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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
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14 11月1日 “I Thought About You” (その2)


 次に口を開いたのは田中だった。


「土井」

「なんだ、田中」

「大川に、佐野と、話が続いたから思い出したんだが」

「ん?」

「この間は悪かった」

「いつの話だ?」

「土井がひとりで第2学習室にいたときのことだ」

「だとしたら、おまえが10月なのにアロハを着ていたときのことだな」


 ボクは言った。


「しかもハンカチを忘れて、アロハの袖で汗を拭いていたときのことだよな」

「そこまで細かいことを言う必要があるのかよ」


 田中は不満げだった。


「それって、私と第1学習室で待ち合わせてた日のこと?」


 恵子ちゃんは田中に訊いた。


「言われてみると、そのとおりだ」

「で、ほぼ1か月も経ってから、田中は何を蒸し返したいんだ?」


 ボクは田中に訊き返した。


「二股って言ったことだ」

「えっ! 土井くんて、そういう人なの?」


 恵子ちゃんは両手で口元を隠してしまった。

 田中のひとことにショックを受けたらしい。


「たった今、田中のせいでひどい誤解が生まれたぞ」


 ボクは田中にクレームをつけた。


「オレはな、あれから大川にも話を聞いてみた」

「大川さんが・・・その」


 恵子ちゃんの誤解がさらに進んでしまったようだった。


「田中、直ちに恵子ちゃんの誤解を無き物にしてくれ」


 田中は両方の掌を胸の前でボクの方に向けた。


「まあ、待ってくれ。最後まで言わせてほしい」


 仕方ない。

 ボクは待ってみることにして、残りわずかなアイス・コーヒーを飲み干した。


「大川に、はっきり言われた。別の学校につきあっているヤツがいるんだって」


 恵子ちゃんはそれを聞いて安心したらしかった。

 よかった。誤解は勘弁してほしかったから。


「大川さんなら、彼氏がいて当然でしょ」


 広瀬が言った。


「それはオレも同感だ」


 田中はそう言うと、アイス・コーヒーのグラスを空にした。


「そして、土井の恋人は佐野だと、はっきり断言された」


 恋人とか、断言とか、ボクにはおおげさな表現ではなかろうか。


「めでたしめでたし」


 田中はボクを見てニヤリとした。


「なんで大川さんにそんなこと訊いたの?」


 恵子ちゃんは言った。


「かわいそう、大川さん。話しにくかったでしょうに」


 恵子ちゃんはふくれた様子で田中を見た。


「そう言われてみると、大川には申し訳ないことをしたようだ」

「ボクにもな」

「だがな、土井がはっきりしなかったから、オレが大川に申し訳ないことをするようになったんだぞ」


 田中はボクに原因があると主張した。


「それ、佐野さんとチーズケーキを食べたときのことがきっかけだね」


 広瀬は納得したようにそう言った。既にアイス・コーヒーを飲み終わっていた。


「あら? みんなで、チーズケーキを食べにいったの?」


 ストローから口を離すと、恵子ちゃんが田中に訊いた。


「ん、まあ、そんなところだ」

「私に、内緒にしてたのね」

「いや、そんなつもりはないんだが」


 恵子ちゃんの機嫌が悪くなったので、田中は焦っていた。


「連れていってくれるよね、今度」

「・・・はい」


 田中はうなだれながら答えた。


「田中は、あのお店に恵子ちゃんを連れていくのに難色を示していたと思うんだけど」


 広瀬がナイスな突っ込みをしてくれた。


「どういうことなのかな?」


 恵子ちゃんはにっこり笑っていたけれど、目では田中を睨んでいた。


「イヤ、オレがケーキ屋に行くっていう時点で、がらじゃないだろうと思って・・・」

「そんなこと、ないよね?」


 恵子ちゃんはボクと広瀬に同意を求めた。

 当然、ボクと広瀬はうなずいて同意した。


「・・・分かったよ、オレの負けだ」


 田中は右手の人差し指でこめかみのあたりを掻いていた。


「紅茶もおいしかったから、セットでおごってもらうといいよ」


 広瀬が言った。今日の広瀬は冴えまくっている。


「広瀬、オレになんか恨みでも」

「香苗のことで突っ込まれたときたいへんな目にあったなんて、思ってないよ」


 広瀬の完封勝ちだった。


「それで思い出したけど、田中は以前、広瀬のマイナスになるようなことはしていないと言っていたような気がするなあ」


 ボクはダメ押ししてみた。


「土井」

「なんだ、田中」

「・・・なんでもない」


 恵子ちゃんは両手でグラスを持ったまま、楽しそうにしていた。


「オレのひとり負けとは・・・」


 田中はまたしても悔しそうだった。


「残念だったね」


 恵子ちゃんは言った。


「これから連れていってもらおうかなあ」


 明らかに恵子ちゃんの勝ちだった。


 話はボクのところへ戻ってこなかった。


    *      *      *      *


 正門を出ると、ボクだけが左へ歩を進めた。

 西日がけっこう厳しくなっていた。

 田中は恵子ちゃんと、広瀬は香苗ちゃんと、うまくいっているようで何よりだった。

 他人事かもしれないけれど、ボクは嬉しく感じることができた。


 ボクは半年ぐらい前に、田中と広瀬との3人で、学食でお昼を食べながら話したことを思い起こしていた。

 何を食べていたかは忘れているし、どういう経緯でその話題になったのかも覚えていないけれど、たぶん、ボクが教習所へかよっていた頃のことだったと思う。


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