恋の欠片に気を付けて!
以前書いた作品がランキング43位にはいっていた記念で書きました。すぐに外れると分かっていても嬉しいものですね。皆様のお陰です。
人を好きになる切っ掛けなんて、単純なんだと思う。
顔、声、仕草、他にも数え上げればキリがないくらい恋の欠片は転がっている。
1つ1つの欠片を組み合わせたら、いつの間にか恋が愛に変わっていく。相手が気になっている内に目を逸らさなくちゃ、恋や愛は容赦なく突然襲いかかってくる。捕まったら逃げられない。
でも、そんなの私には関係ない。
「そう思ってたのになぁ…」
雨上がりの空の下、放課後になっても茹だるくらいの蒸し暑さ。それさえ気にならないと言うように、彼は今日も誰もいない裏庭の花壇前のベンチに腰掛け、絵を描いている。滴る汗さえ気にせずに、ただひたすらに描き続ける彼の姿を見守るのが私の日課だ。
少し短めの黒髪に切れ長の瞳。
描く時に唇を噛むのが癖だと知ったのは、いつ頃だったろうか。
見た目だけなら剣道をやってそうなイメージを持ちつつ、実は運動音痴なのを知ったのは最近だったか。
友人からの評価は「あの目で前が見えてるの?」と言われるくらい、魅惑の切れ長の瞳が生かせていない残念な彼に私は夢中になっている。
ぶっちゃけ糸目でも好きだ。醤油顔でも好き。
「かっこいいなぁ…ちくしょう」
恋は盲目と言われたって、個人の自由でいいじゃないか!と今なら言い切れる。
偶然見つけた彼の真剣に絵を描く横顔に一目惚れをして、恋の欠片を組み合わせてから早くも半年が過ぎてしまった。高校2年の夏休み前。青春を謳歌する為にも前に進みたい…!
その為にも…今日こそは話しかけなくちゃ。
ストーカーと認めざるえない成長をしつつある自分を心配する友人達の為にも、彼を木の陰から見守る毎日から卒業しなくては…!
少しでも好印象を持ってもらえる様に、爽やかさを演出しなくては!
謎の使命感に突き動かされた私は、彼に話しかけるシミュレーションしてみる事にした。
まずは姿勢を伸ばし、立ち上がると見上げてしまう程に身長差のある彼を、目の前に思い浮かべ精一杯の笑顔での挨拶。
「いつも見ています!…いや、ストーカー宣言はしちゃいけないよね。今日は暑いねぇ、そこの自販機で一緒にお茶しない?…ナンパ出来るならストーカーしてねぇよ!うぅ…いざとなると何で声かければいいのか分からないよ…。」
思わず木に右手を置き、昔懐かしい反省ポーズをしてしまう。
「普通に声かければいいんじゃない?」
「その普通が出来たら誰も苦労はしてないの!って君は誰さ?」
あまりにも自然に声をかけられたが、目の前にいる彼を私は知らない。
校則に違反しない程度に染められた髪は、お洒落に詳しくない私から見ても彼に似合っていた。
友人達が見たら私の背中を思いっきり叩きつつ「三次元なのに二次元並みにかっこいい」と言いそうな甘い顔立ち。うん、興味ない。即ち関わりたくない。
「隣のクラスの佐々木。ちなみにお前がギラギラした目で見てるあいつの自称友人。」
「あ、え?自称友人?」
「そ、自称友人。目標は仲良くマック行くこと。」
「羨ましすぎる目標だ。えっと、私は名乗るほどの者ではないので立ち去ります。見なかったことにしてください。」
イケメンすぎる彼に興味などない上に、乙女のキラキラ心をギラギラと表現されて苛ついた私は、素早い身のこなしで逃げようとして…捕まった。
「…真顔で言い切るってすげぇな…。知ってるよ。ストーカーが趣味の石田さんだろ?」
「なぜ知っている⁉︎隣のクラスまで私の悪名は轟いていると言うの⁉︎え?え?石田くんも私の事知ってたりするの?嬉しいけどストーカーとしてだとしたら切ない‼︎‼︎」
愛すべき彼に自分の罪が知られてるなんて耐えられない。罰として1日愛猫に触れないくらい辛い。
泣きそうな私に慌てた目の前の彼は、掴んでいた私の肩から手を離した。
「落ち着けよ。あいつは知らねぇよ。」
