第三章 心のままに (1)
三咲の事を思い、自ら再度、優一の母カリンに会います。しかし美佐子の目に優一への思いを見抜いたカリンは、自分の家に二人を招待しますが。
第三章 心のままに
(1)
美佐子は、父親を通してもう一度、優一の母親と会った。おかしな話だが。
「葉月優一さんのお母様」
そう言って美佐子は、カリンの目を“じっ”と見た。吸い込まれそうにさわやかでそして芯のある瞳。柔らかな視線に自身の気持ちをしっかりと思っている目。優一はこの人の子供。そう思うと改めて葉月優一という男が見えてくるような気がした。
「私の大切な友達、安西三咲は、本当に優一さんを“心のよりどころ”にしています。たとえ母親でも介入されたくない時間をはぐくもうとしています」
そう言うと時間をおいた。
“優一が見そめるだけのことはあるわ。素敵なお嬢様。自分に芯を持ち意思をはっきり伝えられる。この子なら”そう思いながら“三咲という女の子どんな子なのだろう”という気持ちも捨てきれないでいた。
「植村美佐子さん。あなたは、優一のことをどう思って」
母親の言葉に一瞬詰まった。“どうして、あいつなんか。どうでもいいじゃない。私は・・”
美佐子の目に一瞬の戸惑いを見つけると
「美佐子さん、あなたがそこまでおっしゃるなら、我が家に三咲さんをつれていらっしゃれば」
“二人を見ればすぐにわかる”と思ったカリンは、あえて二人を一緒に見たくなった。
「優一、明日は出かけないで家にいなさい」
「お母さん、何か」
「いえ、安西三咲さんと植村美佐子さんを我が家にお招きしたの。“あなたもいると楽しいかな”と思って」
手に持ったコーヒーカップを落としそうになりながら
「お母さん、どういう・・」
息子の言葉を封じるように
「お母さん、お会いしたくなったの。お二人に」
そう言ってほほ笑むとダイニングを出て行った。有無を言わせない雰囲気があった。母親は、父を凌駕するほどの意志の強い人と祖母と祖父から聞いている。その片鱗が一瞬見えた気がした。
“ここが優一の家”。ちょうど道路の角の一角を占めるように高い塀が、家の姿を見せないでいた。玄関は大きく車止めがしっかりある。
門の右側に付いているボタンを押すと、少し経ってから“お手伝いの様な人”が脇戸を開けた。美佐子は名前を名乗ると
「少しお待ちください」
と言って中に戻るとやがて門の扉が開いた。
美佐子も三咲もちょっと驚いた顔をしながら入ると庭の奥に家の玄関が有った。玄関の先に立っている女性は、美佐子は既に見ている優一の母カリンだった。微笑みながら二人を認めると玄関を先に上がって待っていた。
玄関に立った三咲は、一瞬体が固まった。柔らかな視線が“頭のてっぺんから足の先”まで見つめられている気がした。
“この子が安西三咲”そう思いながら
「どうぞお上がり下さい」
そう言って微笑みながら視線を緩めていない、優一の母親を意識しながら玄関を上がると応接に通された。
美佐子も三咲も目を見張っていた。マホガニーの重厚なテーブルに柔らかく座り心地の良いソファ、壁側に置いてある調度品は目をみはるものばかりだ。
やがて母親のカリンが、入って来て、
「お待たせしました。優一もすぐに来ると思います」
そう言ってトレイを置き、紅茶をポットからティーカップに注ぐとたまらなく良い香りが昇った。
美佐子は“この前のお店もいい香りがしたけど比較にならない”そう思いながら母親の手並みを見ていた。
“師範級だわ”美佐子も幼い頃から母親にお茶の習いをさせられている。二人の前にソーサーにのったティーカップが置かれると
「どうぞ召し上がれ」
そう言って微笑みながら自分も紅茶を口にした。そうしながらカリンの目は二人の“所作”を漏らさず見ていた。
少しの間、静かな時間が流れた。
“どちらも可愛い素敵なお嬢様。でも・・“
