17 11月14日~15日 “Embraceable You” (その2)
「またこんなことがあったら、許さないから」
「すみません」
「なんのために私がいると思ってるのよ」
「・・・侵略者の魔の手から地球を」
「今はそんなこと言ってもダメよ」
「ごめんなさい」
キミは再度ため息をついた。
「ボケをかませるくらいのエネルギーはあるのね」
キミはベッドの縁に手をかけ、膝立ちになった。
「で、何か食べたの?」
食べてなかった。食欲を感じてなかったし、感じたとしても準備する元気はなかったと思う。
「やっぱり」
ボクが言葉を返さなくても、キミは察してくれたらしい。
「きつくても、なんか食べないとダメよ。エネルギーが補給できないんだよ」
「確かに」
分かりやすい解説だった。
「それなりに買ってきたから、まず水分補給」
キミは500mLのペットボトルを差し出してくれた。スポーツ・ドリンクだった。
「敢えて冷えてないのにしたから」
甘すぎるかなと思うけど、エネルギーが足りないんだからちょうどいいと思うの。
キミの解説は的確だと思った。
ボクは身体を起こして、スポーツドリンクを飲んでみた。
のどにしみたけど、身体は喜んでいるのが分かった。
「ここは定番のおかゆかしらね」
「助かるよ」
「好き嫌いは、特になかったよね」
「おかげさまで、ゲテモノでなければ」
「じゃあ、ネギと生姜と卵は入れるから」
キミはそう言うと、マフラーを取り、コートを脱いで、キッチンに向かった。
ボクは安心していた。
すぐそばにキミがいてくれて。
* * * *
キミはおかゆを食べさせてくれた。
「自分で食えるよ」
「そうかもしれないけど、やってあげたいの」
はい、あーんして。
キミに言われて、ボクは複雑な表情だったと思う。
「おいしくない?」
「いや、おいしいと思うよ、たぶん」
「何よ」
「味がよく分からないんだ」
「そっか。残念ね、こんなにおいしいのにな」
キミは自分でもひとくち食べた。
それから10口くらい食べさせてもらっただろうか。
「なんだか食べにくそうに見えるから、ここからはセルフ・サーヴィスにしてあげる」
ボクは解放されたと思ってしまった。
でも、キミのおかげで身体があったまってきた。
体温計の出番が来た。ご託宣は「38.4」だった。
キミもご託宣を見た。
「どう? これ、上がったの? 下がったの?」
「たいへん申し上げにくいのですが」
「上がったか・・・食べたからだとしても、38度超えはなあ」
「なんと言うか、首から背中にかけて寒い感じがするんだ」
キミはまた腕を組んで目を閉じていた。思案中らしかった。
ひとつうなずいてから目を開けたキミは、結論を告げた。
「しょうがない。明日はお医者さんかな」
保険証は何処にしまってあるのかしら。
キミは心当たりを探し始めた。通院にかなり乗り気だと分かった。
「そこまでのことは・・・」
「ダメよ。診てもらった方が早く治るよ」
「幸美がいてくれたら、大丈夫だから」
すっと、口から言葉が出ていた。
「おや。名前まで呼んでくれて、リップ・サーヴィスかな?」
「そんな余裕はない」
「お医者さん、嫌いなの?」
「そうでもない」
「注射が?」
「それは、痛い」
「まあそうよね」
キミは右の拳を口元にあてて、また何事か思案していた。
「さっきのセリフは嬉しかったけど、私がお医者さんより優秀とは思えないのよね」
「医学的にはそうかもしれない。でも、精神的には」
「何?」
「キ・・・幸美がそばにいてくれたら、それ以上のことはないよ」
「病気のせいで、弱っているのね」
「せっかくの心からのセリ・・・」
ボクは軽く咳き込んだけれども、続けた。
「セリフを、受け取ってくれないのか」
「ううん。ちゃんと届いてる。少しシャクだったから、その分意地悪してみた」