「良かった‼︎なら問題ない。」
「俺が知ってるって言ってるのに?」
「石田くんにストーカーってバレてないなら、他の人に知られてても問題ない」
「潔いな…」
「好きな人以外から、何言われても気にならない精神に従い生きている私にダメージはない。」
言い切った私に呆れたのか、顔を歪ませた彼はフーッとため息をついた。
「今の言葉そのまま言えばいいじゃないか。」
「ばっかじゃないの!そんなの言えるんなら最初っから面と向かって好きだって叫んでるよ!」
興奮して大声になっている事に気付かないまま、目の前の彼に怒りをぶつける私を、背後から優しい温もりが包みこんだ。
「だとよ。良かったな。」
佐々木と名乗る彼は今、目の前にいる。
「余計なお世話だけど…まぁ、感謝するよ。」
私を包む温もりの正体が誰かなんて声を聞けば分かるはずなのに、急展開すぎて理解できない。
「へ?石田くん?」
「動揺してる姿も面白くて可愛いね。石田さん。」
「それ褒めてねぇだろ」って呟いてる佐々木くんを無視して私を抱きしめる愛しの石田くんは呟く。
「苗字が同じって結婚してるみたいだよね。まぁ、将来的にはするからいいけど。まずは僕の名前を呼ぶ事から始めようか?ねぇ、紬?」
最後の方は囁く様に耳元で言われて私の顔が暑さだけではなく赤く染まる。心臓が飛び出そうなくらい高鳴って呼吸が苦しい。
「チッ、そういうのは二人っきりの時にしろよ。おい石田。今日の礼はマックでいい。」
ヒラヒラと手を振りながら去って行く、押し売的な恋のキューピッドを呆然と見送る私と、私を抱きしめたままの愛しの彼。
「ほら、呼んで?」
ただ見ているだけだった恋の相手が私を呼んでいる。
「隼人く…ん」
「見てたのは君だけじゃないって、これから知っていってね?」
風に消えてしまいそうな程に小さくなった声を拾ってくれた、そんな愛しの彼から衝撃的な発言が夢見心地だった私を現実に戻す。
「まずは…これからの話でもしていこうか?
いや、先に知ってもらうのも悪くない。
僕が毎日なにを描いてたか…とかね?」
背中の温もりが離れて寂しいと思う間もなく、優しく…けれど逃がさないと言わんばかりに強く右手を繋がれる。
ベンチに導かれ彼の隣に座ると、相変わらず生かされていない魅惑の切れ長の瞳が…何故が開眼している。
「ここに座ると見えるんだよ。」
にんまりと笑った口元から、ゆっくりと促され彼の指先に視線を向ける。
「ね?よく見えるでしょ?僕を見つめる…紬の事が可愛くて可愛くて…思わず笑ってしまいそうで堪えるのが大変だったよ。」
花壇の向こうから見える校舎の窓には、今まで気付きもしなかった廊下に置かれた大きな窓。
そこには…いつも私が彼を見ていた木々が見える。
「ずっと紬を描いてた。…これからも描いてあげるから。ずっと…ね。」
爽やかに声をかけ、勇気をだして告白し青春を謳歌しようとしたら…恋した相手が捕食者だった。
うっかり丸呑みされた蛙の気分が味わえたけど、ジワジワ消化される様に絆されていくと、意外にも幸せだったから、自分の順応力の高さに拍手をおくりたい。
人を好きになる切っ掛けなんて単純…なのか?
そんな疑問を持つ事にはなったけど、私の恋の欠片は見事に愛に変わり、これからも変わる事なくあり続けるだろう。
好きって言われるより濃すぎる愛の告白にYes以外の答えはないけど、少し遠い目になるくらいは許してほしい。
現状を受け止める事に精一杯だった私は、いつから隼人くんが私を知っていたのか、どうして佐々木くんは私の前に突然現れたのか嫌でも知っていく事になるけれど、その時の私は知らなかった。
「好きになった方が負け」精神で乗り切っていく図太さを磨いていく事になるなんて…
ちなみに次の日に報告した友人達からは「あー、ついに捕まったか」と有難い言葉をいただいたので、今から問い詰めようと思います。
あ!最後に私から大事な一言。
「恋の欠片に気を付けて!」