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行方(ゆくえ)  作者: ソラヒト
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10 10月11日 “Who Can I Turn To” (その3)


 キミに続いてボクたち3人も2階へ上がった。

 学校の近所にできたケーキ屋に、ボクもとうとう入ったわけだ。

 モーツァルトのピアノ・ソナタが、控えめな音量で流れていた。


「おお、やっぱり人気だなあ。混んでる混んでる」


 キミはそう言ってざっと辺りを見回した。

 中央のふたりがけの小さなテーブルが、ふたつ並んでいる席がちょうど空いていた。


「今日は誰のおこないがよかったのかしら」


 キミはさっさとそこまで行くと、ふたつのテーブルをくっつけた。


「ということで、この席にしましょう」


 田中も広瀬も、キミの隣には座らなかった。

 田中はキミの正面の席に座ると、キミに話しかけた。


「オイ」

「何、田中くん」


 広瀬はまた笑っていた。田中は渋い表情になっている。


「女ばっかりだな、この店の客は」

「そうね。嬉しい?」

「別に嬉しくないが」


 田中とキミの会話のぎくしゃくぶりは、広瀬の笑いのつぼにぴったりのようだった。


「広瀬・・・笑いすぎだ」


 田中は不満げに言った。

 間もなく、紅茶とケーキが運ばれてきた。

 キミのお薦めであるレアチーズケーキ、ボクの好きなアール・グレイ。

 田中と広瀬は特にこれといったものがなかったので、4人とも同じものをオーダーしていた。

 メニューにはコーヒーもあったのだが、単に1行「コーヒー」とされているだけで、紅茶のように充実したものではなかった。こういう場合、コーヒーは避けた方がいい。

 田中も広瀬もボクの意見に賛同した。

 キミはアール・グレイをひとくち飲むと、こういった。


「うん、おいしいわ。合格」


 この前タマキちゃんと来たときはダージリンを飲んだんだけど、ここの紅茶ならどれを頼んでも大丈夫みたいね。

 キミがそう言ってるとき、ボクたち3人もアール・グレイに口をつけた。

 キミの言うとおり、おいしいと感じた。

 去年キミがバイト帰りに連れていってくれた紅茶屋と張り合うかもしれないと思った。


「佐野がいなかったら、絶対入らなかったな・・・」


 田中がつぶやいた。

 確かに、男だけ3人で入るのは気が引ける雰囲気だった。


「次は彼女と来ればいいよ」


 キミはさらっとそう言った。


「連れてきてもらうならいいかもしれないけど、連れてくるのはなあ・・・」


 恵子ちゃんが一緒だとしても、田中には荷が重いらしかった。


「ぼくは何も気にならないから、次はふたりで来てみようかな」


 広瀬はこの店が気に入ったらしい。

 レアチーズに手をつけた広瀬は「チーズケーキ、うまいよ」と言って、すぐに次のひとくちを口に運んだ。


「おいしいでしょ。広瀬くんは分かる人でよかった」


 ボクと田中は、キミのひとことで暗に分からない人にされてしまった。


「それで」


 キミは言った。


「男の子3人で、どんな話をするつもりだったの?」

「それはもちろん、緊迫した世界情勢の効果的な対策についてだ」


 ボクはそう言ってみたのだが、誰もフォローしてくれなかった。


「土井が残っているのは珍しいからな。近況報告でもしてもらおうかと思ったわけだ」


 田中がそう言うと、広瀬が続いた。


「ゼミにしても半分は来ないし、来たとしてもダッシュでいなくなるもんな」

「・・・バイトがあるんだよ」


 ボクは答えた。

 キミはフフッと笑っていた。


「オレは土井の恋愛事情についても話を聞きたいのだが」

「またその話かよ」


 ボクは少し呆れて田中に言った。


「うまい具合に佐野もいることだし、これで謎が解けそうだ」

「なんかこの人のことで、謎なんかあるの?」


 キミは田中に聞き返した。


「闇のオーラとか?」


 ボクは難しい表情になった。


「土井はいったい誰といい関係なのか、はっきりしないんだ」

「ふうん」


 キミは興味がなさそうに、アール・グレイをまたひとくち飲んだ。


「食いつきが悪いなあ」


 田中は言った。


「あれ? キミは今日、バイトの日じゃなかったっけ?」


 思い出して、ボクはキミに訊いた。


「そうなんだけど、今日は都合で一日いちにち替わってほしいって人がいて、替わってあげたんだ」

「なるほど」

「おかげであなたと一緒になった。ご褒美かも」


 紅茶とケーキもおいしいし。

 キミは今度は満足げに言った。


「・・・やっと土井と佐野がお互いをどう呼んでいるのか分かったぞ」


 何故か田中も満足げだった。

 広瀬は適宜チーズケーキを口に運び、静観を決めているらしかった。


「オレの考えでは、というよりも、一般的に考えてみるとだな、『あなた』なんて呼べるのは、深い仲になった者しかできないと思うんだよ」

「・・・おまえ、この前も似たようなこと言ってなかったか?」


 ボクは田中に返した。


「土井はそう思わないのか?」

「K教授だって、『そこのあなた』とか、『隣のあなた』とか、よく呼んでるじゃん」

「それは例外だ」

「例外かよ」

「・・・そう言えば、あなたは今日がゼミ発表の日だったよね」


 キミが田中とボクの会話に入ってきた。


「どうだったの? うまくできた?」

「土井は教授に誉められてたよな」


 広瀬が言った。


「そうなんだ。すごいじゃない、誉めてもらえるなんて」


 いつもの生活態度からだと、にわかには信じられないわ。

 キミは続けた。


「でも、広瀬くんは嘘をつくような人じゃないから、本当のことなんだね」


 ボクと田中は、今度は暗に嘘つきにされたようだった。


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