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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
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10 10月11日 “Who Can I Turn To” (その4)


「やっぱり、本命は佐野だったんだな、土井」


 キミは何も言わずに、ボクを見た。


「いちばん一緒にいることが多いのは、間違いないよ」


 ボクがそう言うと、キミは不満そうな顔になっていた。


「・・・もっと他の言い方はないのかなあ」


 キミはフォークを使いながら小声で言うと、ボクにちらちらと視線を向けた。

 ちくちくするような視線だった。


「キミは」

「何かしら?」


 キミとボクの会話になっていた。


「ボクにとってすごく大切な人だ・・・とでも言ってほしいのか?」

「なんでそこでお茶を濁すかなあ」


 私ははっきり言えるのにな。

 キミは依然として不満そうだった。


「私、あなたのことなら、世界でいちばんよく知ってる」


 2階のざわつきが、どうしたことか静まっていた。

 天使が通過中らしかった。

 キミはボクをまっすぐに見つめていた。


「だって、あなたのこと、世界でいちばん大好きだから」


 キミのよくとおる声が2階中にはっきり響いた。

 2階にざわつきが戻っていた。

 天使はどこかに去ったらしい。


「負けたよ、土井」


 田中が口を開いた。


「今回もおまえの勝ちでいいや。佐野にそこまで言ってもらえるなんて、幸せなヤツめ」


 キミはチーズケーキを口に運んでいた。


「オレは恵子に、そこまでのことは言えないかもしれないよ。しかも人前で」


 田中がそう言うと、キミは静かに、はっきりとした口調で言った。


「きちんと言葉で伝えないといけないときって、あると思うの。そんなとき、私はど真ん中に剛速球を投げ込むつもりで、全力で伝えたいんだ」


 田中はひとつ息を吐いた。


「土井」

「なんだ、田中」

「おまえはとてもいい彼女がいてよかったな」

「ぼくも今の佐野さんの言葉に感動したよ」


 田中に続いて広瀬が言った。

 ボクの舌は上あごにひっついてしまった。言葉が出なかった。

 キミはアール・グレイをまたひとくち飲んだ。


    *      *      *      *


 店を出ると、ボクたちは解散した。

 田中と広瀬は右へ、ボクは左へ歩を進めた。

 自分の部屋に帰るならキミは右へ向かうべきだったのに、ボクと一緒に左へ歩を進めていた。


「今すぐじゃなくていい」


 キミは言った。


「私、待ってるから」


 キミは空を見上げているようだった。

 次は、あなたの番だよ。

 キミの小さな声が聞こえた。


「私」

「ん?」

「ちょっと生意気だったかな」

「そんなことないよ」


 ボクは答えた。


「なんだか、大風呂敷を広げたみたいになっちゃった」


 ボクではなく、キミが苦笑いをしていた。


「タマキちゃんなら、なんて言うだろうな・・・」

「どうして今タマキが出てくるんだよ」

「タマキちゃん、彼氏ができたって聞いたけど」


 ボクは背の高い彼氏を思い出した。


「私にはまだそうは思えない」

「なんで?」

「あなたがいちばんよく知っているんじゃないのかな」


 キミは立ち止まって、ボクに言った。


「私、タマキちゃんの恋なら精一杯応援したいって、思ってるんだ」


 キミは一瞬うつむいた後、ボクの方に向き直った。


「なのにね、このままでは無理だってこと、分かってるのよ」


 キミはまた歩き始めた。

 ボクがあとからついていく形になった。


「タマキちゃんにも言ったんだけど」


 キミはふり向いて、言葉を続けた。


「自分に素直でいることはやめたくない。後悔したくない」


 ボクはキミに追いついた。

 キミはボクの左側にいた。

 右肩にかけていたバッグを左肩に換えると、右手をボクの方に差し出した。


「手、つないでほしいな」


 ボクは左肩にあった黒のズタ袋バッグを右肩に換えて、左手でキミの右手を握った。

 のんびりした歩調で、キミとボクは歩いていた。


「あなたの手、あったかい」


 キミの手は少し冷たく感じた。


「・・・さっきから、私ばっかりしゃべってるんですけど」


 確かに。


「何か言ってくれてもいいんじゃないかなあ」


 ボクはキミの名前を呼んだ。


「幸美」

「え」


 キミは驚いたようだった。


「あなたが私の名前を呼んでくれるなんて」


 キミは嬉しそうに微笑んだ。


「いつもそんなふうに、名前を呼んでくれたらいいのに」

「そうなのか?」

「タマキちゃんのことは、いつも名前で呼んでるじゃない」

「まあ、そうだな」


 いつもの駅が見えてきた。

 キミはボクの手を強く握った。


「あなたは、どこに行きたい?」

「ん? もしかして、次のドライヴ、とか」


 キミは黙ったままだった。


「今はこれといって浮かんでこないな。キミは?」


 キミはがっかりした素振りを見せた。

 私の名前・・・。

 そう呟いたようだった。


「私は、あなたの意見が、聞きたかっただけ」


 キミはそう言った。

 少しの間、沈黙が流れた。


「ドライヴ、3人では行けなかったね」

「そうだな」


 3人で行きたがってたキミの計画は、キミのスケジュールの都合で実現できなかった。


「どこに行こうとしてるんだろうね」

「ん?」

「あなたと、私と、タマキちゃん」


 キミはつないだ手を前後に振った。

 夕焼けがキミとボクの影を長くしていた。


「今日は、自分の部屋に帰るね」


 キミは言った。

 踏切の警報音が聞こえてきた。


「了解」


 ボクは答えた。

 つないだ手が、静かに離れた。


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