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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
42/50

17 11月14日~15日 “Embraceable You” (その3)


      *      *      *


 目を開けた。

 またしても電話に起こされた。

 キミはベッドに寄りかかって、厚めのハードカヴァーを読んでいた。

 現代民話考。

 表紙の文字はそう読めた。

 どうやらシリーズものらしい。


「あら。誰だろう? 私でも大丈夫そうな人だったら、出てもいい?」


 ボクは了解した。

 時計を見ると、そろそろ15時になろうとしていた。

 留守電が作動する。


── 先輩?


「タマキちゃんだね」


 キミは受話器を取った。


「こんにちは、タマキちゃん。うん。うん。そうなのよ。今はね、落ち着いてる。うん。え? そうなの? うん。それはありがたいなあ。恩を売るなら今がチャンスよ」

「なんだって?」


 不穏な言葉が聞こえた。


「うん。でもね、うつされないように気をつけてくれないと、ダメだよ。そうそう。うん、分かった。みんなによろしくね。うん。じゃあ、気をつけて。うん、ありがとう。じゃあね」


 キミは受話器を置いた。


「タマキちゃん、すごく心配してた」

「それは悪いことをした」

「ちゃんと、直接謝って、お礼をするのよ」

「は?」

「これからお見舞いに来てくれるって」

「えー」

「あなたに恩を売る絶好のチャンスだから、完全防備で来てね、そんなふうに言っておいたから」

「……なんてこった」

「みんなもね、心配してくれてるんだって」


 みんな、と聞いて、今日はゼミの日だったと気がついた。

 しかも、タマキの発表の日。

 せっかくの良き日に休んでしまったとは。

 仕方ないとは言え、とても残念なことになってしまった。


「あら? なんでそんな顔してるの?」

「生まれつきなんですが」

「つまらないボケが言えるようになってきたのね」

「おかげさまで……」

「素直じゃないなあ。みんなに心配してもらえて嬉しいくせに」


 キミはニヤニヤしていた。


「代表して、タマキちゃんが来てくれることになったみたい」

「なるほど」


      *


 先ほどのご託宣は「37.0」だった。

 無茶しなければ、どうにかなりそうなところまで来た。

 ボクはパジャマの上からブルゾンを羽織って、ベッドで上半身を起こしていた。

 目を軽く閉じて、静かに耳をすました。

 キミのチョイスで、クリフォード・ブラウンのトランペットが低めのヴォリュームで聞こえてきた。

『クリフォード・ブラウン・ウイズ・ストリングス』。

 最高だと思った。

 ボクはキミにリピート再生にしてもらった。

 やっと音楽を聴きたくなるところまで回復してきたのだった。


 キミの予告どおり、16時過ぎにタマキが来てくれた。

 チャイムが鳴るとキミが迎えに出た。

 タマキはミカンを持ってきてくれた。

 相変わらずパンツ・ルックで……けれどもうずいぶん寒いからその方がいいのか。


「先輩方の指示で、買ってきました。ヴィタミンCが必要ということで」


 レモンじゃなくてよかったとボクは思った。


「先輩方はみなさん予算を私より余分に出してくださったんですよ。特に田中先輩が」


 タマキは言った。

 ありがたいことだけど、田中は後が怖そうだと思った。


「タマキちゃんもココアでいい?」

「あ、すみません。では遠慮なくいただきます」


 キミが訊くと、タマキが答えた。


「タマキちゃん」

「はい」

「それで正解だよ」


 キミは右手を握ると、親指を立てて見せた。

 ボクはとにかくタマキに座ってくれるようお願いした。

 やがてキミは3つのカップを持ってきた。

 ボクはゆっくりとベッドから出て、テーブルについた。

 タマキの分は、普段使ってないカップだった。


「牛乳多めにしたからね」


 ボクはいつものカップを取って、口をつけた。

 あったかくて、熱すぎず、甘すぎず、ほっとする味だった。


「おいしいです、幸美先輩。さすがです」

「ありがと、タマキちゃん。誰かはなんにも言ってくれないけど」

「……わあ、なんておいしいんだろう」

(れい)点ね」


 キミの採点はシヴィアだった。


      *


 ココアを飲みながら談笑していると、タマキの顔をしばらく見ていたキミがおもむろにこう言った。


「タマキちゃん、ファンデーション、替えた?」

「あ、分かりますか?」


 ボクにはさっぱり分からなかった。

 キミとタマキの会話が続いた。


「うん。前よりちょっと明るめの色にしたでしょ」

「はい、そうなんです」

「メイクの感じがよくなったみたい」

「そうですか? 幸美先輩に言っていただけると、嬉しいです」


 ボクはタマキとキミの顔を交互に見ていたけれど、依然として分からなかった。


「幸美先輩は、初めてお会いしたときからいつも自然な感じで」

「えっ? 私のメイクが?」

「はい。今更ですけど、教えてもらえばよかったなって思います」

「私に教わってもダメな気がするけどなあ」

「なるほど」


 ボクはつい言ってしまった。


「何よ」

「なんでもないです」

「意見があるなら聞いておくわよ、今後のために」


 キミにそう言われても、ボクには何をどう言ったものやら分からなかった。

 なんにも言わないのはよくないと思ったので、ひとまず分かることを言ってみた。


「ユキミさんの素顔はいいと思います」

「ふうん」


 キミは何やら不機嫌になった。


「つまり、誉めているようなこと言って、実は私のメイクがヘタクソだって言いたいのね」

「そんなつもりはないよ。そもそもボクにはメイクのことなんかさっぱり分からないし」

「そ」


 キミは「フン」とした様子で言った。


「なら、今度じっくり教えてあげる。あなたの顔を使って」

「……勘弁してください」


 タマキはキミとボクのやりとりを見ながら、微笑みを浮かべていた。


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