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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
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12 10月15日~16日 “What Is This Thing Called Love” (その3)


 YさんはLARKの火を消すと、グレンフィディックに戻った。

 私はワイン・クーラーを飲んだ。飲みやすいし、おいしい。ついペースが上がってしまいそうだった。

 気をつけなくちゃ。

 私は思った。


「うまくいってんのか?」

「彼氏とですか?」

「もちろん」


 私は少しだけを置いてしまった。でも、今思っていることを素直に話した。


「いつまでもべたべたしていることはないですけど、私は、彼といられる時間は幸せだと思っています」

「・・・佐野の彼氏がうらやましいな」

「え?」


 Yさんは真顔でそう言った。

 私はYさんの言葉に深い意味を感じてしまった。


「佐野がまだしばらく劇団にいるのなら、オレもまだしばらくはいてもいいかな」


 Yさんは2杯目のグレンフィディックを空にしてしまった。私のワイン・クーラーは残りわずかになっていた。


「3杯目はどうする?」


 私は少し考えてからこう言った。


「帰れなくなりそうなので、ここまででいいですか?」

「だったら、もっと飲ませたいところだが」


 Yさんはいたずらっぽく笑った。


「佐野に嫌われたくないから、従っておくよ」


 Yさんはそう言うと、2本目のLARKに火をつけた。


「こいつを吸い終わったら、出ることにしよう」

「いいんですか?」

「駅まで一緒に行く」


 オレも帰ろうと思うし。

 Yさんは続けた。

 私とYさんは別方向の電車に乗ることになる。Yさんの最寄り駅がどこなのか、私は知らない。

 お店を出たときに、私は自分が飲んだ分の代金をYさんに渡そうとした。

 Yさんは受け取ってくれなかった。


「2杯ぐらいなら、おごってやるって言ったしな」


 私は遠慮しないことにした。


「ごちそうさまです」

「たまにだから」


 私はYさんと並んで歩いた。

 駅が見えてきた。


「そのうち気が向いたら、またつきあってくれ」

「そうですね」


 私は言った。


「気が向いたら、またご一緒します」

「正直なヤツだ」


 Yさんは笑った。


「佐野は今のままでいいと思う」

「え?」


 どういう意味ですか?

 私は尋ねた。

 Yさんはただ微笑んでいた。


 駅について改札を抜けると、Yさんと私は別々のホームに向かった。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」


 Yさんは最後にそう言ってくれた。

 私がホームに立つと、すぐに電車が来た。私は電車の中から隣のホームにいるYさんを見た。Yさんもこちらを見ていた。

 私はYさんに向けてちょこんとお辞儀をした。

 Yさんは面白そうにお辞儀を返してくれた。

 電車が動きだすと、すぐにYさんは見えなくなってしまった。

 Yさんは私にとってお気に入りの「先輩」だ。明らかにとても面倒をみてもらっている。そのことに恩を感じているくらいだ。

 もしもあいつと出会っていなかったら、私は3杯目を頼んで、帰れなくなっていたかもしれない。


 乗り換えのことを考慮しても、終電までには充分な時間があった。

 私は多少酔っていた。でもこの程度なら、なんの問題もない。

 私はあいつに会いたくなった。

 距離を置いてみようと考えたことを、忘れたわけではない。

 会いたくなったら、会いにいく。

 自分の気持ちに素直でいたい。

 今からあいつの部屋に行くなら、終電前ではあっても、午前様になってしまうことは間違いない。

 あいつが起きていても、眠っていてもかまわない・・・一度はそう思ったけれど、私はやめておくことにした。

 たいしたことはないはずだけど、アルコールと煙草の匂いがするままでは気が引けた。

 あいつと飲んでいたなら気にすることはないけれど、せめてYさんがおごってくれた2杯分がきちんと抜けてからにしたい。

 私はそう思った。


    *      *      *      *


 翌朝、私はあなたに電話した。7時30分だった。

 あなたはコール1回で受話器を取った。

 私は驚いてしまった。


「どうかしたの?」

── そっちからかけておいて、いきなりそれはないだろう。

「だって、こんなに早く出てくれるなんて、想像もできないから」

── なるほど。


 あなたはたぶん苦笑いをしている。


── 早起きしちゃったもんでね。

「健康的でいいじゃない」

── 早すぎた気もするけどな。


 5時頃に起きちゃったんだよ。

 あなたは言った。


── ボクもキミに電話しようと思ってたところだったんだ。


 まだいつも名前を呼んでくれるわけではなかった。


── そしたら、キミの方からちょうどかかってきた。


 お互いにそう思っていたなんて。


「だったら、もう少し待ってればよかったな」

── そうですか。

「そうですよ」


 私は言った。


── 会いたいんだ、キミに。

「・・・さっきから予想できない言葉ばかりで驚きだわ」

── なんか、またひどい言われようをしている気が・・・。

「そんなことないよ。私、嬉しいもん」

── それはよかった。


 あなたはひと息入れると、こう言った。


── デートしないか?

「どうしちゃったの?」


 私はまた驚いてしまった。


── せっかく誘っているのに、『どうしちゃったの』と言われるとは、がっかりだぞ。

「ごめんごめん」


 私の表情は満足げにほころんでいたと思う。


── このところ、会ったとしてもお互いの部屋の行き来ばかりだったから、久しぶりに外で待ち合わせしたいんですけど。

「あなたから要望が出るなんて」

── 驚いたって言うのは、勘弁してくれよ。

「そんなこと言わないよ」


 私は答えた。


「嬉しいって言おうと思ったんだから」

── お昼を一緒に食べて、芸術の秋らしく美術館に行くってのはどうかな?

「そこまで考えてあるなんて」

── 驚いた、って言うなよ。

「ミラクル?」

── やっぱり、ひどい言われようだ。

「もちろん、冗談よ」

── そうかい。


 やれやれだよ、という声がした。


「やっぱり世界は不思議で満ちているわ」


 私は言った。


── ボクだって、ときにはプランを立ててみたいこともあるんだよ。

「いつも立ててくれたっていいのよ」

── それは自信がない。


 私はフフッと笑ってしまった。

 幸せな気分だった。


「じゃあ、何処で、何時にする?」


 私は訊いた。

 天気予報は、今日は一日いちにちいい天気だと言っていた。

 素敵な日になる。

 そして、素敵なことはもう始まっている。

 これから私のことは名前で呼んでほしい、そうお願いしたら、あなたは「了解」と言ってくれるだろうか。


 きっと、今日なら言ってくれる。


 私はそう確信していた。


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