14 11月1日 “I Thought About You” (その3)
* * * *
── 広瀬は、どうするんだ?
田中は訊いた。
── なんのことを?
── 香苗ちゃんとの将来だ。
── 突然だね。
ボクは田中らしいと思った。
まったくもって、恋愛が絡む話、女性が絡む話が好きなのだ。
── 先のことは全然分からない。でも、一緒にいられるといいな。
広瀬は正直なヤツだと思った。
田中の急な無茶ぶりに、間を置くこともなくきちんと答えてあげている。
── そう言う田中はどうなんだよ。
ボクは田中に訊いた。
── ん? オレか。オレはだな、このまま続けていけるなら、ゆくゆくは結婚してもいいなと思ってる。
田中はボクが考えていたよりもまっとうなヤツなのだと思った。
── オレが振られなければな。
── なんか振られそうな心当たりでもあるの?
広瀬が言った。
── いや、そういうことではないんだが・・・オレから振るなんて、考えられないからな。
田中はまっとうなだけでなく、ロマンチストでもあるのかもしれない。
── 今までに何人かとつきあったことがある。でもな、こいつにはかなわないと思ったのは、恵子が初めてなんだよ。
田中がしみじみと言った。
── 土井。
── なんだ、田中。
田中はボクに話を振ってきた。
── ここまで聞いておいて、黙りはないだろうな。
まあそうだよなとボクは思った。
── ボクはまだ分からないな。
── はあ? そんな答えですむわけないだろう。
田中が食い下がってきた。
── 土井は今、佐野さんとつきあってるんだよね?
広瀬に訊かれた。
── そういうことになると思ってる。
── だったら、土井は佐野とどうしたいんだよ。
田中はここぞとばかりに攻め込んできた。
── ボクが体調を崩してからずっと、あいつには世話になりっぱなしなんだ。
── そうなのか?
── ああ。ボクはそう感じているんだよ。
── オレは佐野がどんな女なのか知らんけど、面倒見のいい彼女でよかったじゃないか。
田中は言った。
── それだけ土井に惚れてるってことだろう。
きっとそのとおりだとは思う。
── それだけに、このままではいけないような気もするんだ。
── 自信がないってこと?
広瀬に訊かれた。
── 土井の体調は、まだベストじゃないんだな。
田中が言った。
── なら今はまだ、土井は体調のせいでネガティヴになっている、ということにしといてやる。
田中はボクを見て続けた。
── ちゃんと考えてやれよ。
── うん、ぼくもそう思う。
広瀬が田中に同意した。
── オレたちも、あっという間に3年生になってたんだ。
田中は腕を組んで、なおも続けた。
── 次に気がついてみたら、卒業してるかもしれないぞ。
* * * *
田中の言葉に納得したボクは、それからキミとの将来のことを真剣に考え始めたのだった。
あれからだいたい半年。
なんだかいろいろなことがあった。
いいことも、悪いことも。
ボクの脳裏で、この半年のことが浮かんでは消えていった。
ボクは覚えていた。
だからこそ「今」があることも。
キミに言われたことだって、忘れるはずはない。ボクの心に刺さっている。
今すぐじゃなくていい。
私、待ってるから。
本当は、ボクにだって分かっている。
キミの気持ちは強く輝いていて、ボクには眩しすぎてまともに見ることができないままなのだ。
それに比べると・・・。
しばらくかかりそうだけど、待っていてほしい。
これが現在のボクの気持ちだった。
* * * *
「一度くらいは、ちゃんと見ておいてもいいんじゃないかな」
バイト帰りのキミは、ボクの部屋に来ていた。
「せめて自分たちの学科の出し物は、見に行こうよ」
キミは熱心に言った。
「私、これまでは劇団のことを優先してちっとも関われなかったけど、今年は大丈夫なんだ」
この週末、劇団の活動は休みなのだそうだ。
「だからね、行ってみたいのよ。学生でいられるうちに」
キミは続けた。
ボクにしても、未だに無関心で避けているくらいだから、学祭にわざわざ足を運ぶなんて考えたこともなかった。
「今回はふたりで学祭に行ってみようよ」
何度も重ねて、キミはボクを誘った。
「来年は無理かもしれないし、そうでしょ?」
確かに、4年ともなれば、そんな余裕はないかもしれない。
キミの言い分は至極まともだと思った。
となると、ボクはもう反論できなかった。
「了解」
「決まりだね」
キミは嬉しそうに笑った。
「初日の午後に、行ってみるのはどう?」
「そうだな」
初日の方が最終日より、まだ人出が少なそうだし。
「タマキちゃんへ差し入れ、忘れないようにしなくちゃね」
キミはにこりとして言った。
タマキがそのときいるのかどうか、探りを入れておかないとまずい。
田中にでもタマキにでも、こっそり訊いておくしかない。
ボクはそうすることに決めた。
「印哲は何もやってないの?」
「やってるよ。毎年恒例のヨガ教室」
キミは答えてくれた。
「いくら私でも、それくらいは知っているのよ。長い伝統があるの」
「へえ」
「何よ」
「・・・すごそうだなあ」
「また棒読みかよお」
キミはちゃんと突っ込んできた。
基本がしっかりできているに違いなかった。