カリンの心の中では、はっきり分かるものがあった。廊下から足音がすると、開けてあったままの応接の入口から優一が入ってきた。
「三咲、植村さん」
そう言って二人を見ながら立っていると
「優一、座りなさい。お客様の前で失礼です」
その柔らかい雰囲気から“有無”を言わせない言葉に、二人は“唖然”としながら見ていると母親にたしなめられた優一は、仕方なく母親の隣に座った。
「優一、お二人をお母さんに紹介して」
そう言って微笑みながら紅茶を口にすると、息子の言葉を待ちながら二人の動きを見ていた。かつて優の母親が自分にしたように。
時間が流れた。カリンは、息子の視線の先を見ないようにして見ていた。そして
「優一、私は控えます。三人で楽しく」
そう言って柔らかい視線の物腰を三咲と美佐子に流しながら立ち去ると美佐子は、
「葉月さん」
そう言って厳しい目で優一を見た。
「三咲は、あなたのことを・・」
そこまで行った時、さっきまで体が固まっていた三咲は、
「美佐子、もういい。私が、分も分からず馬鹿だったのよ」
涙を思い切り目元に溜めながら
「もういい。ごめん優一」
そう言って立ちあがろうとした時、
「待って、三咲、いや安西さん」
そう言って、涙目の三咲の目を見つめた。少し時間が流れた。三咲は、立ち上がったまま優一を見ていた。優一も三咲の目を離さなかった。
「あっ、三咲、もうこんな時間。ごめん私、別の約束がある」
そう言って、二人が何も言えないままに美佐子が応接を出ると、母親が足音を聞いたのか玄関に行く足音が聞こえた。
「優一、私・・」
言葉が詰まったまま、涙を落としている三咲に、テーブルを回って歩くと涙の目をしっかり見ながら、右手で涙を少し触って
「三咲、大切にしたかった。もっとゆっくりと自分の心を理解できるまで」
そう言って三咲の体を引き寄せた。
何も分からないままに優一の胸に顔を押し付けられながらそうしていると少し彼の腕の力が和らいだ。ゆっくりと顔をあげていくと優一が自分の顔を見ていた。
時間が過ぎた。ゆっくりと三咲が目をつむると彼の唇が触った。最初触るようにゆっくりしているとやがて強く吸いつくようにしてきた。歯が当たってゆるむと自然と二人の舌が触れた。少し、気が遠くなりそうになりながらそのままにしていると唇を離し、優一が三咲をソファにゆっくりと座らせられた。
「三咲、お母さんにきちんと紹介する」
そう言うと何も言わず頷いた。
ソファから立って優一は応接を出て行った。優一の母親は、ほかの部屋にいるのか声が聞えなかった。
やがて、優一が一人で帰ってくると
「“もう一度きちんと連れて来なさい”と言われた」
意味がわからないままに三咲は頷くと
「三咲、僕の家族のこと説明する」
そう言って三咲のそばに座った。
「ごめん、“だます”とか“内緒”とかいうつもりはなかった。ただ三咲に言う為の心の時間が必要だった」
その後、三咲との時間を過ごした優一は送ろうと玄関に出た時、大きな車が門の車止めに停車した。後部座席にセキュリティが回り、ドアを開けると降りてきたのは、妹の花音だった。
“あっ”と思った時は、遅かった。
玄関まで歩いてきた花音は、スカートの両脇を少し持って左足をほんの少し出して軽くお辞儀をすると
「妹の花音です」
そう言って“にこっ”と笑った。
優一の母親そっくりな大きな目、優しいまなざしにしっかりとした視線。肩先まで伸びた輝くほどの髪に、惹かれるほどのかわいい唇。三咲から見ても“愛らしく可愛い女の子”だった。
「お兄様のお友達の安西様ですね」
微笑みながら流す視線が、“生きている世界が違う”と思わせた。身のこなし、身につけている洋服、アクセサリ、靴すべての次元が違っていた。
三咲にとってショックだった。
「花音」
そう言った時、三咲の目にまた涙が溜まっていた。
