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 多少傷んではいたが、つがいの毛皮は炎に焼かれたにしてはあまりにも綺麗な物だった。

 外損の少なさから、つがいの命を絶ったのが炎ではなく煙だったのかもしれない。勿論煙を吐き出す根源は炎だが。

 毛皮が綺麗な割に傷んでいたのは足だった。毛皮が綺麗だったのと比べて悲惨なほど。おそらく逃げる時に炎で熱を持った地面を駆けた所為だろう。肉球が火傷で爛れて、爪も剥がれていた。岩か何かで切った様な痕もあるし、地が滲むそこに土が容赦なく入り込んでいた。怪我を負ってもなお、逃げ続けたからこうなったのかもしれない。

 命が消えるギリギリまで、つがいが生を諦めなかった証拠でもある。

「生きようと、してたんじゃねぇか」

 サズの感情の乱れから漏れた気が何かしら干渉を起こしたらしく、辺りは完全に鎮火し、草木の焼けた焦げ臭いにおいが熱気を孕んだ風で漂っているだけ。

 傷はないものの土や葉が絡んだ身体に触れる。

 これらはがむしゃらに逃げる過程でついたものかと、またやるせない気持ちになった。


 ほんの少しで良かったんだ。

 あとほんの少し、早く見つけてたら、サズのつがいは助かった。

オレが助けたからだ!


 ぷちり、と。

 サズの中で何かが切れた。

 残酷な形で失われたつがい。

 己の半生は徒労だったな、とサズは自嘲した。

 いっそ渇望しなければよかったのだ。

 心臓の痛みも、目頭の熱さも、渇望しなければ感じることなどなかったのだから。


――と、


 もぞ…、とつがいの毛並みが微かながら動いた…気がした。

 己の願望か錯覚かと、サズは目を疑う。

 けれども、それはどうやら見間違いではないらしく、つがいの身体はまた微かに動いた。


 何が起こっているのか、分からずにサズの呼吸が止まる。


 生まれてこの方、サズは神などと言う都合の良い存在など信じた事はなかった。そんな慈悲深い塊がこの世に存在していたなら、そもそもこんなに長く一人身なんてやってないと思うからである。

 けれど、らしくもなく『奇跡』と言うものを信じた。

 閉じられた瞼が開く事を期待して、サズはつがいの身体に触れる。


 にゃー…


 聞こえたのは弱々しく、か細い声。

 庇護欲をかき立てられるような微かな鳴き声をサズの聴覚は聞き逃すことなく捉えた。

 そして、

 驚いて見開いたサズの視覚は、今なお永久の眠りについたままの黒ヒョウの下から生えてきた、1本の小さな前足を捉えていた。


 土で汚れた前足は、単品のパーツではなかった。

 もぞもぞと動いた後、その小さな前足は引っ込んだ。

 サズは言葉も出ず…というか、何が起きているのか思考が固まって理解できていない。

 つがいの下、小さな前足が出ていた部分に小さな空間があるのが見えた。モグラが掘った穴でないらしいのは、小さな黒い前足が証明している。

 その小さな隙間から、今度は顔が生えてきた。

 黒い毛並みを土で汚し、ぶるぶると首を動かして、狭い穴からはいずり出てきた。

 最終的にコロンと転がった黒い毛玉は、すぐに体勢を立て直して立ち上がる。顔からシッポまでぶるりと身体を振るわせて身体についた土ぼこりをまき散らした。鼻の頭にも土がついていたらしく、くちん、と最後にくしゃみを1つ。

 そうして、それまでずっと閉じていた瞼を開き、毛並みよりも艶のある大きな黒目が、今の今まで己に覆いかぶさっていた黒ヒョウを捉える。

 とことこ、と軽やかではない足取りではあるものの、小さな毛玉は黒ヒョウへと向かい、鼻先を体温が失われていくばかりの身体へと寄せた。

 毛玉の後ろに生えたシッポが、ゆらりと揺れる。

 そして黒毛玉は声をあげた。

 先程より少し音量は大きめに声をあげて、ゆらりゆらりと揺らめいていたシッポが、己の前に身を横たえる黒ヒョウから何の反応も返ってこない事を不思議がって止まる。

 首を傾げて、身体に顔をすり寄せてまた鳴き声をあげたが、黒ヒョウが無反応である事は変わらなかった。

変わるわけがない。


 黒毛玉は身体をすり寄せた後、短い脚で黒ヒョウの周りをよたよた歩きまわった。

 そして、


「…………かあさま? かあさま、どうしたの? おねむ?」


 既に亡骸となった黒ヒョウに、黒毛玉――小さな黒ヒョウは、死を理解できないまま話しかけていた。







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