09 10月9日 “In A Sentimental Mood” (その3)
「ねえ、タマキちゃん」
「はい」
「大切なのは、『これから』だよ」
「これから、ですか」
「そう。これから」
私はタマキちゃんに率直に訊くことにした。
「タマキちゃんは、どうしたい?」
タマキちゃんはひと息置いてから、話してくれた。
「私は」
「うん」
「コンパで知り合った人と、つきあい始めたんです」
私にはタマキちゃんの言葉が意外に思えた。
質問の答えにはなっていない気がしたけれど。
「彼氏ができたんだね」
「はい」
「うまくいってる?」
「いってると、思ってるんですけど・・・」
タマキちゃんの様子からは、そうは見えなかった。
「タマキちゃん」
「はい」
「好きな彼氏ができたのなら、もっと楽しそうにしてるものだと思うんだけど」
「え」
「なんだか、暗いと言うか、つらそうな雰囲気になってるよ」
「まだつきあい始めてから、そんなに時間が経ってないからかもしれません」
「うーん。そうなのかなあ」
私は思い切ってまた訊いてみた。
「タマキちゃんから告白したの?」
「いいえ、彼の方から・・・です」
タマキちゃんなら、たくさんの人から告白されてもちっともおかしくない。
私だって、そのうちのひとりだし。
タマキちゃんから動いたのなら、きっともっと違う雰囲気になっていたと思った。
けれど、そうではないと分かったので、私は話題を替えることにした。
「私、この間ね・・・と言ってもひとつきくらい前だけど」
「はい」
「あいつに、海に連れていってもらったんだ」
「海、ですか」
「うん。土曜日だったからかもしれないんだけど、途中で渋滞にはまっちゃって」
トイレを我慢するのがつらかったわ。
私がそう言うと、タマキちゃんは少し笑ってくれた。
「着いたのは夕方になっちゃったんだけど、とても楽しかったし、嬉しかったな。念願のドライヴが実現したから」
「素敵な思い出になったみたいですね」
「うん。8月41日に、あいつの誕生日を兼ねてだったけど」
「41日、ですか?」
「そう。あいつの誕生日は8月の最後の日だから、今年の8月は実は41日まであったことにして・・・」
「そうだったんですね」
「しかも41日は48時間あって、その翌日はいきなり9月12日になっちゃったけどね」
「先輩方のカレンダーは特別仕様なんですね」
「うん。そう考えてくれたのは、実はあいつ自身で。あいつは海より山がいいなんて言ってたけど、私のお願いを聞いてくれて」
今から思えば、あいつより私の誕生日みたいになってたわ。
私がそう言うと、タマキちゃんはまた少し笑ってくれた。
「私は、山に連れていっていただきました」
「そうなんだってね」
「頂上にある湖を・・・カルデラ湖なんですけど」
「タマキちゃん」
「はい」
「・・・難しい単語は、なるべくなしにしてね」
タマキちゃんはくすっと笑ってくれた。
「私、水を見るのが好きなんです。それで、湖を長い時間眺めてて」
「うん」
「隣に土井先輩がいてくださって、湖を眺めることができて、私はずいぶん癒されました」
「そうだったのね」
「でも、その前に、私泣いちゃって・・・」
「どうして? いじめられちゃった?」
「もちろんそんなことないですよ」
タマキちゃんは微笑みながら続けてくれた。
「土井先輩のすぐ近くにいても、私、ちっとも役に立てなくて」
「そんなことないでしょ」
私は強く否定した。
「湖に連れていっていただいて、ようやく落ち着けたんです」
「そっか・・・自然のエネルギーで、充電できたんだね」
「それも、土井先輩のおかげでした」
「あまりおしゃべりはしなかった感じ?」
「はい。土井先輩は、いつの間にか眠られてました」
「やっぱり、疲れてたんだね」
「そう思いました」
「私と海に行ったときも、渋滞でかなりやられちゃったみたいで、へろへろだったな」
「やっぱり」
「やっぱり」
「先ほど渋滞にはまったとうかがったので、たいへんだったろうなと思いました」
「でもあいつは、そんな素振りを見せようとしないし、言いもしない」
「そうなんです」
「ばればれなのにね。カッコつけちゃって」
「寝息を立てていらした土井先輩を見ていたら、私、土井先輩が好きなんだって、何度も思いました」
「そうだったのね」
タマキちゃんが素直に言ってくれて、私は嬉しかった。
私の大切なふたり、あいつとタマキちゃんも、素敵な思い出を作れたに違いないと感じることができた。
「タマキちゃん」
「はい」
「もしもの話、してもいい?」
「・・・はい」
「ありがと。じゃあ、話すけど」
「はい」
「あいつと、私と、タマキちゃんの3人で暮らそうってお願いしたら、タマキちゃんはどうする?」
「えっ?」
私はあいつに言ったことを、タマキちゃんにも言ってみた。
「私はタマキちゃんのことも、あいつのこともとっても大好きで、とっても大切に思ってる。だから、3人でひとつ屋根の下にいるって、私にとってはとってもとっても嬉しいことになるんじゃないかって、そう考えたの」
「・・・私は」
「うん」
「今時点のことなら」
「うん」
「先輩方と一緒にいられるなら、きっとすごく嬉しいと思います」
「そっか」
「でも」
「うん」
「もし私が、『私は愛されているんだ』って実感できてしまったら」
「うん」
「たぶん、私は、独り占めしたくなると思います」
「タマキちゃん」
「はい」
「タマキちゃんて、素直だね」
「幸美、先輩とは、隠し事なしですから」
「そうだね。ありがと」
私もタマキちゃんも、チェット・ベイカーの演奏はとっくに終わっていることを気にもせず、言葉が途切れることはなかった。
「私ね、あいつにも訊いてみたんだ。これからどうしたいのか」
「そうなんですか」
「うん。そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」
「・・・幸美先輩と一緒にいたいって、おっしゃったんじゃないんですか?」
「それは違うんだ」
「え?」
「あいつ、『即答できない』って、言ったの」
「どうして、そんな・・・」
「きっと、あいつの中で、タマキちゃんのことがすごく大きなものになったんだと思った」
「・・・」
「私、けっこう妬けちゃったな」
「幸美先輩・・・」
「けど、あいつは嘘をついてるわけじゃないって、すぐ分かった。あいつはあいつなりに、正直に言ってくれたんだって」
「・・・」
「隠さないで言ってくれたことは、嬉しかったけどね」