“自分が馬鹿だった”そう思う気持ちが強く残った。“来なければよかった。そうすれば何も知らずに済んだ。何も分からずに夢だけ見れた”そう思うと自分がみじめになってきた。
優一が何か叫んだが聞えなかった。分からずにただ門を出ると走った。どこを走ったかわからなかった。
気がつくと大きな道路に出ていた。訳が分からずしゃがみ込むと涙があふれ出てきた。ただ泣いた。理由が分からなかった。
“ただ、ただ初めての気持ちを大切にしたかったのに”そう思うと、いきなり現実を見せ付けられたことにショックを感じていた。
膝を抱えながら下を向いていると誰かが隣に座った。思い切り泣きべその顔をしながら見ると優一だった。一瞬立って逃げようとした時、いきなりつかまれて抱き寄せられ、強く、強く抱かれながら優一は一言
「ごめん」
といった。そして
「はじめて言う。三咲、僕のそばにいて」
時間が流れた。ゆっくり顔を上げると彼の顔を見て
「いやっ」
と一言言った。
「えーっ」
と言うと涙をいっぱい流した顔を笑顔にして彼の腕の中で
「“えっ”って言わないって約束してくれたら許してあげる」
そう言って思い切り微笑んだ。優一もつい微笑んだ。目を見つめながら唇を合わせた。今度はしっかりと。
「優一、私を離さないで」
「分かった。ずっと離さない」
その時だった、何かが体の後ろにぶつかった。そして意識が闇の中ら持って行かれた。
「優一、起きなさい。大学に行く時間ですよ」
深い海の底にいる体が、母親の声にゆっくりと覚め始めると段々、体が浮いてきた。やがて海面から出るように目が開くと
「えっ、今日何曜日」
「何を言っているのです。今日は月曜日です」
「土曜日に帰ってきたら、“いきなり疲れた”と言って今まで寝ていたんですよ。お医者様に来て頂いても、“本人が夢の中から覚めようとしない”と言うし」
「早く顔を洗って着替えて食事しなさい。あなた丸一日食べていませんよ」
優一は、分からなかった。“そんな、あれは夢じゃない。ついさっきまで三咲が”そう思っても、今自分はベッドの上で横になっていた。
顔を洗い着替えて階下に下りていくと
「お母様、三咲と植村さんは」
不思議そう顔をして
「何を言っているのです。そのような方のお名前、お母さんは知りません」
そう言っていつもの優しい目で微笑むと
「コーヒーと紅茶、どちらにするの」
と聞いた。妹の花音が何か嬉しそうな顔をしながら口にバターロールを挟んでいる。
分からないままに渋谷の宮益坂に行くと三咲が微笑みながら待っていた。
「優一、遅い五分遅刻、早く行こう」
そう言って自分の左腕をつかんだ。優一は、何かが心の中で変わっていた。
「三咲、今日の一限目はなに」
驚いた顔をしながら嬉しそうな顔をして“数学原論”というと
「あっ、僕と同じだ。一緒にいれるね」
そう言って左に歩く三咲を見て微笑んだ。三咲も本当にうれしそうな顔をして
「どうしたの優一。いつもと違う。ううん、いけないとかじゃなくて、とってもいい意味で」
そう言うと思い切り幸せそうな顔をした。
“あれは、何だったんだろう。夢、いや違う。でも誰も知らない。でも僕の気持ちは、はっきり分かった”そう思うと秋の空が透き通るように輝いていた。
「三咲、一限終わったら、図書館行くけど一緒に来る」
不思議そうな顔をしながら
「いいよ」
と言うと
「優一、休みの間に何かあったの」
「えっ、あっ、いや、なにも」
“ふふふっ”と微笑みながら嬉しそうな顔をした。
二人で図書館の方へ歩いて行くと前から植村美佐子が歩いてきた。
「あっ、美佐子。こちらこの前話していた優一」
目の前の女性が“にこっ”と笑うと
「始めまして、葉月さん。植村美佐子です」
“えーっ。嘘だろう。だってー”完全に頭がパニックになった優一は、
「植村さん、前に一度お会いしませんでした」
三咲と美佐子が不思議そうな顔をして
「優一、無理よ。美佐子、お父様の関係で海外に行っていて、大学に出てきてまだ一週間だもの」
