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第4章(9)私の帰る場所

 レーネ・シュタールは自室で通信機に向き合っていた。

 帰還してから既にディータと艦長への報告は済ませていたが、レーネが報告するべき相手はもう一人残っていた。


「ご命令に背き、『アパレティエーター』まで失うところでした。処罰は覚悟しています、セシリア様」


〈いいえ、よくやってくれました。貴重な人命を失わずに事態を解決してくれたことを、組織の長として感謝します。……貴女にとっても、良い経験になりましたね〉


 淡々としたセシリア・リープクネヒトの声色が、少しだけ変化する。


〈結果も大切ですが、忘れないで欲しいのはそこに至った貴女の心の在り様です。危機は未然に防ぐに越したことはありません。ですが、今回のような難しい判断を迫られる局面は、いつかまた必ず訪れる。一人を失うことを怖れてした行為が、より大勢を失う結果を招いてしまう事もあります。その逆も。そんな時「責務を果たす」というのは、心を捨てて打算だけで行動するよう自らに強いることではありません。自暴自棄になることでもありません。そのように単純な話ではないのです。恐らくは体験したばかりの貴女自身が、一番よくわかっているはずです〉


「……はい」


 セシリアの言葉には思い当たるところがあり過ぎて、レーネは深く頷いた。

 彼女は遠い場所にいながらにして、全てをその目で見ているかのようだった。


〈乗り切る術は、貴女のように賢くても、そう容易くは会得できないでしょう。悩みなさい、レーネ。こればかりは、貴女自身が答えを出すしかないのですよ〉


 それは偶然にも、涼宮のどかにレーネが告げた言葉に酷似していた。

 しかし、重みが違うとレーネは思った。

 厳しくて、そして優しい、深い慈愛のこもった言葉。

 不意に、レーネは悟る。

 セシリアにあって、ディータ、シャンタニ、のどか、そしてナターシャにあって、自分に足りなかったもの。

 それは、自分自身を含めた人を愛する気持ち。そして、自らの罪さえも受け入れる強さだ。

 自分の頭をこれまで支配してきたのは、どれも内向きな感情ばかり。

 これ以上罪を重ねたくない、誰かを傷付けたくない、そして自分も傷付きたくない。

 過去からの逃避と、自己嫌悪。

 結果、自分の選択に自信を持てず、揺らぎ躊躇い、周囲までも不幸にする。

 他者を慮っている気でいたが、実は自分のことしか見えていなかった。


「ありがとうございます」


 レーネの口から、自然と感謝の言葉が出ていた。


〈大丈夫、今の貴女は変わりつつあります〉


 そう激励し、セシリアは目下の問題に話を移す。


〈『フォレスタ』の前途は多難です。初任務は成功しましたが、一方で『ガルーダ』の性能が世界中に知れ渡りました。誘導弾の存在も気にかかります〉


「ええ……」


 レーネは顔を曇らせた。

 今回、『ガルーダ』隊を最も苦しめた対空誘導弾について、『フォレスタ』の情報部は事前に何の情報も掴めていなかった。

 また、光線砲を積んでいた大型船は自爆して乗組員もろとも跡形も残っていない。

 小型船から逃げて漂流しているところを連合海軍が逮捕した海賊の生き残りは皆、法外な前金に釣られて雇われた食いつめの船乗りや傭兵で、募集をかけた仲介業者は詳しいことを何も知らず、雇い主の企業は実在していなかったことが既にわかっている。

 そこから先は、何の手がかりも残されていない。鮮やか過ぎる手際だ。

 しかし例え何の情報も無くても、レーネには技術者としての心当たりがあった。


「あんなものを作れるのは、私以外では世界に一人しかいません」


 レーネの苦しげな口調から察したのだろう。


〈そうですか……〉


 セシリアはしばし沈黙した。


〈……貴女は出向の身です。望むなら、何時でも技術部に戻します〉


「お心遣いに感謝します。でも、ここで戻りたくありません」


〈辛いですよ〉


「もう逃げたくないんです。あの子から。自分自身から」


 レーネは静かに、だがきっぱりとそう言った。


〈……わかりました〉


 通信機の向こうで、セシリアの了承の言葉と、立ち上がる衣擦れの音がした。


「ありがとうございます、セシリア様」


〈昔のことを思い出しました。かつて私は、貴女よりはるかに弱かった。支えてくれる人にめぐり会え、色々なことに気付かされ、背中を押してもらって、やっと前へ進むことができました。願わくば、貴女もそんな仲間に恵まれんことを〉


 通信が終わり、通信機を片付けると、レーネは部屋を出て歩き出す。

 セシリアの言葉通り前途は多難で、とても辛い悩みもある。

 過去はこれからも、レーネを苛み続けるだろう。

 でも。


 飛行甲板に近付くと、午後になってもまだ輝きを失わない北洋の日差しと一緒に、見えてきたものがあった。


「ですからー、本当に海の中で誰かの声が聞こえたんです! 嘘じゃありません!」

「はははっ、それは幻聴だきっと」

「のどかは魚の食べ過ぎで、魚の言葉が聞こえるようになったんじゃよ」

「もう! からかう人達にはお刺身あげません」

「わーっ、それだけは堪忍じゃ!」


 少し前まで、自分にもう帰るところはないと思っていた。

 もう二度と、心から笑うことも泣くこともないと諦めていた。


「あ、レーネさんです!」


 のどかがこちらに気付いて手を振る。

 ナターシャも。シャンタニも。


「おーいレーネ! 早く来ないとシャンタニに全部食べられてしまうぞ!」

「これ! 人聞きの悪いことを大声で申すでない!」



 光に向かって、レーネは駆け出す。



 帰るところは、ここにあった。


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