第六話 日曜は血戦③
戦争の勝敗を決めるのは一体何かと問われれば人によって様々な答えがあるだろう。
ある者は「部隊の錬度」と答えるだろうし、またある者は「より優れた武器」と答えるだろう。
それは間違っていないし、そのような原因で勝敗が決する事もあるだろう。
今回の魔王軍に足りなかったのは「戦術」だった。
圧倒的な「個」の力を結集し軍隊として運用する所までは良かった。
だがしかし、彼らは「確実な勝利」を拾いに行かなかった。目に付く限りの国や街に襲い掛かり戦線をいたずらに拡大させてしまった。彼らは自軍の強さに溺れ慢心してしまったのだ。
戦線が広がれば一つの戦地に集められる兵力は当然落ちてしまう、それでも勝ててる間は問題なかったのだ。しかし一箇所でも大敗してしまった瞬間この戦争の結果は大きく変わってしまった。
もう少しで敵軍を殲滅出来ると報告が入っていた南西の戦線が壊滅状態になり、敵連合軍南西部隊はその勢いを殺されぬまま北上を続け中央の戦線・・・・・・マリネ渓谷付近の戦線を背後から強襲してしまう。
大陸中央部は人族が最も繁栄している地域で圧倒的な力を持つ魔王軍でさえ支配地域を中々伸ばせない程の熾烈な戦いが繰り広げられていた。そのため魔王軍もそれ相応の戦力を投入していた、そこに今日の敵中央軍と南西軍の挟撃があり、この戦争の結果を決定付けるのに十分過ぎる程の被害を受けてしまった。無駄に伸びた戦線を各個撃破により一つ一つ潰される。
雑過ぎる多方面作戦・・・・・・それが魔王軍の敗北理由であった。
「俺・・・・・・この戦争が終わったら結婚するんだ・・・・・・」
そう言い残しバルは気絶する様に床に就いていた。
バルはくっそど田舎の寂れた港町アクアの元魔術教師だ。冒険に使う魔術や奇跡はなんでもござれ!
それなりに優秀な魔術師だった。
だけどさすがに今回は無理をし過ぎた、いくら壊滅寸前の戦場とは言え数千人居た兵士に『強襲』の魔法を使った為もう歩けない程へとへとになってしまったのだ。
当然の事ながら『強襲』のような軍隊規模で使う魔法は本来バルの専門外であるが今回は手持ちと南西軍に保管されていたマジックヒールポーションをガブ飲みし強行した。
『強襲』は本来強襲部隊数千人に20名程の熟練魔術師がそれなりの時間をかけて行使する術である。
その効果は対象の兵士達に圧倒的な速さと集中力を与える魔法だ、冒険者の使う『加速』の規模の大きい版である。
本来いくら大して大きくない大陸とは言え南西の戦線から中央の戦線に兵が辿り着くにはそれなりの時間が掛かり、馬を乗り継いでも六日は掛かる距離である。その距離を半日で踏破させたのだからどれだけ効果の大きな魔法か分かるだろう・・・・・・代償としてバルは身体中の魔力を失いお腹の中に過多な水分を補給する羽目になった。
◇◇◇◇◇
この大陸でかつて〝英雄〟と呼ばれた八人の最後の生き残り、回復術師のリリィは興奮していた。
本当ならすぐに出て明日の戦いに備えなければならないのだが寝付くなど不可能だった、同じ部屋で寝てるジェシカとコレットもまだ寝ていなそうだ。時折溜息が聞こえる。
昨日の昼に「今日中に魔王倒しておきたいな」なんて聞いた時には「この方は何を考えているのだろう」と頭の調子を軽く疑いましたが私の予想に反して今週中には決着が着きそうな気配がしてきました。
これも様々な〝奇跡〟を生む聖杖『陽光』とバルさんの大活躍のおかげです、雇った二人は・・・・・・明日以降に期待ですね。
・・・・・・連合軍の方々は今日の大勝に酔っているようですがむしろここからが私達にとっては本番なのです、極西に潜みいまだ姿を見せていない『七人の魔王』討伐こそ私達━━もう私だけになってしまいましたが━━〝英雄〟に課された使命なのだから。
リリィはすぐ側に大事に立て掛けられた『陽光』に祈った、この四人の誰も欠ける事無く使命を果たせるように。空は既に白み始めていたがリリィは身体と魔力を回復する為に胸の鼓動を抑え深い眠りに就いた・・・・・・。
◆◆◆◆◆
「中央本軍がやられたようだな・・・・・・」
「くくくっ・・・・・・奴らは我が軍でも最強、我々の負けですなあ」
エトナ大陸極西、〝蟻地獄の迷宮〟の奥深くに二人の魔王の姿があった。
一人は背に緑光を放つ大剣を背負い紫檀色の外套を身につけた『骸の王』。
もう一人は早苗色の分厚い鱗を持ち身の丈十Mはあろうかという巨大な『緑龍の王』。
彼らは今日の戦争の結果を伝令ゴブリンから聞いた後、すぐさま約束を取り付け密会していた。
「地上を支配出来なかったのは残念だが人間共も思い知ったであろう、我等の強さと恐ろしさをな」
「それにしてもまさか一昼夜で戦局が覆るとは、人間も中々やりおるなあ」
彼らはまるで決闘や遊戯の観戦をしていたかのように感想を交換し合っていた・・・・・・というより長大な寿命と強大な力を持つ彼ら二人からすれば今回の戦争は〝遊び〟の一つであり他の五人の魔王と違い本当に退屈しのぎ程度の気持ちで参戦していた。
地上を追い立てられ地上を羨望する愚かな魔物達・・・・・・人に危害を加えられ一族の復讐を果たそうと奮起する愚者達・・・・・・容易に先導し矢面に立たせる事が出来た。
その実彼らは自分の手札は決して出そうとはしなかった、出しても軟弱なリッチや罪を犯し将来的に群れから追い出す予定だった若い龍達が参戦した程度だ。自陣営に被害は皆無であった。
「まあ良い、彼らは三日もすれば百匹は増える。また戦力が整ったら遊べるさ」
骸の王は高笑いを上げながら次の〝試合〟に期待する。緑龍の王も杯を飲み干しながら笑った。
きっと明日からはまた退屈で刺激の無い龍生が待っている、うちの群れはお行儀が良い奴が多すぎるからな・・・・・・明日以降の事を考え始めると彼は少し憂鬱になった、その表情はまるでとある異界のプロ野球シーズンが終わった後のお父さんのようであった。
━━彼らは油断していた、故にこの〝踏破不可領域〟の奥底まで彼らを狩りに来る狩人の足音を聞き逃してしまった。彼らはやがて知るだろう、「血の報い」は迷宮の奥底にさえ及ぶという事を・・・・・・。
こいつらいつも慢心してるな。
本来一話に収める予定だった日曜日が三話も続いてしまいましたね。
予定では綺麗に七話程度で終わらせる予定だったのですが、もしかしたらもっと膨らんでしまうかもしれません。十話以内には収めたいところさん。