10 10月11日 “Who Can I Turn To” (その2)
「やっと出てきたか」
田中が広瀬とともに掲示板のところにいた。
ふと、大学祭のポスターが目についた。
うちの学科はゼミの有志で展示をやるらしかった。
「ラウンジでコーヒーでも、どうだ」
15時になろうとしていた。
ひと息入れるのにちょうどいいタイミングだ。
ボクは田中に賛成すると、広瀬とふたりで田中についていった。
「案外待たされたから、教授との会話は盛り上がったようだな」
田中は言った。
「盛り上がるはずないだろ」
ボクは苦々しく言ってみた。
「それより、田中も広瀬も、教授と話したんだよな」
「だいぶ前だけどね」
広瀬が言った。
「将来の希望とか、訊かれた?」
ボクはふたりに訊いてみた。
「ああ、訊かれたよ。ぼくは前から教員になりたかったから、そのまま伝えた」
確かに、広瀬は教員免許取得のためのカリキュラムをこなしていた。
「オレはまあ、就職支援室にふらふら出入りして、何となく一般企業の募集要項とか見てるだけなんだが」
田中がぼんやりした感じで言った。
「普通にサラリーマンになるんだろうな」
「どの業界とか、ないの?」
広瀬が田中に訊いた。
「ああ、まだそこまでは」
なかなかたいへんだよなあ。
田中は感慨を込めて言った。
「土井はどうなの?」
広瀬に訊かれた。
「なんのイメージもない」
「うわ、それは少々よろしくないんじゃないか?」
田中に突っ込まれた。
確かに、ノー・プランはあんまりかもしれない。
「いくら売手市場が続いてるからって、のんきすぎると思うぞ」
田中に心配されるとは思いも寄らないことだった。
「なんにもないからだと思うんだけど、研究室に残ることを、打診された、と、思う」
「なんだって?!」
田中が素っ頓狂な声を出した。
「今日の発表とかレポートが、余程上出来だったってことだな。できるヤツは違うねえ」
田中に今度はからかわれた。
「本気を出せばそこそこすごいのに、なかなか出てこないのが残念だな」
「田中にそんなこと言われる筋合いはないと思うのだが」
ボクは田中に言った。
「でも、土井の発表には驚かされたよ。正直に言うと、土井が別人のように思えたくらい」
広瀬の言葉が身にしみた。
「どうもボクはみんなの予想を裏切ったようだな」
「ああ、間違いないな。たぶん教授がいちばんそう思っているだろうよ」
田中にダメ押しをされた気がした。
「それはそうと、恵子ちゃんはどうした?」
ボクは田中に訊いた。
「発表で燃え尽きたらしい。まっすぐ帰って、眠りたいんだってさ」
「なるほど」
恵子ちゃんのその気持ちはボクにはよく分かった。
学習室で熱心に恵子ちゃんをサポートしていた田中の姿を思い出した。
「土井は大丈夫なのか?」
田中に訊かれた。
「恵子ちゃんには申し訳ないんだけど、実はうとうとしてたから、その分大丈夫だと思う。うまいコーヒーを飲めればなおいいさ」
しかし。
「おやおや。来客みたいだな」
田中が言ったとおり、どこの学科の先生か分からないけれども、ラウンジは明らかに学生ではない年配の方々でいっぱいだった。そのうちのふたりほどは外国の人のように見えた。
「んー、どうしたもんだろなあ」
田中がそう言うと、広瀬が答えた。
「ぼくの知っているお店は、学校の近所とは言えないしなあ」
「・・・コーヒーがうまくない店はイヤだからな」
ボクは自分の希望を伝えた。
「そいつは難しいかもしれないな」
田中は言った。
「オレのお気に入りの喫茶店はなくなっちまったし・・・まさか、ファストフードの店に入ることになっちゃうのか?」
田中がそう言っているとき、不意に広瀬がボクの肩をつついた。
「ん? なんだい」
「うしろうしろ」
ボクがふり返ってみると、キミがこちらに向かって歩いてくるところだった。
100メートルぐらい離れていただろうか。
「おーい」
キミの声が聞こえた。小さく手を振っていた。
「よく分かったな、広瀬」
「何回か声が聞こえてた」
ボクたちは足を止めた。
キミは奇抜な服装ではなく、ダーク・グリーンのジーンズにTシャツ・・・柄から判断すると、たぶんバリで買ってきたヤツだと思う・・・そして白いカーディガン。キミにしてはずいぶん一般向きの服装だった。
「・・・やっと追いついたあ」
キミはボクの隣に来た。少し息をはずませていた。
「久しぶりだな、佐野」
田中がキミに声をかけた。
「久しぶり。・・・何くん、だっけ?」
キミがそう言ったものだから、ボクと広瀬は思わず笑ってしまった。
「冷たいやつらめ」
田中は不満げだった。
「広瀬くんは、覚えてるよ」
「よかった」
広瀬はにっこりした。
「ちょっと待ってね、思い出そうと努力中だから」
キミは右手を軽く握って額にあてていた。
「3人とも、同じゼミなんだよね・・・」
「いいよいいよ。あらためて自己紹介するよ。田中です。よろしく」
「田中くん? そうだっけ?」
キミのリアクションに田中はがっくりしていた。
ボクと広瀬はまた笑うことになった。
「あんまりだな、佐野。何かオレに恨みでもあんのか?」
「名前を忘れてたくらいだから、なんにもないよ」
広瀬はさらに笑っていた。
ボクもこらえきれずに笑い声を漏らした。
「あれ? 私、なんかおかしなこと言ったかな?」
キミは冗談ではなく、真顔でそう言った。
田中は憮然としたまま、キミに向かって言った。
「そうだ、佐野はどこか知らないか? この辺でうまいコーヒーが飲める店」
キミはラウンジの方へ目をやると、納得したらしく2回うなずいた。
「ふうん。そういうことか・・・」
そう言ったキミは、すぐにこう続けた。
「おいしい紅茶と、ケーキのお店なら知ってるよ」
大学祭のポスターが、あちこちで目につくようになっていた。




