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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
35/50

15 11月5日~6日 “Just In Time” (その2)


    *      *      *      *


「予定どおり、印哲も見に行くだろ?」

「うん」


 4人組のひとりがいるかもしれないと、キミは言った。


「人混み嫌いのあなたは、どこかで待っててくれてもいいけど」

「お気遣いにたいへん感謝いたします」


 キミを見送ったボクは、撤退を開始した。

 徐々に人が増えてきていることが、明らかに分かるほど混雑していた。ボクにはかなりきつい感じだった。

 中庭のベンチに向かう途中で、体育館から案外ハードなエレキ・ギターのソロが聞こえてきた。軽音楽サークルだろうか。

 ドラムが叩き出すリズムの感じからだと、ヘビメタと考えてよさそうだった。ひょっとすると、ヘビメタ同好会があるのかもしれない。好きになれそうにはないけれど、個人的にはジュリアナ系のつらいテクノじゃなくてまだよかった。


 ボクは人の波をどうにかやり過ごしながら、這々(ほうほう)ていで中庭にたどりついた。

 ふう。

 やっぱり人混みは苦手だ。エネルギーを吸い取られる気がする。

 ボクはいつぞやのベンチに座ると、ひとつため息をついた。

 ここは人影がまばらでホッとする。校舎が盾になって、聞こえてくる音は小さくなっている。これなら休憩所代わりにいい。

 ボクが新鮮な酸素を求めて深呼吸していると、やがてキミの声が聞こえた。


「おーい」

「はーい」


 ボクは元気がないなりに、返事をした。

 キミはジュースをふたつ買ってきた。

 紙コップの大きさは200mLくらいだろうか。いちおう蓋にストローが刺さっている。


「料理研のお店で見つけたから、買ってみた。目の前でジューサーに入れて作ってくれるのよ」


 真の果汁100%らしい。


「はい、どうぞ」


 オレンジ・ジュースだった。

 飲んでみると、さほど酸っぱくなく、濃厚な味わいがのどに広がった。キミの選択は素晴らしいと思った。

 ボクが誉めると、キミは誇らしげに言った。


「さすがでしょ」


 キミはボクの左側に座った。


「ねえ」

「ん」

「覚えてる? このベンチ」

「忘れてないよ」


 ボクは答えた。


「私たち、知り合ってから1年以上経ってるんだね」


 キミは紙コップを両手で持ったまま、視線を下げて言った。

 ベンチから離れたところにある、花壇を見ていたのかもしれない。


「そうだっけ」

「何よ」

「何が?」

「その無関心な感じ」

「無関心てことはないよ。そうだったのかと思って」

「・・・興味なさそうなんですけど」


 ボクは苦笑いを浮かべていた。


「ホントは分かってるんでしょ?」


 ボクはキミとふたりで「西洋音楽史」をサボったことを思い出した。


── なんで逃げたのよっ!


