に響いた。




