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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
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11 10月14日 “I'm In The Mood For Love” 


 今日も大学祭の準備を進めるために、私は研究室の並びにある小教室へ向かっていました。

 いつもゼミで使っている小教室の隣の部屋、203教室でした。

 この時間なら、おそらくもう1年生が来ているはず。

 私たちがゼミの有志で何を準備しているのか、1年生も分かってくれていると思いますが、私を含め上級生がいないことには作業が進まないと思います。

 私はそう気がつくと、少し急ぎ足で向かうことにしました。


「大川、おおかわ~」


 誰かの私を呼ぶ声がしたので、声の方向へふり向くと、田中先輩がこちらの方へ歩いて来られるところでした。

 田中先輩もゼミの有志のひとりでしたが、このタイミングで声をかけてくださったということは、今日は準備に参加できないのかもしれません。

 田中先輩はいつものように右手を挙げて挨拶してくださいました。


「珍しいな。ひとりでいるなんて」

「そんなに珍しくないですよ」

「まあ、例のごとく、土井はさっさといなくなったしな」


 田中先輩のおっしゃったとおり、土井先輩は講義の終了直後に教室を出て行ってしまわれました。

 アルバイトの日なのかもしれませんが、そうではなくても、たぶん同じことだったでしょう。

 土井先輩はやっぱりゼミの行事には無関心でいらしたので、有志には入っていませんでした。


「ちょうどいい。少し時間あるか?」

「少しなら、大丈夫です」

「サンクス。じゃあ、単刀直入に訊くけど」

「はい」

「大川は土井とつきあってるのか?」


 私は一瞬ドキッとしてしまいました。


「土井に訊いてもしらを切るばかりだから、もうひとりの当事者である大川にも訊いてみることにしたんだが・・・」


 答えにくいかな、やっぱり。

 田中先輩はなぜか弱気になっていました。


「しかも相手がオレじゃあ、信用できないんだろう?」


 大川のコメントを聞ければ、オレの中でパズルができあがる気がするんだが。

 田中先輩は続けてそうおっしゃいました。


「どうして、土井先輩のことにそんなにこだわっていらっしゃるんですか?」


 私は田中先輩に訊いてみました。


「そうだな、敢えて言えば、心配してるんだろうな、勝手に」


 最近さ、土井はなんかおかしい気がしてな。

 土井なりに何かいろいろあるんだろうけど。

 K教授と話をして、自分の将来のことを真剣に考え出したのかもしれない。

 でもオレから見ると、「彼女」のことのような気がするんだよ。


 田中先輩はまだ言い足りない様子でいらしたので、私は続きを待ちました。


「実はこの前、土井と佐野とオレと広瀬の4人で、学校の近所のケーキ屋に行ったんだよ」


 男性の先輩方があのケーキ屋さんに行かれたというのは意外でしたが、幸美先輩の名前が出てきたので腑に落ちました。それでも、4人の先輩方の顔ぶれは珍しいと思いました。


「そのとき、佐野の言葉にうたれたよ。オレは佐野と仲がいいわけではないと思うから、佐野がどんなやつなのか知らなかったんだが、すごく真面目なヤツなんだと分かった。佐野は本気で、土井のことが好きなんだ」


 広瀬も佐野の言葉に感動したって言ってたな。

 田中先輩は感慨深そうにおっしゃいました。

 私は幸美先輩の言葉が気になりましたが、土井先輩とのことをすごく大事にしていることは十二分に分かっていましたから、田中先輩や広瀬先輩のような感慨はありませんでした。

 それでも、幸美先輩の気持ちをいちばん分かっているのは今なら私自身に違いないという自負はありました。


「しかしな、土井は佐野の熱い言葉に何も答えられなかった」


 私はむしろ、田中先輩のそのひとことに驚きを感じました。


「土井は迷ってる気がするんだよ。理由は分からないけどな」


 私は幸美先輩が「少しずつね、距離を置いてみようかなって、考えてる」とおっしゃっていたことを思い出しました。

 土井先輩とのことを大事にしているからこそ、ご自身のことを冷静に見つめ直したい。

 私は幸美先輩の気持ちをそう理解していました。

 幸美先輩は「自分に素直でいることはやめたくない」ともおっしゃっていました。

 田中先輩が聞かれたという幸美先輩の言葉は、なんの虚飾もない、ストレートな言葉だったのだろうと想像できました。


「土井と仲がいい大川なら何か知っているんじゃないかと思って、現在に至ったわけなんだが」


 私は自分のためにも、きっぱり言っておくことにしました。


「私、おつきあいしてる人がいるんです」

「それはそうだろう。大川って、いい女だと思うし」

「ありがとうございます」


 私は少しだけ微笑んでみました。


「で、その相手は土井なのか?」

「いいえ。コンパで知り合った、他の大学の人です」

「そうなの?! うわ、オレ全然ダメじゃん」

「土井先輩には仲よくしていただいてますけど、田中先輩が想像されたような関係ではないですよ」


 私は自分にも言い聞かせるつもりで、そう言いました。


「そうか」


 オレの読みはすっかり的外れだったのか。

 そうおっしゃると、田中先輩はぎくしゃくした様子でなおも続けられました。


「なんか悪いな、言いにくいことを言ってもらって」

「そんなこと、ないですよ。別に隠し事をしているのではありませんから」

「じゃあ、その彼氏とうまくいってるわけだな」

「そうですね」


 田中先輩は青いバッグを左手に持ったままで腕を組まれると、2回ほどうなずかれて、さらに続けてこうおっしゃいました。


「すると、土井がつきあっているのは佐野で間違いないということか」


 私が答えていいものかどうか、少し迷いましたが、私はまた自分に言い聞かせることにしました。


「土井先輩と佐野先輩は恋人どうしだと思います」

「そういうことか。これでようやく分かった気がする」


 田中先輩は何故か満足げにされていました。


「ありがとな、大川。時間をとってくれた上にいろいろ教えてくれて」

「いえ、気にしないでください」

「それに、大学祭の準備に頑張ってくれてサンキューな」


 話が突如戻ってきました。

 私は203教室へ急いでいたのでした。


「本来はオレら3年が仕切って進めるべきなのに、大川におんぶにだっこになってるよな」

「任せていただいてるって、思ってますから。私に分かることは、進めておくようにします」

「ホントにすごく助かるよ」

「1年生も手伝ってくれますし」

「週明けはオレも恵子も出るから、すまんが今日は許してくれ」

「分かりました」

「そんじゃ、またな」


 田中先輩は右手を挙げて挨拶してくださったあと、正門の方へ歩いて行かれました。

 田中先輩が行く先に、小野先輩が立っておられるのが見えました。

 仲のよいおふたりです。

 私はちょっとだけおふたりのことをうらやましく思いました。


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