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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
29/50

13 10月22日~23日 “My Melancholy Baby” (その4)


「じゃあ、またね」

「気をつけて帰ってね」


 紺色のパジャマのままでドアの前に立ち、私は笑顔で手を振った。

 3人が四つ目の角を曲がって見えなくなると、ドアを閉めて、その場にしゃがみ込んでしまった。


 私に教えてくれたのがついさっきで、最後の最後で本当によかった。

 もしそうじゃなかったら、私は一晩中泣きじゃくっていたかもしれない。

 ・・・気を遣ってくれたんだ。

 私は気がついた。

 きっと、そうだ。

 教えてくれたことも、そのタイミングも。


 想像できないほどの、ものすごい脱力感に私は襲われていた。

 それに、涙がぽろぽろこぼれて、止まらない。

 たったひとこと、ふたことの言葉で、こんなふうになってしまうなんて。


 このままだと、動けなくなる。

 そう思った私は、なんとか電話の子機を手に取った。

 あなたの番号を押した。

 他には何も考えられなかった。


 コール3回、留守番電話が作動した。


「早く、出て」


 うまく声が出なかった。


「早く出てよ!」


 私はかすれた声で、叫ぶようにそう言った。


── なんだ? どうした? 何かあったのか?


 受話器を取ったあなたは、私の様子がおかしいとすぐに気づいたようだった。


「今すぐ、ここに来て」


 しゃくり上げながら、私は言った。


「ここに来てよ、早く・・・早く」


 私はうまく言えなかった。あなたには聞こえなかったかもしれない。


── 分かった。すぐに行く。待っててくれ。


 あなたのすごく真剣な声が聞こえた。

 力が入らないし、涙は止まらないけれど、私はちょっぴり落ち着いた。


── またあとでな。


 電話が切れた。

 私は子機を落としてしまった。


 どうにかたどり着くと、私はベッド背にして、膝を抱えた。

 顔を伏せて、じっとしていたつもりだった。

 小刻みに震えているのが分かった。

 目をつぶっていた。

 これ以上ないくらい、強く。

 それでも、涙はぽろぽろこぼれた。

 あなたが来てくれるまでは頑張る。

 そう思った。

 でも、今にも崩れ落ちてしまいそうなのが、分かっていた。

 大きな感情の波が、何度も打ち寄せた。

 あなたにものすごく怒られたときのことが、自然に浮かんできた。


   何言ってんだよ

   悲劇のヒロインかよ

   キミはあまりにも情けない

   キミの人生だろ

   後悔しない結論を出せよ

   納得できる結論を出せよ


 あのとき、あなたは本気で怒ってくれた。あんなに必死に怒ってくれた。

 だから私はここにいる。

 あなたにそばにいてほしい。

 そばにいてくれなくちゃ、ダメだよ。

 私はあなたのことを考えて、耐えた。

 耐えていると思い込もうとした。


    *      *      *      *


 キミからのただならぬ電話に、寝ぼけ眼のボクの目は一気に覚めた。

 何かあったのは間違いない。

 非常事態。

 緊急事態。

 だけど、印哲4人組の集いで、何があったというのだろう。


 歩くのはもどかしい。

 走る。

 息切れ。

 体力がない。

 情けない。

 不安で仕方ない。

 電車が来るのが遅い。

 待ちきれない。


 それでも今のボクの全力で、キミの部屋にたどり着く。

 チャイムを鳴らす。

 応答なし。

 ドアノブに手をかけてみる。

 鍵はかかっていない。

 中に入り、鍵をかける。

 靴を脱ぎ捨て、奥に行く。

 ベッドを背にしてうずくまっているパジャマ姿のキミがいた。

 とりあえず、事件性はないようだと分かってほっとする。


「おい、大丈夫か、どうした?」


 肩に手をかける。

 震えているのが分かる。

 いったい、何が?


 キミは声をあげて泣きだし、ボクに抱きついた。

 あまりの号泣に、脱水症状や過呼吸の心配があった。


 もっとぎゅっとして。

 離さないで。


 泣きながらの言葉を、どうにか聞き取る。

 ただひたすら、キミを抱きしめる。

 ボクのシャツはびしょ濡れになっていく。

 いつも泣きすぎのキミだけど、ここまでのことは初めてだ。

 水を飲ませた方がいいと思う。


「ちょっと離れるぞ」

「ダメ」

「ほんのちょっと」

「イヤ」

「飲まなきゃまずい」

「いい」


 離さないで。

 お願い。


 ボクは諦める。

 もっと落ち着くまで待とうと思う。


 どのくらいそうしていただろう。

 キミはようやく水を飲んでくれた。

 まだひどくしゃくり上げている。


「もっと、近くに来て」

「こんだけくっついているのに、これ以上は」

「そんなことない」


 キミはよろよろ立ち上がると、身につけていたものをすべて脱いだ。

 そういうことか。

 ボクはキミに倣った。


「せめてベッドに行こう」


 キミをベッドにあげる。

 ブランケットにくるまる。


「・・・ひとつになりたい」


 キミに従う。

 言葉にならない声が聞こえる。

 また少しだけ落ち着いてきたように見える。

 横向きで見つめ合う。

 キミがボクの背中にまわした腕にわずかに力が入る。


 こうしていると、とても安心。

 しばらくこのままでいたい。

 すごく、幸せ。

 このままずっといられたら、次の瞬間に世界が滅びても悔いはないよ。


 キミは言葉を重ねた。

 まだハスキーな声で。


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