14 11月1日 “I Thought About You” (その1)
K教授との面談以来、ボクは真面目にゼミに出ていた。
田中や広瀬の発表を見ておきたい、というのがその理由だったが、田中に言わせれば、「教授の思うつぼ」にはまったのかもしれない。
「最近毎回土井がいるから、おかしな胸騒ぎがして仕方ない」
田中はいつものごとく言いたい放題だった。
その田中は、今日が発表の日になっていた。
田中の発表は、よく言えばコンパクト、悪く言えばこぢんまりしすぎだった。
30分どころか、20分かからずに発表が終わり、質疑応答で質問が連続してその対応に追われることになった。
それを無事に切り抜けたのはなかなかのものだった。要領がいいのだと思った。
恵子ちゃんの助けがあればこそだったのかもしれないけれど。
* * * *
ゼミ終了後、ボクたちは4人で研究棟のラウンジに来ていた。
今回は田中と一緒に恵子ちゃんもいた。タマキにも声をかけてみたけれど、用事があるからということで来なかった。
この前は来客のせいで入れなかったのだが、今日のラウンジには充分な余裕があった。
今期のアイス・コーヒー最終日は明日だった。
となると、今日確実に飲んでおかないと次は約8ヶ月待たされてしまうかもしれない。
ボクがそう言うと、4人ともアイス・コーヒーをオーダーすることになった。
「恵子のおかげで乗り切れた」
アイス・コーヒーを口にすると、田中はようやくホッとした表情でそう言った。
恵子ちゃんは田中の隣で恥ずかしそうにしていた。
田中のレポートを見せてもらうと、20枚書いたとはいえ、でかくて豪快な字が踊っていた。
内容があっさりしすぎだったから、発表が短くなったのかもしれない。
評価は“B-(ビー・マイナス)”だった。
「あらかじめ恵子が質問の予想をしてくれて、すごく助かった」
「そんなこと言わなくていいのに」
恵子ちゃんが言った。
「そうそう」
広瀬が言った。
「言われなくても、だいたいそんなところだろうって、思ってたから」
広瀬の突っ込みは冴えていた。
ボクが補足することはなかった。
そんな広瀬の発表はまだ先だった。
訊けば、レポートの提出がかなり早かったらしい。
「たぶん、初めの3人以内に入ってると思うよ」
それはさぞかし早かったことだろう。
「だから、出番は12月かな。すぐにできる状態にはなっているんだけど」
さすが広瀬。すごいヤツだ。既に準備は万端らしい。
「近頃、香苗ちゃんとはどうよ?」
田中が広瀬に訊いた。
「大学祭の準備で忙しそうにしてる」
確かに、4日後に迫った大学祭へのムードがとても高まっていることは、無関心のボクでも分かった。
「サークルで?」
ボクは訊いた。
「そう、英語研究会で」
「あれ? 広瀬だって入ってるんだよな?」
今度は田中が訊いた。
「香苗ちゃんと知り合ったのはサークルで、って前に聞いたな」
ボクは言った。
「うん。ぼくも入ってるけどさ、それで英語が素晴らしく上達しているわけでもないから」
「じゃあ、なんのために英研に入ったんだよ」
田中が突っ込んだ。
「先に香苗が入ってたんだよね」
「ん? ということは・・・」
「香苗につられて、フラっと、ね」
広瀬は右手を頭につけた。
「もしや、実はひと目惚れってヤツか?」
ボクは訊いた。
「そういうこと、だね」
広瀬は照れていた。
広瀬によると、香苗ちゃんはサークルの中心メンバーのひとりで、英語はほぼぺらぺららしい。
大学祭では英語で寸劇をやるとのことだった。
「だから香苗は主役級で、準備に余念がないってわけ」
「なるほど」
そう言うと、ボクはアイス・コーヒーを飲んだ。もう残りわずかになってしまった。
「うちの学科はどう?」
ボクは田中に訊いた。
うちの科の有志は10人ほどらしい。
その中に、田中、恵子ちゃん、タマキがいた。
「もうほとんど終わってるの。あと最終チェックぐらい」
恵子ちゃんが朗らかに答えてくれた。
「今日はやらないけれど、明日には終わると思う」
「大川がけっこう頑張ってくれて、申し訳ないが楽をさせてもらった」
田中はタマキを誉めた。
「本当にそうね」
恵子ちゃんが同意した。
さすがタマキ。偉いヤツだ。只者ではない。
「で、土井はなにやってんだ?」
田中に訊かれた。
「そうだな、敢えて言うなら、全力で学祭を避けてる」
「なんだそりゃ」
田中は呆れたらしい。
「うちの学祭、けっこう人出があるんだろ?」
「そうだな、うん」
田中が答えた。
「ボクは人混みが嫌いだし、だから1回も来たことないし」
「佐野さんは、何かやってないの?」
広瀬に訊かれた。
「ああ、あいつは劇団があるからなあ」
「佐野さんて、演劇やってるんだ。すごいなあ」
恵子ちゃんは驚いていた。
「私、知らなかった」
「恵子は佐野と話したことないんだっけ?」
田中が訊いた。
「うん、ない。でも、今度お話ししてみたいなあ」
恵子ちゃんはずいぶんキミに興味を持ったようだ。
「では、そのようにお伝えしておきます」
「ありがとう、土井くん」
恵子ちゃんはにこにこしていた。




