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聖水紀ーウオーター・ナイツー第1回クルツはおびえていた聖水が彼を受け入れてくれるかだ。宇宙から飛来した聖水は地球の歴史を変えたのだ。


タンツ大佐ー最後の地球人の物語。


「大佐、君が最後の地球人だ」。


長い宇宙航行で、私の視覚がおかしくなったのか。

タンツは、おかしなことにきずく。ここはカプセルの中ではない。

おまけに、ここはどうなっているんだ。

たしかにウェーゲナー・タンツ、宇宙連邦軍大佐は、ウァルハラ号の中にいた。


この船は恒星間飛行中のはずだ。が、タンツの体のまわりは水だった。

聖水紀 ーウオーター・ナイツー 第1回

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所

http://www.yamada-kikaku.com




クルツはおびえていた、自分自身でもそれがよくわかった。




誰でも、いつかは通過する儀式だと、自分自身にいいきかしていた。




自分自身を破壊しかねない恐れだった。




クルツは町中へ来て、ウォターステーションへむかっている。




今日の朝、彼は決心したのだ。




地球人類にとっての決断の時、通過儀式。地球人類の一人一人が、自分で決心しなければならない儀式だった。




 聖水が飛来した時から、地球の歴史が変わったといっていいだろう。




新しい歴史の幕開けだった。


混乱と騒擾。新しき者への生まれいずる悩み。そんなものを地球人類が体験したといっていいだろう。 




クルツは、わきがじっとりとぬれているのにきずく。怖い。




想像を絶するモノとのコンタクトなのだ。




恐怖を感じない人間などいるだろうか。




聖水が彼Kを受け入れてくれうかどうか。もし受けいれてくれなければ。


 ああ、そんな事はありえまい。


考えたくもない。消極的な考えは捨てなければ。




クルツは思った。




 冷や汗がひどい。手のひらがじっとりとしていた。


季節はもう冬が近いというのに、クルツの体は、真夏の太陽に焼き付けられたかのようにじっとり汗ばんでいる。おまけににおう。




恐怖ゆえのアドレナリンの分泌。自分の歩みが、いつもより、ゆっくりとしているのにきずく。




 もしだめだったら、自分はこの地球にむすびつけられたままだ。この地球から逃げ出すこともできない。宇宙に飛び立つこともできない。




この地面にむすびつけられたままなのだ。自由に移動することもできない。




 ウォーター・ステーションの前に来ていた。いよいよだった。




WSのデザイン化された文字が芽に飛び込んでくる。いよいよだ。




運命の一瞬だ。生死を決めるのに等しい。アールヌボー風に飾られたWSの、地下に向かう階段の手すりを持つ。冷たい。




その冷たさが、クルツののぼせ上がった頭のシンに変に響く。廊下が奥の方につずいていた。




壁に昔の広告のビラがまだ残っていた。




すばらしき時代、資本主義のなごりだ。




大きなビルボード(広告看板)の美少女の顔がほこりだらけだった。たしかTVタレント。今はどうしているのだろう。




彼女たちも、今のKと同じ様に、この通過儀式を受けたのだろうか。そう、TV。クルツがTVをみていたのは14、5年前だが、もう大昔のような気がした。






 ゆっくりと、ビルボードが続くWSの奥へとKは進んでいく。




 突然、クルツは記憶が蘇ってくる。このWSは昔、地下鉄の駅として使われていたのだ。Kは両親に連れられて、ここに来たことがある。 




地下鉄。聖水以前の交通機関。今はもう使われていない。現在はこの張り巡らされた聖水ルートが、いわば交通機関なのだ。




聖水に受け入れられるかどうか。




 それが、今の人類個々人の最大の問題だった。




クルツは昔のチケットゲートの跡を通過する。ロッカールームにたどり着く。が他の人間がロッカールームにいた。驚きがKの心を襲う。




きまずい雰囲気だ。お互いに眼を合わせないように、部屋の隅にあるロッカーに陣取る。 




クルツは一人でいたかった。だから、他の人にはいて欲しくなかった。失敗した時のことを考えると。




 がWSのゲートをくぐったものはあともどりができない。自らの待つ運命を静かに受け入れざるを得ないのだ。




 クルツは服を脱ぎ、ロッカーにほうり込む。このロッカーは処理機になっている。




服は自動的に処理された。




 クルツが生きていたという証拠はロッカーの中に服をほうり込んだ瞬間に消えていた。




クルツの服には、彼のパーソナルヒストリーが読み込まれていた。服は個人のデータファイルなのだ。コードが自動的に消滅した。






 聖水プールが広がっている。このプールは地中深くの聖水ルートとつながっている。20m平方の部分だけが、夜行灯でライテイングされていた。




 遠くの方は、聖水の流れる音と暗渠が待っているだけだった。 クルツはプールの端にあるステックバーをつかみ、右足から聖水にはいっていった。




 生命波を感じた。そうとしか言いようがない。自分の空だが少しずつ生命の中で溶けていくのがKにもわかった。




 個人の記憶。Kの記憶がまるで大きなボウルの中にほうりこまれたような感じだった。人類数千年の記憶、そんなものかもしれない。自分が地球人類の一人であり、また全体であるような感じもする。




 聖水プールはDNA情報プールだ。




 人間の記憶、また細胞の記憶。DNAのひとつひとつが分解されていく。




それが収斂し、別の生命体となる。Kの意識は、その儀式で自分以上の上位の概念と結び付いていた。




 クルツと同じWSで成長の儀式をうけていたエイアイの反応は異なっていた。




エイアイは聖水に対する刺客である。体の成分が聖水に対する毒素であると創造者から言われていた。自分の氏素性が聖水に読み取られるのではないか。その恐れの方が大きかった。




 が、エイアイの体も、クルツと同じように少しずつ溶けていった。




 水人の意識レベルの会話だ。


『彼を受け入れるかね』




『彼を受け入れて、創造者の現在の居場所を探るという手があるね』




『創造者が、彼も大仰な名前をつけたものだ』


『彼もはやく、我々のことを理解してほしいね』




『いやはや、彼には、理解するのは無理かもしれないがね』



(続く)

■聖水紀■改題・聖なる水の僕(1976年作品)

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所

http://www.yamada-kikaku.com


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