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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
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20 12月16日~24日 “Four” (その1)


「土井先輩!」


 必修科目が終わったあとすぐに、急ぎ足で出て行こうとする土井先輩の背中に向かって、私は大声を出しました。

 土井先輩はびくっとされたあと、おそるおそるこちらを向いてくださいました。

 そして最前列右隅の指定席に戻られると、私がそこまで行くのを待っていてくださいました。

 私はようやく捕まえることができました。

 苦笑いされている、土井先輩を。


「・・・よう、タマキ。元気か?」

「はい。私は元気ですけど」

「ん? どうかした?」

「あの、念のためにおうかがいしておきたいんですけど・・・」

「何を?」

「先輩はもう全然大丈夫なんですよね?」

「ああ、そっか。その節はお見舞いに来てくれてありがとう」

「いえ、気にしないでください。私が行きたくて、行ったのですから」

「それはまた、嬉しいことを。今日のタマキはキラキラして見えるよ」

「先輩」


 私はふくれて見せました。


「もう・・・話を逸らそうとして。ごまかされませんからね」

「ごめん。大丈夫だよ、おかげさまで」

「最初からそう言ってください。私だって、心配してたんですから」

「すまん。あれから1か月、問題なく過ごしてるから安心してくれ」

「でも、去年の年末、私は先輩の体調が悪そうなのを分かっていたのに、年明けに先輩は入院されてしまって・・・」

「ああ、でもタマキが心配してくれたのにも関わらず、自分のことがよく分かってなかったボクが悪かったんだし」

「今回は幸美先輩が看病されていたので大丈夫だとは思ったんですけど・・・幸美先輩にも黙って入院していらしたそうですね」

「まあそれはほら、いろいろあってさ」

「ダメですからね。そんなの、二度としないでください」

「タマキにそこまで心配してもらえるとは。ありがたいなあ」


 苦笑いされていた土井先輩の視線が、私を通りすぎていきました。

 どうやら土井先輩は、ちょっと遠くを見ていらっしゃるようでした。


「・・・あの野郎」

「どうしたんですか?」

「うしろの方で、田中がニヤついているんだ」


 私も土井先輩の視線を追って、ふり向いてみました。

 ニヤリとしている田中先輩の隣で、小野先輩が小さく手を振ってくださいました。

 私は軽くお辞儀を返しました。

 楽しい先輩方がいてくださって、私は嬉しさを感じていました。


「あの、先輩」

「なんだ、後輩」

「すっかり元気になられたのでしたら、もしよろしければ、近々ちかぢか『黒薔薇』を飲みに来てくださいませんか?」


 私は土井先輩に言いました。


「そうか・・・前に約束してたっけな」


── また来てくださるんですか?