「そうですか」
「そうですよ」
キミは唇を尖らせて、不満の意志を示していた。
「お医者さんのことで精神的に参っちゃうのはよくないけど、明日、今よりひどくなってたら、叩き起こしてでも連れていくからね」
「なるほど」
「そこは了解して」
「・・・了解」
「素直でよろしい」
キミは2回ほどうなずいた。
「お医者さんに行くとしても、大丈夫だよ」
「なんでさ」
「私がついててあげるから」
「それは心強い」
「でしょ」
すると、キミはニヤリとして、こう言った。
「座薬が出たら、任しといてね」
「・・・何をだよ」
* * * *
キミは水と薬を持ってくると、ボクが飲むのをじっと見ていた。
「お水は冷やしてなかったけど、まだ冷たかった?」
「うーん、そうだなあ」
「分かった。次はあったかいのにする」
「そんなめんどくさいことは」
「私がそうしたいの」
「・・・助かります」
「ねえ」
「なんでしょうか」
「添い寝、するから」
「ええっ?」
「何よ」
「うつっちゃうんじゃ・・・」
「熱があるときは、できるだけあったかくした方がいいのよ」
「それはそうだけどさ」
「首から背中にかけて、寒い感じなんでしょ?」
「まあ、そんなとこ」
「だったら、背中の方からくっついて、あっためる」
「それは添い寝というのだろうか・・・」
キミはボクの肩に手を置くと、ボクを見つめて言った。
「私のエネルギーを分けてあげる」
キミは自信満々に見えた。
「たくさん、分けてあげるから」
* * * *
目を開けると、火曜日になっていた。
キミはどこかに電話していた。
ボクの部屋に置いてあった紺色のパジャマを着て。
「・・・はい。申し訳ありません。よろしくお願いします」
キミは電話に向かって頭を下げると、受話器を戻した。
「あ。ごめん。起こしちゃったね」
「気にしないでください」
「今日のアルバイト、なしにしたから」
「・・・そういうことか」
「そういうことよ」
キミはにこっとしたあと、あっという間もなく心配そうな表情になっていた。
「具合はどう?」
「ん・・・昨日よりは楽だ」
「ホントかなあ」
キミはボクの顔をのぞき込むと、体温計を取り出した。
「はい、検温から」
「どうも」
「お水、白湯にしてるから、持ってくる。計っててね」
白湯だなんて・・・。あったかくするとは言ってたけど、キミの細やかな気配りには感心するばかりだった。
ほどなく、本日最初のご託宣が出た。「37.5」だった。
「見せて」
ボクは素直に体温計を渡して、キミから受け取った白湯を飲んだ。
「よかったあ」
キミはひと息ついて、表情を緩めた。
「今のところは、お医者さんは保留にしてあげる」
ボクもひと息ついた。
「でも」
「・・・分かりました」
「分かっちゃった?」
「キ・・・ゆきみさんのことなら」
「うん。私も分かったから、そこまででいいよ」
キミは洗面器にお湯を入れ、タオルと一緒に持ってきた。
「まさか」
「何よ」
「身体を拭く、と」
「うん。汗かいたでしょ。着替えも出しといたし」
「で」
「拭いてあげるから、脱いで」
「脱いでと言われても・・・」
「手伝わないと無理?」
「そんなことはないけどさ」
「あれ? もしかして、恥ずかしいとか?」
キミはフフッと笑った。
「今更何よ。そんなの、とっくに手遅れでしょ」
「・・・確かに」
キミのご厚意に甘えることにした。
「あなたのことなら」
「了解」
「分かっちゃったか」
「そりゃあね」
「でも、あらためて解説しておくと」
キミはすまし顔で言った。
「私はあなたの良いところも悪いところも、全部とってもよく理解してるってことだからね」
「あらためて、了解」
「背中と、お尻もね」
「・・・こだわってんなあ」
キミはいたずらっぽく笑った。
「さ、脱いで」




