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つがいの子であるとはいえ、サズの子供ではない。つがいが亡き今、サズにとっては縁も所縁もないと言っていい。
首をつかんだままいたら大泣きしてうるさかったので、子ヒョウはサズの手から離されて母親に身を寄せていた。
相変わらず「かあさま」と繰り返しながら、母親の身体の下に身を潜り込ませている。抱きしめてほしいのに、母親がしてくれないから自発的に甘えている姿は、一般的に見れば同情を誘うような光景なのかもしれなかった。
最初に身を隠していた母親の身体の下にある空間に入り込むつもりだったのか、身体の前半分程入っていた所でシッポをつかんで引きずり出す。
吊り下げられた状態の子ヒョウは我が身の状況が理解できていないのか少し呆けて、「かあさま?」と眼下に母親を見つけて呟いていた。
サズの顔よりも少しだけ大きい程度の身体は、まだまだ成長の階段を登らなければならない小ささである。
それがまた泣き出して、真下の地面を涙で濡らす。
「……………」
個人の性格によって差はあるが、竜人は闘争本能で我を忘れない限りは理知であるし、時には慈悲深い。
そして、サズが吊り下げているそれは、この場に放置すれば確実に死に絶えるだろう子供だった。
「…………………………………」
言葉の出ないサズの脳内では緊急会議が開かれている。
議題は、これをどうするかだ。
親ではないのだから扶養する義務はない。
つがいが真っ新ではなかった事の証拠。
だが、真っ新でない証拠と言うのは言い換えれば忘れ形見でもある。
つがいの身体にできていた肉球の爛れは逃げるため。爪がはがれたのは炎から我が子を守るためにがむしゃらに地面を掘ったためだろう。
黒ヒョウの毛皮は土や葉がついていたが、顔の辺りは割と綺麗だった。足の遅い我が子を咥えて逃げるのに、急ぎつつも我が子に気を配ったルートで逃げたからなのかもしれない。
いつ火の手が回るともしれない雑草を正面から突っ切る事を、子供を連れてはしなかったようだ。最短で火の手から逃れるルートがあったとしても、単身なら出来ても子連れではできなかった。
そういう思いが、母親にはあったのかもしれない。
我が子への無償の愛と言うものか。
竜人は我が子よりもつがいが1番という考え方だ。勿論、次代の存在は大切だが、優先順位と言うか次元が違う。竜人が少々のことでは死なない頑丈な造りをしているからこそ、こういう子孫繁栄に関して蔑ろな思考になるのかもしれなかった。寿命も長いから、多少子が生まれにくくとも番って数年程度で授からない事を気にしない。
だが他種はそうでもないという事をサズは知っていた。100も生きぬ生き物の方が多数であり、繁殖力が強い生き物もいるという事を。
そこに必ず情がるのかと言われれば否である。卵から次代が孵った時に親は既に死んでいる種もあるのだからそういうものだろう。
だが、親子の絆と言うものを殊更大切に扱う種がいるのも事実だった。
黒ヒョウが親子の情を大切に扱う生物なのかサズは知らないが、我が身を厭わずに子を守ろうとした母親が我が子を大切に思わないなどとどうして思えるだろうか。
サズにだってそれなりに慈悲は持ち合わせている。
放置すれば、望まぬとも母の後を追う事になるだろうこの子供を。
「しょーがねぇな。つがいの為じゃなきゃこんなタダ働きまっぴらだっつうのに」
シッポから首へと持ち替えても、子ヒョウは相変わらず泣いたまま。視線は下を向き、母親の亡骸へと向いている。
「ちび。お前の母親に1つ誓ってやる」
子ヒョウの名を知らぬサズが「ちび」とも「お前」とも言っても、子ヒョウは自分の事だとは思わなかったようで、視線を下げたままだ。ぶらぶらと乱暴に揺すると、ようやく自分がサズに呼ばれているのだと気付いて視線を動かした。
「お前が一人前に獲物を採れるようになるまでの面倒は見てやる。このまま野垂れ死にでもされたらオレがつがいに恨まれるからな」
彼女の魂が我が子を按じて心残りし、輪廻に外れて迷い子になってしまわぬように…、と。