第二章 戸惑い (1)
突然の三咲の行動に驚きながらも”それ”を受け入れる優一。そんな時、優一は風邪を引いてしまいます。三咲は約束の場所に現れない優一に戸惑いを思えます。そんな時、優一はいきなり予想もしない形で三咲の前に現れました。
第二章 戸惑い
(1)
自分の唸り声に頭の中に意識が戻り始めるとパジャマが汗で“びっしょり”濡れていた。とても寒い。“やばい”と思いながら昨日のことが“きっかけかな”と思い出した。
昨日、なぜか朝から体がだるかった。“どうせ大した事ないだろう”と自転車でそう遠くない世田谷の総合運動場の中にあるプールで二〇〇〇メートルほど泳ぐと体が十分に温まり、プールに来たときの体の冷えなど忘れて少し薄着で自転車に乗って帰って来た。
距離にして約五キロ。いつもなら丁度いい運動にしか思っていなかったが、夕方から寒気が始めまった。
それが、原因だろうと思いながら、たぶんに体が寒い。仕方なくベッドから起きようとすると結構体が厳しい。
下着とパジャマを洋服ダンスから取り出し、着替えると“ブルブル”震えながら二階にあるトイレに行った。
急いでベッドに帰ってくると厚手の毛布と上掛けを首元までしっかりとかけてまた、一瞬にして眠りについた。
「優一、どお、お熱は」
遠くの方で聞こえる母親のカリンの声に、まだ体が自分の言う事を利かない状況にベッドで横になっていると階下から上がってくる足音がした。ドアの開ける音がしていきなりおでこを触られると
「まあ、汗でびっしょり。それに凄い熱じゃない。これではとても学校へは行けませんね。お医者様に来てもらいます。直ぐに新しい下着とパジャマに着替えなさい。トイレに行っている間に毛布を替えます」
矢継ぎ早に話す母になにも言えないまま母親の前で着替えると、そのまま“ふらふら“しながらトイレに行った。”夜中よりまだいいな“と思いながら済まして部屋に戻ると新しい毛布と上掛けがベッドにかけられていた。
「食欲はありますか」
パジャマと下着を抱えながら聞く母親に
「ぜんぜんない」
「そう、それではお医者様が来るまで寝ていなさい」
そう言って階下に降りて行った。
“今日は仕方ないか”そう思いながらまた、眠りの虜になった。
“優一遅いな。どうしたんだろう。土曜日約束したのに”そう思いながら渋谷東口を出て宮益坂の信号の前で待っていると、通りすがりの男性のほとんどが自分に視線を向けてくるのが分る。
“早く来てくれないかな”そう思いながら時計を見るともう直ぐ八時五〇分を過ぎようとしていた。
“そろそろ自分も学校に行かないと講義に間に合わない”と思いながら、“あと五分“そう思いながらスマホを取り出すと”あっ、優一の携帯の電話番号聞いてなかった。メールも知らない“仕方なくスマホをバッグに戻して歩き始めた。
“あの時の事、気にしているのかな。あんなことしたから私のこと嫌いになったのかな”
思えば思うほど不安になってくる自分の気持ちを何とか胸にしまいこみながら大学の正門の前に着くと元気なく講義のある二号館へ向った。“今日なら朝から一緒に居れたのに”そう思いながら階段を歩いていると
「おはよう」
声を掛けてきたのは、高校時代から友人の美佐子だった。
「美佐子」
三咲は、元気ないままに振り返ると
「あらら、どうしたの。まるで顔が」
そう言いながら見ている顔が本当に元気ないことに気が付くと、なにも言わず三咲の側によって
「講義一緒だよね。行こう」
そう言って三咲の手を取った。
「三咲」
美佐子が右ひじで三咲の左腕を突くと
「どうしたの。もう講義終わっちゃたよ。全く反応しないだから」
「えっ。いや分ってる」
自分の頭の中で何となく始まった講義は、いつの間にか頭の中から消え、“あいつ”のこと、“土曜の事”が頭の中で創造を勝手に巡らし、教授が立ち去った後も特に立つ気にもならなかった三咲は、美佐子の声で現実に意識を戻した。
「三咲、お昼は。少し時間有るけど食べる」
「うん」
頭だけうなだれながら言うと
「もう、分った。今日の学校の帰り聞いてあげるから、講義終わるまではしっかりしなさい」
美佐子の一生懸命に自分に言ってくれている顔を見ると三咲は、笑顔を作って
「美佐子ありがとう」
と言って階段式の教室の椅子を立った。
「優一、赤ちゃん出来ちゃった」
「えっ」
