06 10月5日 “How About You” (その3)
「印度哲学科の仲間と楽しくやれた?」
── それはもちろんよ。
キミの話によると、キミを入れて総勢4名のゼミ仲間女子が集まったらしい。
今までに各自それぞれふたりないし3人で遊んだことはあったけれども、4人が一堂に会したのは初めてとのことだった。
── つきあいが悪い4人目は、私なんだけどね。
キミが初参加しての集いは予想以上に盛り上がった。
4人中ふたりの部屋を会場にしたから、残りのふたりの部屋にも行ってみようという話になったそうだ。
── それで、今度は私の部屋に集まるんだ。
「へえ」
── またそんな無関心ぽい相槌。
「そうかな」
── いっつも短いひとことしか言ってくれないし。
「そういうヤツだって、知ってるだろ」
── 知ってる。知ってるけど、なんかイヤな感じ。
ボクは苦笑いをしていた。
── 私の部屋にみんなが来ても、かまわないよね?
「そりゃあ、キミがよければそれでいいんじゃないか」
ボクの返答はよろしくなかったらしい。
受話器の向こうでキミがふくれっ面になっている気がした。
── それですむならあなたになんか訊かないよーだ。
やはりご機嫌斜めになっている。
「ボクに断らなくてはいけないことなんてあるのか?」
── だって、あなたのものがいくつも部屋にあるし。
「ん? レコード・プレーヤーとその仲間たちは分かるけど、他になんかあったっけ?」
── あるでしょ。
「何が?」
── 着替えとか。
「ああ、そう言えば」
── 歯ブラシとか。
「本とか」
── うん。それに。
「まだ何か?」
── 写真。
「写真?」
── うん。
キミはこれまでに撮ったお気に入りの写真を、部屋の壁に貼ることにしていた。
キミが作ったタペストリーに並べて。
* * *
ずっとやってみたいと思ってたのよね。
そう言いながら嬉しそうに写真を貼っていくキミを、ボクは見ていた。
あらかじめ選り分けてあったキミのお気に入りの写真は、どんどん壁に並んでいった。
そのうちの1枚を貼る前に、キミはボクに手渡して見せてくれた。
あどけない表情のキミともうひとりの女の子が、とても楽しそうに笑っていた。
今は鎌倉にいる親友。
キミは満足そうに言うと、ボクが返した写真を貼った。
前にバリ島での写真を見せてもらったことを思い出した。
その写真も壁に貼られていた。
キミのそばでレコード・プレーヤーとその仲間たちが活躍していた。
キミは実家から持ってきたLPを順番にかけていた。
そのときにはオフコースの『SELECTION 1978-81』のA面がかかっていた。“愛を止めないで”が聞こえていた。ボクの部屋にもあるレコードだった。
オフコースに合わせて鼻歌を歌いながら、にこにこしていたキミの手が急に止まったとき、そこにはキミと誰かがふたりきりで写ったプリントがあった。
手に持った写真の束から何枚かを抜き取ると、キミはゴミ箱に捨てようと思ったらしかった。
ところが、そのうちの1枚がゴミ箱ではなくボクの目の前に落ちてきた。
ボクはその1枚を手に取った。
なるほど、と思った。
困ったような表情のキミの肩を、誰かが抱いていた。
キミは黙ってボクに右の掌を差し出した。
今こうしてここにいるキミは毅然とした表情だった。
捨てちゃうのか。
ボクは言った。
キミは無言でうなずいた。
キミの意志をボクがとやかく言うつもりはなかった。
でも、ボクは訊いてみた。
ネガは?
もう分からない。
いいのか?
ボクはキミの掌にその写真を置いた。
キミはまた無言でうなずいた。
やがて、キミの手から数枚の写真がゴミ箱へ落ちていった。
* * *
前回キミの部屋に行ったとき、と言ってもついこの間のことだけれど、壁にはずいぶん写真が増えて、既にタペストリーの面積よりもはるかに広い範囲を占有していた。
その中にはボクがキミのカメラで撮った写真もあった。
キミの写真をボクが撮るようになって、キミが撮った写真にボクが増えていった。
モノクロームしか使わなかったキミは、予備のフィルムがなくなって困ったときに、とうとうカラーを使うことを受け入れた。
コダックのモノクロ・フィルムはコンビニやスーパーで手軽に買えるものではなかったから。
その結果、新しい写真になるほどカラーのものが多くなってきた。
カラーのブランドにこだわりはなかった。
海へ行ったとき、ボクの部屋にカメラを忘れたことは、いくら自分とはいえ許し難い失態だったらしい。
キミは思い出してはプンプンしていた。
それでも、あの貝殻の写真を撮って壁に貼れたことで、キミの怒りはやっと鎮まった。
貝殻の写真はきれいな色で撮れていた。
── 私は、何も隠す必要なんかないと思ってるけど。
「うん」
── あなたはどうかな、って。
「なんで?」
── 人相の悪い顔が知られちゃうのは嫌かな、って。
「それで困るとしたら、キミの方では?」
── そっか。私の美的感覚が疑われてしまうのね。
それはまずいわ。
キミはそう言ったようだが、声が遠く、ノイズが混ざっていたのできちんと聞こえなかった。
「なんかやってるな?」
── え? 今なんて言ったの?
受話器から“マイ・フーリッシュ・ハート(My Foolish Heart)”らしきピアノが聞こえた。
レコード・プレーヤーの蓋を開け、ターン・テーブルに『ワルツ・フォー・デビイ(Waltz for Debby)』を載せたのだろう。
キミの声がよく聞こえなくなったのは、キミが子機を首と肩で挟んだままレコードをいじってたせいだと見当がついた。
── やっぱり大好きだなあ、このレコード。
キミの声がはっきりと聞こえた。
その意見にはもちろんボクも賛成だ。




