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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
4/50

02 9月4日 → 8月35日~40日 “She Is Funny That Way” 


「あなたは、自分のテーマ曲は“エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー(Everything Happens To Me)”だって、前に言ってたよね」

「その曲は、もうボクのテーマではなくなった」

「あら、どうして?」

「タマキに却下された」

「私が留守の間に?」

「キミが留守の間に」

「ふうん。じゃあ、何になったの?」

「“ホェン・ユー・アー・スマイリング(When You Are Smiling)”」

「あなたが、微笑むとき、どうなるの?」

「世界があなたと一緒に微笑むんだ」

「へえ、いい曲じゃない。選んだのは誰かしら?」

「タマキ」

「そうだよね。あなたの趣味に嫌がらずつきあってくれるんだから」

「なんだか、ひどい言われような気がするんですが」

「それにしてもタマキちゃん、やっぱセンスがいいな。私だったら、どの曲にしたかなあ……」


 キミは右手の人差し指を右の頬にあてて、しばらく目を閉じていた。

 目を開けると、こう言った。


「うん、“シー・イズ・ファニー・ザット・ウェイ(She Is Fanny That Way)”かな」


“ボクに夢中な彼女ができた。面白いヤツなんだ”。

 フランク・シナトラの歌を思い出した。


「ちょっと自虐的かな、私?」

「自覚があるんだな、キミはファニーだって」

「私を、『面白い人』だって認めてくれる?」

「承認します」

「よかった」


 キミはにっこり微笑んだ。


「私にとって『面白い人』は、最上級の誉め言葉だから」


    *


 お昼を簡単にすませてひと息入れたあと、キミの提案で散歩に出かけることにした。

 よく晴れて、日なたがつらい日になっていた。

 大きな積乱雲が遠くに見えた。

 9月なんだからもう少し涼しくてもよさそうなものなのに。


「部屋にこもりきりなのは、精神衛生上よくないのよ」

「直射日光は怖くないのか?」

「私の日焼けを心配してくれるの?」

「キミも女の子だから」

「なんか、イヤな言い方」

「日傘もってなかった?」

「あるけど、ときどきは直接太陽を感じてみたいもんなの」


 そうは言っても、キミは日焼け止めをもっていた。


      *


 キミは久しぶりに眼鏡をかけていた。

 ボクのTシャツを着て、デニムのショート・パンツを履いて。

 くつろいだ格好と言ってよかった。


「考え事をするときって、歩いていると名案が浮かんでくると思うのよ」

「今みたいに歩いてると、名案が浮かぶのか?」

「そういうことね」

「こんなに暑いんじゃ浮かばないと思うけど」


 ボクは首にかけてきたタオルで汗を拭いた。


「あなたって本当に汗っかきね」

「体の正しい反応だよ」

「いちおう8月生まれなのに」

「誕生日と汗は無関係だ」

「あ」


 キミは前方に「氷」の吊り下げ旗を見つけたらしい。

 ボクはそこにお店があると知っていたので、キミの反応は簡単に予想できたことだった。


「散歩に出たばかりなのに、早速だけど」

「分かったよ」

「分かっちゃった?」

「キミのことなら何処の誰よりも詳しいはずだからね」


 そんな話をしながら、ボクの部屋から徒歩3分。

 目だたないけど老舗しにせのお店で、かき氷を食べることにした。

 宇治金時を頼んだキミ、練乳にしたボク。

 頭がキーンとしているキミの表情。

 開け放たれたサッシには網戸。

 その向こうにはすだれ


「さっき聞こえたのは風鈴かな?」

「そうかもな」


 少し冷たい風が吹いた。

 どこかで夕立が始まっているのかもしれない。


「それで、本題ですけど」


 キーンとしたままの表情で、キミは言った。


「はい」

「あなたの誕生日、いつにする?」

「不思議なセリフだな」

「ホントだ」


 キミはにこっとした。


「海に行く話をするんじゃなかったっけ?」

「さっき誕生日の話題が出たから、優先的に」


 そうなると、今日は9月ではない。

 8月35日だ。


「でね、誕生日を海で過ごすというのはどうかな?」

「……そうきたか」

「海へ行こうよ、砂浜がきれいな。泳がなくてもいいから、ね」


 ボクは鎌倉で過ごした1週間のことを思い出した。

 でもそれは早春だったからよかったのだ。


「暑いし、日差しは強いし、渋滞にはまりそうだし、独特のにおいがあるし、まだ人がたくさんいるよ。気は進まないけど、山の方が」


 タマキと1か月くらい前に行ってきたけど。


「ダメだよ、ちょっと考えてみて。山だって、あなたが言ったこと、たいしてかわらないじゃない」

「いやいや、山なら木陰があって涼しいよ。それに、とにかく空気がうまい。森林浴も」

「でも山はダメなの。だって、新しい水着を買ったから、見てほしいし」


 いつの間に……。


「山でも着られるよ」

「それ、本気?!」

「だったら、市民プールでも」

「プールは狭いからイヤ!」


 どっちみち、ボクはどこかにあるはずの自分の水着を探す決意をするしかなかった。

 そして、今度こそキミをサイドシートに乗せたドライヴが実現する機会だった。

 8月最後の日、つまりボクの誕生日がいつになりそうか、ようやく見えてきた。

 その日にキミがサイドシートに乗っているなら、海でもいい。


    *      *      *


 キミとボクのアルバイトがそろって休みになる日の前日、約40日ぶりにレンタカーを借りた。

 トヨタ・カローラワゴン。

 エンジンは1500CC、ギアはオートマティック、ボディーはシルヴァー、走行距離を確認するとほぼ新車だということが分かった。

 8月40日になっていた。

 明日、ボクはあらためてひとつ歳をとる。


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