「“えっ”じゃない。ほら、お腹触って」
自分の体がまるでスローモーションのように腕が動かない。三咲のお腹に手がとどかない。いきなり“ふわっ”と後ろに引き戻されるようになると今度は、急に穴の中に落ちて行った。
何か、追いかけてくる。必死に走ると上から白い紐が降りて来ている。それにつかまるといつの間にか上にあがってきた。下を向くと言葉に現せないものが、自分もしがみついている白い紐にぶら下がってついて来る。
優一は、耐え切れずにいるといきなり自分だけがその穴から飛び出てきた。と言うより穴が消えた。
ベッドの左上に何かが立っている。真白な衣をまとい、つり竿のような棒を前に出して前を向いている。
優一は、はっきりと目を開けて見てもそれは左上にいる。解らないままにまた眠りに付いた。
「お母様、お兄様は、まだお熱が下がらないのですか」
学校から帰ってきた花音は、自分の部屋で学生服から部屋着に着替えると階下のキッチンへ行った。食事の手伝いをするためである。
葉月家は、家は大きいが、普段は優とカリン、二人の子どもと優の両親の六人家族にお手伝いが一人いるだけである。作る食事量はそんなに多くはない。
セキュリティは近くに住んでいるが、同じ敷地内にいる訳ではなかった。それだけに特にお手伝いだけに食事を作らせる必要も無く、朝食と夕食はカリン一人でしていたが、花音が高等部へ入学してからは、学校から帰って時間ある時は手伝っていた。
「そうなの。心配だけど、主治医は、“泳いだ後、薄着だったのが原因だろう。二日も寝ていれば元気になります”と言ってくださっていたわ」
「そうなのですか」
普段は、母親のカリンの前で他愛無い口げんかなどをしていても、花音にとっては大切な兄であった。さすがに二日目も熱が下がらない事に心配した花音は、
「ちょっとお兄様の部屋に行って様子を見てきます」
そう言って二階に上がり自分の部屋の左にある兄の部屋をノックすると
「お兄様、入ります」
そう言ってドアを開けた。部屋の中は、少し兄の臭いで溢れていたが、元々は中のいい兄妹だから、気にならずに入ると、汗を一杯かいた兄の優一が、ベッドの上で思いっきり毛布と上掛けを首までかけて寝ていた。
優一と毛布の間には、毛布にタオルがかけてある。それを見た花音は“お母様の優しさね”そう思うと“にこっ”として
「お兄様、具合はどう」
そう言って兄の顔を覗き込むと結構寝顔の可愛さに気が付いた。頭の中で“まあ、可愛い”と思いながら、ベッドに兄の机の前にある椅子を持って来て座っていると
「三咲」
“えっ。今確かに三咲って”
花音は、“女っけ”のない兄が、女性の名前を口にした事に驚いた。兄の顔を良く見ると額に粒のような汗が溜まっている。頭の側に置いてあるタオルで額の汗を拭くと目をつむったまま
「お母さん、すみません」
と言った。
「花音です」
そう言って“ちょっと”と思ったが、まあ仕方ないかなと思っていると、やはり目を開けないまま
「花音か、ありがとう」
苦しくはなさそうだが、疲れたように目を開けない兄の優一に心配そうに目をやった。
目を開けそうにない兄の顔を見ると静かに椅子から立ち上がって、兄の部屋を出て行った。
「お母様、まだ熱は下がっていないようです。額に粒のような汗が出ていたので側にあったタオルで拭いて差し上げました」
「花音ありがとう」
娘の顔を見て“にこっ”とすると母親の顔を見ながら花音は、
「ところでお母様。お兄様、女性の名前を呼んでいました」
「えっ」
キッチンで危く包丁を滑らそうになったカリンは、
「女性の名前。どんな」
娘の目を“じっ”と見ながら聞くと
「三咲って言っていた」
「三咲。そう」
そう言って少し考えると、また手を動かし始めた。
次の朝、優一は目が覚めると、側に置いてある体温計を手に取って、脇の下に入れた。“ぴぴっ”と鳴ったので、取ってディスプレイを見てみると三六.九度を表示していた。
“今日は、まだだめかな”そう思いながら目をつむると“あっ”土曜の夜の事を思い出し、確か昨日九時に宮益坂の信号の前で待ち合わせしていたことを思い出すと“まずかったかな。安西さんに悪い事したな”頭の隅に有ったことを思い出した優一は、“でもまあ仕方ないか”そう思いながら、また眠りについた。
