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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
43/50

17 11月14日~15日 “Embraceable You” (その4)


    *      *      *      *


「土井先輩は近頃ゼミを休まれることがなかったですし、今日は私の発表でしたから、いらっしゃらないのは何かあったに違いないって、先輩方と一緒にそう思ってたんですよ」

「・・・せっかくの発表の日に休んでしまって、恐縮です」


 ボクはタマキに言った。


「たくさん質問をしてくださるとか、遠慮なくダメ出しをしてくださるとか、いろいろ挑発していただいたので楽しみだったのに」


 タマキは丁寧に言ってくれたけれど、ボクに向いた矛先はなかなか尖っていた。


「正直なところ、とても残念でした。土井先輩には、見ていただきたかったです」


 本気で残念がっているのだと感じた。


「ほら、そこのあなた」

「ボクのことか?」

「他にはいないでしょ」

「確かに」

「何か釈明することはないの?」


 キミに突っ込まれてしまった。


「ごめんよ、タマキ」

「いえ・・・気にしないでください」


 タマキはテーブル上のカップを両手で押さえたまま、目を伏せた。

 そんな様子では、気にしないわけにいかない。


「病人の先輩はすごく反省しているみたいだけど、言葉ではうまく伝えられないみたいだから、きっとあとで何かごちそうすることで伝えようと思ってるのよ」


 キミは今日も快調だと再確認できた。


「タマキちゃんにも、私にも」

「おい」

「何かしら」

「・・・なんでもありません」

「ね、私が言ったとおりでしょ、タマキちゃん」


 タマキは軽く握った右手を口元にあてて、くすっと笑った。

 それでボクはほっとした。

 タマキにはくすくす笑っていてほしい。


「幸美先輩、とても優しいですね」

「タマキちゃんこそ、すごく優しいよ」


 キミとタマキは顔を見合わせてにこにこしていた。

 どうもボクにはふたりになんらかの結託があるように見える。


「蜜柑はいかがですか、先輩。むいて差し上げますよ」


 タマキが気を遣ってくれた。


「ありがとう、タマキ。でも今は気持ちだけで。まだココアがあるし」

「そうですか。ちょっと残念です」


 タマキはそう言うと微笑んでくれた。


「では、長居はよくないと思いますので、そろそろ失礼させていただきますね」


 タマキはそう言って立ち上がろうとしたものの、膝立ちになったところで中断した。


「いけない、うっかりしちゃった」


 右手を口元にあてると、傍らに置いてあったバッグから、紙を取り出した。

 A4のコピー用紙に見えた。


「土井先輩、はいこれ」


 タマキは両手でその紙をボクに差し出した。


「今日のレジュメです」

「なるほど」


 タマキのきれいな文字が、2枚の紙にたくさん並んでいた。


「レポートがA+(エー・プラス)で、発表が教授に誉められた土井先輩なら、間違いなく参考になるご意見をたくさんくださると思っていますので、フィード・バック、よろしくお願いします」


 タマキはとんだプレッシャーをボクにかけて、ぺこりと頭を下げた。


「さすが、出来のいい先輩はすごいんだね」


 キミは笑いながら言った。


「では、今度こそこれで失礼します」

「そこまで送るね」


 タマキが立ち上がると、キミが続いた。

 ボクは座ったまま言った。


「タマキ」

「はい?」

「どうもありがとう。気をつけて帰れよ」


 タマキはにっこりと笑顔を見せてくれた。


「お大事にしてくださいね、先輩」

「了解」


 ボクはタマキがくれたエネルギーで、さらに回復したと思えた。


    *      *      *      *


「タマキちゃん、本当にいい子だなあ。かわいいし、優しいし、頭もいいし、スタイルもいいし、私にはまったく勝てる要素がないわ」


 戻ってきたキミは、ひとこと目にそう言った。


「そんなことないと思うし、比較することに意味なんてないだろ」


 ボクは言った。


「ホントにそう思ってる?」

「ああ。ホントに」

「心から?」

「心から」

「ふうん」

「なんだよ」

「だいぶ元気になってきたみたいだね」


 キミはそう言うと、フフッと笑った。


「タマキちゃんがお見舞いに来てくれて、すごーく嬉しかったからでしょ」


 冷やかすように、キミは言った。

 クリフォード・ブラウンが奏でる“エンブレイサブル・ユー(Embraceable You)”のメロディーが聞こえていた。

 キミはそっと抱きしめてくれた。


「タマキちゃん、とてもいい顔してたね」


 ボクの耳元でキミは言った。


「そうだな」

「よかった」


 キミは何やら安心したようだった。

 ボクはキミの肩に手を置いて少し身体を離すと、キミの顔を見た。


「ん? 何?」

「キ・・・幸美だって今、とてもいい顔をしてるけどな」

「ホント?」

「ホント」

「なんか最近、誉めてくれるようになったけど、裏でもあるの?」

「またひどい言われようだ」

「もちろん、冗談よ」


 キミは嬉しそうに言うと、さらに続けた。


「もっといい顔ができるんだけどな」


 キミはテーブルに置いてあった体温計をボクに渡した。


「あなたの熱がちゃんと下がってればね」


 さ、測って測って。

 キミはにこにこしながら言った。


「ひどくなってたら、お医者さんだからね」


 キミはいたずらっぽく笑った。

 既に充分いい顔になってるよ。

 ボクは思っていた。


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