18 12月6日 “Don't Be That Way”
大学祭が終わって1か月。
12月ともなると木枯らしが身に凍みるようになっている。
今日は久しぶりに男3人だけでラウンジ・ブレンドを飲んでいた。
恵子ちゃんも、タマキも、それぞれの用事のためすぐに学校をあとにしていた。
ラウンジはがらがらだった。
冬休みが近づいて、休講が増えているのだろう。
「大学には、どうして卒業論文なんてものがあるんだろうな」
テーブルの上で両手を組み、うつむいていた田中がぽつりと呟いた。
「近頃、田中は突然だね」
広瀬が言った。
「オレはこの前のレポートの件で悟ったんだ。オレが長い文章を書くのは、無理なんだと」
「なんだ、ずいぶん弱気じゃないか、田中のくせに」
ボクは突っ込みを入れた。
「それはだな、土井も広瀬も書けるから、分からんのだよ、オレのこの気持ち」
広瀬とボクは顔を見合わせた。
「幸いなことに、うちの学校には『卒論を書かない』という選択肢もある」
「ああ、その代わり4年なのにゼミを2つ以上取って、小論文も2つ以上書くっていう・・・」
広瀬が説明してくれた。
2つ以上ということは、2つとればいいのだ。
ボクはそんな道もあるなんて微塵も知らなかった。
「そのとおりだ。いくらオレでも、と言うより、オレには小論で精一杯な気がする」
「だけど、ゼミ2つってのは、かなりきつそうだな」
ボクはしみじみと言った。
「小論なら、レポート用紙20枚以上でいいらしい。オレはAさんに確認した。だったら、この前のレポートと同じだ。オレにもどうにかできるだろうさ」
田中はカップを口に運んだ。
「しかし、卒論となると、50枚以上だったか。しかも論理的に組み立てて。その条件だけでオレは既にお手上げだ」
田中はそう言うとうなだれた。
「50枚と言っても、原稿用紙換算だよ。むしろ簡単なんじゃない?」
広瀬は言った。
「原稿用紙1枚が400文字、×50枚だから、びっしり書いたって2万字。レポート用紙20枚より短そうだけどな」
広瀬が続けた。
「広瀬、おまえのレポートの場合は多分そうだろう。狭い1行に細かい文字を並べてあったからな」
田中は再びカップに手を伸ばした。
「自慢じゃないが・・・広瀬も見ただろう、オレのレポートの字のでかさを」
田中が自分で言ったように、確かに自慢にはならない。
「なるほど。微妙なところだな」
ボクは言った。
「広瀬、土井」
「なんだ、田中」
ボクは応えた。
「卒論のことはおまえらに任せた。オレは小論2本の道を行く」
田中の言葉に対して、テーブルにカップを置いた広瀬が言った。
「『任せた』って・・・上から目線だね」
「そのくらいは許してくれ」
またしてもうなだれていた田中が、顔も上げずに言った。
「せめてもの強がりだ」
田中はため息をひとつついてから、続けた。
「恵子にも、卒論がある。ここは自力で頑張ってみるさ」
「だったら、男らしく頑張れ」
早くも卑屈になっている田中に、ボクは言った。
「もちろん、そのつもりだ」
田中は今度は強気に言った。決意は揺らがないようだった。
「まだかなり先のことだが」
「何?」
広瀬が田中に訊いた。
「終わったら、みんなで遊びに行こう」
それはまたずいぶん先だな。
口には出さず、ボクは思った。
「『みんな』ってのは、どこまでのこと?」
広瀬はさらに訊いた。
「トリプル・デートだ」
田中はずばりと言った。
田中らしく最後まで恋愛系で行くつもりなのだと思った。
「それで、大学生活にけじめをつける」
「けじめ、ねえ」
腕を組んでいたボクは言った。
「そのためにも、オレは頑張るつもりだ。だから、広瀬も、土井も、協力してくれ」
「協力、ねえ」
腕を組んだままのボクは言った。
「面白いかもしれないね」
いつも優しい広瀬が言った。
「田中の提案に、乗ってあげる」
「ありがとう、広瀬」
「なら仕方ないな。ボクも乗ってやるよ」
「ありがとう、土井。恩に着る」
「田中に素直に礼を言われると、気味が悪い」