“今日も来なかった”そう思いながら、一限目に間に合わなくなると思うと仕方なく宮益坂を歩いていった。
坂を登りきってそのまま大学とは、反対側の道路を歩いて一つ目の信号で大学の方の道に渡ろうと思っていた。
“やっぱり、あの事気にしているのかな。私も初めてだったし、何か勢いでしてしまったような気もするし”そう思いながら
“でもやっぱり、あいつの事好きになったのかな”そんな心の揺らぎを顔に隠せないまま一つ目の信号を渡ろうと青信号になるのを待っていると、大学の門よりずいぶん離れた所で黒塗りの車が止まった。
三咲は、“大きな車だな。タクシーかハイヤーにしても今時黒塗りは合わないな”と思っていると運転席側のドアが開いてサングラスに細いブルーのネクタイを着けた男が降りてきた。三咲は、“何だろう”と思って渡るつもりの信号が青になっても、渡らないで見ていると、その男は歩道側の後部座席に回ってドアを開くと軽くおじぎをした。
その後部座席から出てきた男をみた時、三咲は目を見開いて、つい大きな声で
「優一」
と叫んでしまった。
「優一様」
そう言って北川の部下のセキュリティ(お付きの者)が、ドアを開けると車から降りた。“一度は今日も休もうと思ったが、二日連続ではまずい”と思い、出掛けようとした時、母親のカリンが、
「今日は無理せずに車で送ってもらいなさい」
「でも」
と言うと
「風邪がぶり返したら一日の休みでは済みませんよ」
大切な子供に諭すように言うと
「分かりました」
と返事をした。
優一は、声の方に振り向くと“嬉しそうな心配そうな顔”をした三咲が、信号の反対側に立っていた。セキュリティが、三咲の方を向きながら目を鋭くすると
「大丈夫だ。あの子は大学の友達だ」
そう言って諭すとセキュリティは、頭を軽く下げて運転席側に回ると車を動かした。信号が青になり、三咲が走るように渡ってくると、少し息を切らしながらもう一度
「優一」
と呼んだ。そして優一の顔をしっかり見ると
「どうしてきてくれなかったの。昨日も今日も待っていたのよ、何で」
真剣に自分の顔を見る三咲に
「風邪を引いていたんだ」
「風邪」
その言葉に三咲は、下を向きながら
「私のせい」
「えっ」
「そんな事ないよ」
「でも」
「日曜に水泳に行った後、薄着で居たのが、原因らしい」
三咲は、少し明るい顔をして
「そう、今は大丈夫なの」
「まだ、完全じゃないけど」
「優一」
顔を見ながら少し不安な顔をしながら
「今の車は、なあに。この前も妹さんが同じ様な車に乗っていた」
時間が少しだけ流れた。
「安西さん、もう少し待って。言えると時が来たとき必ず説明するから」
“何故こんな事言うんだろう”そう思いながら、何故自分がこんな言葉を口にするのか、わからなかった。
「優一。今日の予定は」
三咲は優一と一緒に歩きながら“心の揺れ”を何とか抑えていた。
“優一と今日一緒にいれるといいな”そう思いながら返事を待っていると
「一限、二限と四限」
“なぜ聞くんだろう。自分の都合も有るだろうに。この前あんなことになったけど、勢いだけの様な気もするし”そう思いながら大学の正門が近くになると
「優一、二限終わったら、一緒に昼食とろう。ねっ」
そろそろ周りに同じ大学の学生も多くなって来た三咲は、何とか今日また会える約束を取りたかった。三咲の声に歩きながら
「良いよ」
「じゃあ、あの木の前で」
「分かった」
「正門を入るとすぐに大きな木がある。多分学校が出来る前から有ったのか植えたのか分らないが太い木を見ながら答えると
「じゃあ、後でね」
そう言って三咲は“三号”と書かれている建物の方へ歩いて行った。
“優一と約束出来た”そう思うと、少しだけ顔色に血が集まるように“ほっ”とした顔になると
「あれ、三咲、今日は元気そう。昨日の落ち込み具合とずいぶん違うね。なにか、良いことあったの」
昨日散々落ち込んでいた三咲を何とか慰めよとした美佐子は、三咲の顔を見て自分も笑顔になると
「何が有ったの」
「ふふっ、内緒」
「教えなさい、三咲。昨日あれだけ気に掛けてあげたでしょう」
「うーん、それはとてもうれしかったけど、まだ言えない」
「ふふっ、三咲、顔に書いてあるわよ。“彼の事”だって」
「えっ」
とっさに頬に手をやると
「ほら、ばれた」
そう言って美佐子が微笑んだ。
