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竜人という生物は、他の生物に類を見ないほど長寿な生物である。人型の姿を取れることのできる竜の事だ。
人の姿に転化しない竜は「古種」とされているが、もう長くその姿を見た者はなく、滅んでしまったのだろうと言われていた。実際、人化できた方が竜体だけの場合よりも小回りが利いて都合がいい。滅んだというよりは進化していなくなってしまったというべきだろう。
人型を取れるようになった以外は、竜と変わらない。5000年は生きると言われる寿命も、吐き出したブレス一つで人の住む町を消し去る事が出来る強さも。
人よりもずば抜けて強い力。個々に差はあるものの、大抵は理知。激情にさえ駆られる事が無ければ基本的には共存しやすいはずの竜人だが、やはり強すぎる力が問題なのだろう、人間をはじめとした他種と共存している竜人はあまりいない。例外が居るとすれば、竜人のつがいとなった生き物位だった。
竜人の伴侶の事を、一般的につがいと呼ぶ。一夫一妻制であるのは他の動物でもある事だが、独占欲が強いというのは竜人の特徴かもしれなかった。つがいとなった竜人はつがいが異性との交流する事を嫌がる傾向がある。この特徴は竜人の性別に問わず発現するが、女性の竜人より男性の竜人に強く発現しやすい。要するに、男の方が嫉妬深いのだ。
女性の竜人はその辺りの特徴をちゃんと理解しているので問題ないが、竜人ではない生き物が竜人男性のつがいとなり、誤った行動をとってしまった場合………………ご機嫌取りが大変であるとだけ述べておく。嫉妬深いし、ねちっこ……大変情熱的とも言われ、鈍い方でもこの辺りでご機嫌の取り方が何なのか察してほしい。
因みに、古種は厳格に発情期が決まっているが、竜人は古種ほど厳格ではない。勿論発情期は殊更滾るらしいが、欲情自体は通年通して湧くものらしい。
一般的に竜人が成人したと認められるのは500歳を過ぎた頃だ。と言っても、500歳になるまで親元で育つ竜人というのはまずいない。
竜体と人型への変化が完全に自分で制御できるようになる200~300歳を過ぎた頃には、竜人達はつがいを求めて一人旅を始めるのである。
サズも例に漏れず、200歳を少し過ぎた頃から親元を離れ、つがいを探し回った。
つがいの探し方は地道に探すしかない。
個々の能力によって差はあるが、竜人は自らのつがいへとある程度接近すれば、つがいの気を感じる事が出来る。そこまで出来たら探し当てるのは容易だ。
ただ簡単に事が運ぶのは気を感じる事が出来れば、である。それまではしらみつぶしに探すしかない。
世界はそれなりに広いのだから。
竜人の住む土地を探し回った結果、自分のつがいは竜人ではなく、異種の生物なのかもしれないと考えた。そう考えたサズの齢は、すでに800歳を超えていた。
そこから竜人の住む土地以外をこれまで同様の方法で探し回る。それでも見つからず、念のためにともう一度竜人の住む土地を探し回った結果、サズは悟った。
自分のつがいはどうやらまだ生まれていないらしい、と。
齢1700を超えた頃の事だった。
同じ頃に生まれた竜人の大半は既につがいを見つけ、早いものでは子どころか孫まで居る。
寿命が長いせいか竜人の繁殖能力は人間よりも低い。それでも脈々と血は引き継がれる。
そっくりだろう、と我が子や孫を紹介する幼馴染達に悪気などない事は間違いない。
お前も早く見つかると良いな、と告げる励ましが社交辞令でない事も確かだ。
サズよりも早く見つける事が出来たというだけで、苦労サズつがいを見つけるものの方が珍しい。
竜人同士でさえ、国としては1つにまとまっているものの土地そのものは広範囲で、いくつもの集落に別れている。幼馴染がつがいで、労なく番うなんて事例は、極々極々稀なケースだ。
ただ、相手の心のこもった励ましではあっても、それを素直に受け止めるには独り身である期間が少々長すぎる。
己の感情にあるのが僻みであるとは分かっていても、自分の苦しみを本当に理解できるものはいないのだと胸中で吐露サズにはいられなかった。
それから―――己の齢からすれば、少々時間が経った頃。
サズは初めて、つがいの気を感じる事が出来た。