ボクは突っ込んだ。
「まあ、そう言うな」
顔を上げて、田中は言った。
「恵子ちゃんに、振られてないといいね」
田中は広瀬の言葉にしゅんとなった。
「広瀬、このところオレに厳しい言葉ばっかりぶつけてきてないか?」
「大丈夫だ、田中」
ラウンジ・ブレンドを飲み干したボクは言った。
「土井、おまえはオレを励ましてくれるのか?」
「恵子ちゃんはとてもいい女の子だからな」
「・・・土井にそんなことを言われると、体調が下り坂のような気がする」
「ほう、言ってくれるな」
まだ腕を組んだまま、ボクは言った。
「でも恵子ちゃんは田中と一緒にいてくれるさ」
腕をほどくと、ボクは続けた。
「ひと区切りついた卒業後は、どうなるか分からないけどな」
「土井」
「なんだ、田中」
「そのセリフは、おまえらしいな」
顔を上げた田中はニヤリとした。
「まあ、楽しみにしててくれ」
「何をだよ?」
ボクは田中に訊いた。
「オレがひとり勝ちする、そのときを」
田中はびしっとキメたつもりらしい。
腕を組んで、目を伏せて見せた。
「・・・鬼に笑われるぞ」
「うん」
ボクが言うと、広瀬がうなずいた。
「おまえらは・・・」
田中は何事か言いたそうだった。
「キメてみたいなら、恵子ちゃんがいるときにしなよ」
広瀬が言うと、今度はボクがうなずいた。
「う~ん、それもそうか」
田中は目を閉じて何事か考えだした。
「なんならキメるとき、香苗も呼ぼうか」
「ということは、幸美もだな」
広瀬に続いてボクが言うと、田中がまたニヤリとして、こう言った。
「佐野のこと、名前で呼ぶようになったのか」
「まあね。遅ればせながら」
ボクは答えた。
キミがいない席なら、こんなふうにすんなり言えた。
キミがいる席だとまだ安定して言えないことは内緒にした。
「舞台が整いそうだね」
広瀬は口元に笑いを浮かべていった。
「まあ、楽しみにしててくれ」
田中が繰り返した。
「鬼が笑ったとしても、最後に笑うのはこのオレだ」
「だからさ・・・」
「なあ」
広瀬とボクは言った。
「なんだよ」
田中は不満げに言った。
「今それを言うのは、もったいないだろ」
「肝心な本番では、大丈夫?」
ボクが言うと、広瀬が続いた。
「・・・やばくなりそうだったら、相談してもいいか?」
田中は急に弱気に戻った。
「仕方ないな」
ボクは田中をまねてニヤリとすると、そう言った。
「そんな気配が少しでもしたら、ボクも広瀬も消息不明になってやる」
「うん。音信不通でもいい」
すかさず広瀬がボクに続いた。
「なんでそうなる?」
田中は不機嫌になった。
「田中、おまえにとって肝心要の、ひょっとしたら一世一代のセリフになるわけじゃないか」
ボクはまた腕を組んで、言った。
「自分の心からの言葉じゃないと、伝わらないんだぞ」
キミやタマキに言われたことをアレンジして、田中に分けてやった。
「いいこと言うな、土井」
広瀬が誉めてくれた。
「もしかして、これはオレの負けか?」
田中は苦虫を噛みつぶしたように言った。
「ま、そうなるね」
広瀬が判決を下した。
「今はそれでいいだろ、田中」
ボクは言った。
「いざというときは、まだ先のことなんだから」
「土井・・・」
田中は救いを求めるかのようにボクを見た。
「最後に田中が笑うところを、見てみたいと思ってるよ」
「うん。ぼくも一度くらいなら見てもいいな」
広瀬が続いた。
「よし」
そう言った田中の顔に生気が戻った。
「じゃあ、くれぐれも楽しみにしててくれ」
田中はそう言うといつものように右手を挙げた。
ここでまた突っ込んでしまうとリピートのスパイラルに陥りそうなので、ボクは自重した。
広瀬は笑いをこらえていた。たぶんボクと同じ気持ちで。
田中は田中なりに正直で分かりやすい。
いつもなんだかんだと言ってしまうけど、結局は簡単に言うと「いいヤツ」だ。
そして、「みんな」がそのことを知っている。
ボクはそう思いながら、田中と広瀬に続いてラウンジを出た。