“えーっ”と思って分からないままに体が“すーっ”と流れた。
「優一、優一」
“なんだろう、最初は分からなかった。ゆっくりと何度も”その言葉を聞いていると意識が奥の底から、だんだん表に出てきた。分からないままに意識がはっきりし始めると少し頭が痛かった。左後頭部を触ると包帯が巻いてあった。
「えっ、どうしたの」
やっと目を開けながら自分自身で驚いているとベッドの上だということが分かった。
「えっ、覚えてないの」
「優一が私を抱いていた時、後ろから来た自転車にぶつかって、倒れた時から、そのまま気を失って。今、優一の家の病院」
記憶が途中で切れた自分に意識がはっきりしてくると目の前に母親のカリン、妹の花音、父親の優、そして三咲がいた。
「カリン、優一の意識が戻った。私は、医院長に会った後、会社に戻る」
そう言って、優一の父親は、病室を後にした。
「お兄様。良かったですわ」
目を優しく微笑みながら母親の顔を見た後、三咲の目を見て
「私も帰ります。安西様、後はよろしく」
そう言って病室を出て行った。最後に母親のカリンが、
「優一、みんな心配したのよ。三咲さんが、すぐに救急車を呼んだ後、私に連絡してくれたの」
そう言って少し心配そう顔をしながら、そして微笑むと三咲の手を取って
「三咲さん。優一のことよろしくお願いします」
そう言って、母親も出て行った。
三咲は、“えっ、どうして、どういうこと”という頭になった。病室と言っても一五畳はある自分の家のリビング並みの大きな個室だ。
「優一、ここは」
分からない顔をしながら言うと
「三咲」
と言って耳元で囁いた。
三咲は、“じーっ”と優一の顔を見た。目を離さずに彼を見ていると彼も“じーっ”と自分を見ていた。
三咲は優一の顔を再度しっかり見るようにすると頷いてから、恥ずかしそうな顔をして少しだけ躊躇すると優一に背中を向けた。
何も言わずにゆっくりと自分のブラウスの胸元のボタンをとった。そしてブラウスを脱いで、一瞬躊躇した後スカートも脱ぐと、ブラとパンティになった姿で後ろ向きのまま優一のベッドに入った。そして優一に背を向けたまま、
「初めてだから」
そう言って目をつむった。
“ここは、お母さんが生まれたところ。そしてここから見える景色がなかったら僕も花音も生まれてなかった大切な部屋”それだけが三咲の心に残った。
三咲は、母親のカリンの言った意味を自分なりに理解した。
二時間後、優一は、三咲を連れて家に戻った。妹はいなかったが、母親のカリンが、
「お帰りなさい」
とだけ言うと自分たちの部屋に戻った。
「三咲、上がって。僕の部屋に行こう」
そう言って手を取ると二人でそのまま上がった。二人が上がった玄関にカリンが来ると二人の靴を見ながら、少し難しそうな顔をして“一から教えないと”と思って自分が初めて葉月家に来た時を思い出した。
初めて優一に体を許してから、もう半年が経ち二人とも二年になっていた。二人ですっかり慣れた大学に行く坂道を一緒に歩きながら
「優一、今度、私の両親に会って」
あの後、時を改めて両親にも正式に紹介し、心に塀がなくなっていた優一は
「うん、いいよ」
と言うとうれしそう顔をして
「じゃあ、両親の都合聞いてみる」
「えっ、まだ聞いてないの」
「だって、優一の都合聞いてからと思って」
嬉しそうに話す三咲に頷くと“僕も三咲も変わったな”と思って少し前のことを思い出していた。
もう、三咲に話す時、先に考えることはなかった。もちろんすぐに口には出さなかったけど。空を見上げるとこれから来るさわやかな季節を映し出していた。優一は、三咲の顔をもう一度見ながら微笑んだ。
優一と三咲、ついに体を合すことになりました。運命かもしれません。そしてその後もうまく進みます。
しかし、世の中そう自分の思い通りには進みません。
次回もお楽しみに。




