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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
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13 10月22日~23日 “My Melancholy Baby” (その1)


 ボクはのんびりと目を覚まし、15時頃に部屋を出た。

 キミと別々に過ごす土曜日。

 ボクはここぞとばかりにレコード・ハンティングに出かけ、のんびりと夜もすがら戦利品を鑑賞する予定だった。

 レコードやCDは足で稼いで見つけるものだ。

 中古ショップを含め、如何にたくさんのディスク・ショップを回れるかが勝負だった。


 キミはこの週末、例の印哲4人組の集いがあるとのことだった。

 遂にキミの部屋で開催なのだと言っていた。

 ボクの着替えや歯ブラシはしまっておくけど、壁に貼った写真はそのままで、みんなに見せるつもりだと聞いた。


── みんながあなたの顔を見たらどんなコメントが出てくるだろうって考えると、なんだか楽しみなの。


 キミはフフッと笑っていた。

 今更ボクの顔をどうすることもできないし、話の種になっても楽しく過ごしてくれるなら、それでいいと思った。


 去年の今頃、キミとボクは同じバイト先にいた。そして、キミの心をものすごく大きく揺るがしたひと騒動があった。

 婚約解消。

 相手はゼミの先輩。

 同じ学科である印哲のみんながそのことを知らないはずがないとボクには思えた。

 もしかしたらそれがきっかけで、キミは学校に行きづらくなるのではないかと、ボクは考えたことがある。

 ところがキミは何も臆することなく学校に通い、ボクから見ると、むしろそれまでよりも意気揚々としているようだった。

 ゼミの先輩に近しい人はキミを避けることがあったかもしれない。でもボクはキミの口からネガティヴな言葉を聞くことはなかった。

 そんなキミの姿を身近で見守ってくれていたのが、4人組の仲間なのだろう。

 これは単なる想像だけれど、大きく外れていることはないとボクは思っている。


 キミのことを頭に浮かべながら、ボクはつり革につかまっていた。


    *      *      *      *


 ボクは4時間ほどで6店回り、中古で3枚のジャズCDを買っていた。

 ポール・デスモンド『テイク・テン』、デューク・ジョーダン『フライト・トゥ・デンマーク』、ケニー・ドーハム『クワイエット・ケニー』。

 聴いたことはあっても、これまで買い逃していたものだった。

 秋が深まってきたため、ずいぶん寒くなっていたけれど、歩いているか立っているかの4時間で割と身体を動かしていたからか、寒がりのボクにしては案外大丈夫だった。

 しかし、かなり疲れてはいたので、早く帰宅したかった。

 だからいつもの各駅停車ではなく、快速で帰ることにした。

 平日よりはいていそうなものなのに、土曜日の夜だったので乗車率は高かった。すし詰めとはいかないまでも、電車がちょっとでも揺れれば、すぐそばの人にぶつかってしまいそうだった。

 ボクは初めドアに近いつり革を使っていたけれど、発車間際になってから多くの人が乗り込んで、いや、駆け込んできたので、追われる形で内側に入っていくことになった。

 そこに、背の高い誰かと、ボクがよく知っている女の子が一緒に現れた。

 タマキとその彼氏だった。

 20時を過ぎていたので、この時間に、ということは・・・。

 ボクはなるほどと思った。


 もはや避けようがなかった。

 彼の判断でふたりも内側に入ってきたので、ボクとタマキは背の高い彼を挟んで左右に立っていた。

 彼が間にいるとはいえ、手を伸ばせば届くほど近かった。

 もちろんそんなことはしなかったし、挨拶もしなかった。

 けれど、ボクがすぐタマキだと分かったように、タマキもすぐにボクだと気づいたことは明らかだった。

 タマキは少し顔を赤らめていたと思う。


── もし、電車で見かけても・・・先輩にはわざと声をかけないと思います。


 タマキの言葉を思い出した。

 いざそういう場面に出くわしてみると、動揺している自分が情けなく思えた。

 電車はすぐに動き出した。

 案の定、揺れたせいで、ボクは彼にぶつかった。「すみません」とボクは言った。彼は「いいえ」と返してくれた。

 ボクは得も言われぬ不思議な気分だった。

 こんな気分は初めてだった。

 なんとも表現のしようもない、複雑な感情だったと思う。

 タマキはただの後輩ではない。

 とはいえ、恋愛感情とは違う。

 娘が嫁いでいく、あるいは妹が嫁いでいく、もしかしたらそういう感情に近いのかもしれない。

 ただし、ひとつ言えるのは、それは今のボクにとって愉快なものではないということだった。

 タマキの言葉を尊重したけれど、なんでタマキがすぐそこにいるのに話もできず挨拶もなく、お互い知らんぷりなのか。

 それにふたりはタマキの部屋に行くに決まってる。

 不快に感じたのは、大きな意味では嫉妬なのかもしれなかった。

 タマキと彼がふたりでいるところを見かけたのは、初めてではない。

 そのときは今よりもずっと離れていたので、乗る電車をずらすことでやり過ごせた。

 でも、まさかこれほど生々しい距離になってしまうとは予想だにしていなかった。

 思わぬアクシデントというヤツだった。

 おまけにこんな気分になるなんて。


 やがて、次の停車はおなじみの学校への最寄り駅となった。

 タマキは彼に小声で何か言った。

 近所の・・・ケーキ・・・いい?

 ああ、これは学校の近所にできた例のケーキ屋のことだと思った。

 でも、こんな時間にまだ開いているのだろうか。

 タマキと彼は降車した。

 ボクはほっとした。

 タマキはきっとケーキ屋が閉まっていると分かっていても降車する気でいたに違いない。

 たぶんボクと同じように、タマキもしんどかったのだろう。

 そう思った。


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