 そう言われたことも。

 腹を割ってキミと話せるようになったのは、そのときからだったかもしれない。


「ずいぶん短くした髪が、初めて会った頃と同じくらいになったんだな」

「ああ、そうね」


 キミは何かに気づいたらしく、言葉をつないだ。


「あ、不満なんでしょ」

「何が?」

「あなたは短い方が好きなんだもんねえ」

「まあ、どちらかと言えば、そうですけど」

「スポーツ刈りにしてこいって、言いたいんでしょ」

「そんなことないよ。どんな髪型でも、キ・・・幸美は幸美だし」

「ふうん」

「・・・そのは不気味だな」

「モヒカンや、ちょんまげでも?」

「やりたければ止めないよ。必ず笑うと思うけど」

「笑われるのはイヤだな・・・」


 キミは少し考えていた。


流行はやりのワンレングスとか、どう?」

「キミは流行と無縁の人だと思ってるんだけど・・・」

「よく知ってるのね」

「おかげさまで」

「せめて服装は、身体の線が出るボディコンにしよっか?」

「自分で似合うと思うなら、どうぞ」

「・・・思えないわ」


 キミはうんざりしたような表情になった。


「タマキちゃんなら似合うかもしれないけど。ワンレンもボディコンも」

「タマキはタマキで、流行りものに興味なさそうだな。学校じゃ相変わらずパンツ・ルックだし」

「あなたがプレゼントしてあげたら? ボディコン」

「買いに行けってことか、タマキを連れて?」

「そうなるわね」


 キミはニヤニヤしていた。


「無茶言うなよ」

「じゃあ思い切って、あなたが着てみれば?」

「・・・勘弁してください」

「とうとう、あっちの世界に行ってしまうのね」

「『あっち』って・・・行かないです」


 キミはオレンジ・ジュースを飲むと、ひと息ついた。


「私、もっと前からあなたのこと、知ってたんだけどね」

「へえ」

「何よ」

「・・・関心があるなあ」

「棒読みかよ、もう」


 キミは「フン」という表情をしていた。


「タマキちゃんと『西洋音楽史』で知り合ったとき」

「はい」

「タマキちゃん、嬉しそうにすごくにこにこして、ジャズのCDをめつすがめつしてたのよ」

「それは初耳だ」

「ゼミの先輩が貸してくれたんだって、5枚ほど」

「ああ、もしかしてボクが初めてタマキに貸した・・・」

「そのとき私は、きっとオシャレでカッコいい先輩がタマキちゃんに貸してあげたんだと思ったのに」

「のに?」

「タマキちゃんが教えてくれた人は、いちばん前の右隅の席で闇のオーラをまとってた人だった」

「・・・出してないですからね」

「あら、そう?」

「そうですよ、『先輩』」

「その言い方、なんか懐かしい」


 キミはフフッと笑った。


「けどね、実は、さらに前にあなたを見かけたことがあったの」

「ふうん」

「何よ」

「何よと言われても・・・」


 キミは「仕方ないなあ」という顔をしていた。


「まだ1年生のとき」

「けっこう前だな」

「よく覚えてるんだ。図書館の前で、すれ違って」

「ボクはまったく心当たりがない」

「やっぱり」

「やっぱり?」

「そうだろうなあと思って」

「なんで?」

「あなたは冷たくて重い鉄の扉の奥で、闇の中に閉じこもっているように見えたから」


 きっと周りのことは見えてないんだと思った。

 そうキミは続けた。

 思い返してみても、ボクはその頃のことはほとんど覚えていなかった。ひたすら暗かったこと以外は。


「前の方からあなたが歩いてくるのを見たとき、私は『やばい』って思ったのよ」

「やばいって・・・またひどい言われようを」

「だって、信じられないくらい真っ暗だったのよ、その人は」


 キミはそのときの驚きを思い出したらしかった。


「私、あんなに暗い人初めて見かけたし、その人より暗い人なんて、現在に至るまで知らないもん」

「オンリー・ワンてことですな」

「ものすごい顔してた。怖かった。頬がこけていて、負のオーラ出しまくりで、近づけない感じ」

「そうでござんすか」

「そうでござんしたよ」


 キミは空を見上げるようにして、また思い出したようだった。


「すれ違ったあと、私は思わずふり返ってその人を見てたのよ。なんであんなに閉じているんだろうって」


 眉根を寄せると、キミは言った。


「・・・きっと、ものすごくつらいことでもあったんだろうなって思ったけど、それにしてもひどすぎた」

「まさにひどすぎる言われようですな」

「強烈なインパクトだったのよ。衝撃的っていうのは、あのときのための言葉だわ」


 まあ、なんと言われても仕方ない。


「背中から見ても、暗黒大将軍に見えた」

「グレートマジンガーかよ」


 キミと同世代のボクはすぐ突っ込んだ。

 キミはニヤリとしていた。


「欲しいところにちゃんと突っ込みを入れてくれるのって、楽しいな」


 満足げで、よかった。


「フォースの暗黒面に囚われてしまった、ダース・ベイダーの方がいい?」


 キミは第2案を出した。続いて第3案も。


「ダーク・サイドに落ちてしまった堕落マン・・・キングダークでもいいかも」

「Xライダー」

「さすが同世代」

「にしても、やけにえぐってくるなあ」

「・・・言い過ぎた?」


 キミは上目遣いにボクの様子をうかがってきた。


「かまわないよ、好きに呼んでくれて」


 ボクはベンチから立ち上がって、キミに言った。

 左手首の腕時計を確認すると、英研の3度目の上演はとうに始まっている時刻だった。


「残念」

「まあ、そうだな」


 香苗ちゃんの演技を見たかった気もした。

 今からでも、と思いかけたボクの気持ちを打ち消すように、「退散」や「脱出」、「避難」という言葉が大きな文字で浮かび上がってきた。

 要するに、ボクの脳はエスケイプを訴えているのだった。


「帰ろうか」


 さりげなくボクは言った。

 このあと視界に入ってしまうことを避けられないであろうさらに肥大化している人混み。

 エスケイプを決めて安心しつつあったボクはつい油断した。

 できることなら想像することすら避けておきたかったが。


「うん・・・そうだね」


 キミはおとなしくなっていた。


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