 8月に私が言ったことを、覚えていてくれた。

 そう思うと、私はにこっとしていました。


「了解」


 ときどき見せていただける「まあ、いいか」というような表情で、土井先輩は答えてくださいました。それで充分でした。


「ありがとうございます」


 私は軽くお辞儀をしました。


「では、幸美先輩にも私から声をかけますので、土井先輩はしばらく引っ込んでいてくださいね」

「タマキに引っ込んでろと言われるなんて・・・」

「分かりましたね」


 私はいたずらっぽく言ってみました。


「もういっそ、『タマキ先輩』と呼んだ方がいいのだろうか」

「冗談にしてはつまらないですよ、先輩」


 私はにこやかに突っ込みを入れました。


「キレがないです」

「コクもない、と」

「はい」

「タマキにはもう勝てないのだろうか・・・」


 土井先輩ご自身は無意識なのかもしれませんが、こうして自然に、私にパワーを分けてくださっている。

 その証拠に、私は笑顔になっている。

 そう気がついて以来、決して口には出しませんが、私は心の中でお礼を言うことにしていました。

 いつもありがとうございます、先輩。

 今日も私は繰り返しました。


    *      *      *      *


 土井先輩は直接捕まえるのが最も有効ですが、幸美先輩とは電話で普通に連絡が取れます。

 私は土井先輩にご了解いただけた日の夜、自室から幸美先輩の部屋の番号をプッシュしました。幸美先輩はご不在らしく、留守番電話が稼働しました。


「タマキです。またあとでかけ直します」


 私はそうメッセージを残しました。

 それから1時間ほど経過し、22時になろうとしていました。

 再度幸美先輩へコールしてみようと電話のそばに向かったとき、ちょうどコール音が鳴りました。きっと幸美先輩に違いない。私は思いました。


「もしもし」


 受話器を取ってそう言った私に、予期せぬ人の声が聞こえてきました。


── お、タマキ。元気にしてるか?

「土井先輩? どうしちゃったんですか、夜遅くに私に電話してくださるなんて」

── そんなに驚かなくてもいいと思うんだけどな。

「でも、土井先輩ご自身からかけてくださること自体が奇跡的なことですし」

── ついに「奇跡」のレヴェルにまで到達したのか、ボクは。

「昼間に学校でお話ししたじゃないですか」

── まあそうだけどさ、あらためてタマキの声が聞きたくなることだって・・・。

「嘘つきですね、先輩」

── え?

「そんなことおっしゃられても、もうだまされませんからね」

── なんかずいぶん人聞きの悪い言われようなんですが・・・。

「ご自分の胸に手を当てて、よく考えてみてください」


 私はわざとつっけんどんな言い方をしてみました。


── あの、タマキさん。

「なんですか、先輩」

── 折り入って、話を聞いていただきたいのですが。

「真面目なお話なら」

── 正真正銘、真面目なお話です。

「でしたら、どうぞおっしゃってみてください」

── 幸美さまというかたからタマキさまにお電話するように仰せつかっておりまして。


 私のメッセージを確認してくださった幸美先輩は、電話をしてくださるつもりでいらしたそうですが、電車の時間の都合で無理だとお気づきになられたそうです。

 そのため、その直前まで電話で話をされていた土井先輩が、幸美先輩に代わって私からの要件を確認しておいてほしいとお願いされることになってしまわれ、仕方なく、土井先輩は私に電話をかけてくださった。


「・・・ということですね、先輩」

── 仕方なく、なんてことありません。タマキさまのお声を・・・。

「はい、もういいですから、幸美先輩への伝言をお願いします。とは言っても、土井先輩には引っ込んでていただくはずなのに、なんだか申し訳ありません」

── ああ、そのことだったのですね。

「そうです。幸美先輩のご都合をおうかがいしたかったんです」

── 了解。今日はダメかもしれませんのですが、幸美さまにお伝えします。

「先輩」

── なんでしょうか、後輩。

「その口調に、だいぶ疲れてしまわれたようですね」

── ばれていたか。


 私はくすっと笑ってしまいました。

 結局今回も、私は笑顔になっている。土井先輩からパワーを分けていただいた。

 一度くらい、お礼を伝えておいてもいいな。

 私は思いました。


「先輩」

── ん? なんか怒らせちゃったかな。

「そんなことありませんよ」


 土井先輩から見えることはありませんが、私は笑顔で伝えることにしました。


「ありがとうございます、先輩」

── え?

「幸美先輩によろしくお伝えくださいね」

── ああ、それはもちろんだけど・・・。

「お休みなさい、先輩」


 私は土井先輩からの言葉を待たず、受話器を置きました。

 少しだけ、意地悪をしたくなっていたのです。

 こんなこと、土井先輩にしかできません。


 私の中で、お詫びの代わりにきちんと伝えておきたいことができました。

 今度土井先輩に会ったときは、こう伝えよう。


「これからもずっと仲よくしてください」


 そして、幸美先輩にも伝えよう。

 私にとってかけがいのないおふたりに、心を込めた言葉を。


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