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第3章(1)ペーネミュンデの魔女

    挿絵(By みてみん)




 みんなから愛されたい。必要とされたい。

 それが私を盲目にした、全ての過ちの始まりだった。


 その姉妹が普通とは違うと周りの大人達が気付いたのは、まだ幼い頃。

 二人で父親の書斎にあった幾何学の本をこっそり持ち出して、そこに書かれた難解な定理を証明して遊んでいるのが見つかった時らしい。

 二人はてっきり叱られるとばかり思っていたのに、学者だった両親は娘達の才能に大喜びして、それ以来あらゆる学問の書物を次から次へと買い与え、二人はそれらの書物から膨大な知識を、無邪気に吸収していった。

 小さな町だったから姉妹の噂はあっという間に広まって、町の人はみんな天才だ、神童だと祝福してくれた。

 それが嬉しくて、もっと喜んでほしくて、勉強に懸命になった。

 しばらくすると公国政府から使いがやってきて、政府が二人に多額の奨学金を出す用意があること、そして本来なら高等学校からでないと受けられない首都の大学への飛び級制度に二人を特別に推薦することを告げた。

 その時、姉妹はまだ小学校の低学年だったが、深く悩まずに迎えの馬車に乗った。

 家を離れるのは寂しいけれど、もっと多くの人の役に立ちたかった。

 両親や友達だけでなく、町の人が総出で国の旗を振って見送ってくれた。

 姉妹は大学の研究室で永久動力機関『エルデマクト・リアクター』と初めて出会う。

 砂時計を大きくしたような、滑らかで半透明の美しい機械。そこから溢れ出す淡い翠色の光と、もたらされる魔力の無限の可能性は、二人の心を虜にした。

 そして卒業後、当時魔力研究の最高峰といわれていた、公国親衛隊魔力開発局ペーネミュンデ研究所に揃って招聘される。

 ペーネミュンデで過ごした数年は、それまでの人生の中で一番幸せな時間だった。

 世界屈指の設備と頭脳が揃っていたし、研究費用は国がいくらでも出してくれて、好きなだけ使うことができた。

 そこで二人は請われるままに研究を進め、魔力を応用した数々の画期的な発明をした。

 より速く、より強く。

 世の中をもっと便利にしたかった。

 誰もが喜んでくれた。誰もが笑顔を向けてくれた。必要としてくれていた。それが嬉しくて、誇らしかった。


 だから、自分達のやっていることが、外の世界でどんな結果をもたらしているのか、考えようともしなかった。


 戦争が始まり、混乱の中で妹と離れ離れになり、そしてレーネ・シュタールは初めて、これまで自分達が何をやってきたのか、その意味を知った。

 その時には、何もかもが手遅れだった。

 世界もまた、大きな砂時計のようなもので、しかもとても壊れ易くて、自分達はそこに穴を開けてしまった。

 零れ出した砂は、もう戻すことはできない。

 一緒に消えていった、沢山の尊い生命も。

 自分を嫌悪した。

 善意だったか悪意だったかなど、どうでもいい事だ。知ろうとしなかった事は許されない過失だ。

 死にたいと思った。

 それなのに、自分はまだ生きている。

 生き恥を晒す限りは、歪めてしまった世界への責任をとらなければいけない。

 だから。

 レーネは、人から愛されたいと願うのを止めた。

 代わりに、憎まれることを望んだ。

 それが、自分にできるせめてもの贖罪だと思った。


 あれから三年。


 ――私は今、『ペーネミュンデの魔女』を演じられているだろうか。


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