「今度ゆっくり話してもらうわよ。三咲」
“まいったな。まだ、誰にも話してないし。もう少しごまかそうかな。まだ知られたくない”心の中でもう少し温めていたい気持ちに
「三咲、今日お昼どうする」
「えっ」
“まずい。何か理由見つけないと”
「あ、うん。ちょっと用事が有って」
「あっ、そう。なんか怪しいな。彼とデート」
“やばい。何とかしなきゃ”
「そんなことない。そんなことない」
手振りで一所懸命否定しながら
「もう時間、じゃあ」
建物の中に入ろうとして振向くと
「美佐子、昨日はありがとう」
そう言って微笑んで建物の入口に入った。
“ふう、危ない、危ない。でもどうしよう。約束場所目立ち過ぎだし。美佐子にばれたら、あの事まで話させられそう。何とかしなきゃ”頭の中で考えながら階段式のテーブルの一つに座った。
“この教授。なんでこのことをこんなに難しく言うだろう。もっと簡単に言えるのに”そんな事を思いながら“そう言えば、優一、言語系が大切だと言っていた。将来どこか、留学でもするのかな。でも何か違う感じ。聞いてみようかな”なんとなく講義を聴きながら思いに耽っているといつの間にか一限が終わった。
“次は、二号だ。少し時間あるから外に出るか”三咲が階段を降りていると
「安西さん」
いきなり声を掛けられて振向くと知らない顔の学生が立っていた。いぶかしげに見ながら
「あなたは」
と聞くと
「二年の小林と言います。少し時間頂けませんか。話したい事が有るので」
「すみません。次の講義までの間にすることが有るので失礼します」
三咲のそっけない態度に負けずに
「では、次の講義終わった後では」
「その後も用事が入っています」
困った顔になったその学生は
「じゃあ、ちょっと今だけ」
と言うと
「僕、テニス部なんですけど、安西さん、まだクラブ入っていないと聞いたので、誘いたいのですが」
いきなり何を言うのかのと思うと“クラブの誘い。テニス。興味ないな”頭の中で思いながら
「すみません。クラブには、まだ入る気ないので」
そう言って、前を向きなおすと階段を降りながら“馬鹿じゃないの。階段の途中で話す事かな”そう思って一階に着くと、さっき話しかけた学生が、駆け足で三咲の前に来て
「“まだ、入る気ない”と言うことは、いずれ入るんですよね。その時はぜひテニス部をお願いします。では」
そう言って、駆け足で、校内の中に入って行った。
“何なのあいつ”そう思いながら外に出てステラで時間をつぶそうとしていると
「三咲。見てたわよ。もてるわね。相変わらず。結構カッコよかったじゃない。あの子」
声の方に振り向くと美佐子が立っていた。
「美佐子、見てたの」
笑顔を見せながら話す友達に
「テニス部だって。興味全然ない」
「分かってないな。目的は三咲の友達になりたいだけよ。それで“あわよくばっ”て所よ」
「へーっ、そんなものか」
「三咲は昔から変わらないな。そんなに可愛い顔しているのにちっとも彼を作ろうとしない」
「心を惹かれる人がいないだけ」
口に出しながら頭の奥で“あいつ”の事が浮かんだ。
三咲は、二限が終わると急いで正門の側にある大木の方へ歩いた。まだ“あいつ”は、来ていない。
回りを見ると特に知った顔がいないので安心して待っていると三号館から出てきた。一人で歩いている。声を掛けようとして一足出した時、“あいつ”の後ろから美佐子が、出てきた。
“これは、まずい、どうしようか”と思っていると、丁度“あいつ“と美佐子の二人の目と合った。美佐子が、
「三咲、どうしたの。誰かと待ち合わせ」
目の前にいる優一に声が掛けられないでいると
「安西さん」
“うわーっ、最悪。どうしよう“と思って困った顔になると
「あっ」
と言った美佐子は、突然
「じゃあ」
と言って三咲とすれ違うなり右目をウインクした。
“あの顔は“と思っていると
「安西さん、何か有ったの」
不思議そうに見られると
「ううん、何でもない。優一、時間有るから学校の外で食べよ」
笑顔で嬉しそうに言う三咲に
「うん、いいよ」
と言うと三咲は思いっきりの笑顔で
「嬉しい」と言った。
“可愛いな。こんなに可愛いのに”そう思いながら“なんだろう、この感覚。なんか解らない”そう思いながら三咲の笑顔を見ていた。
“なるほど、そう言う事か”頭の中で考えながら美佐子は、昼食の為、一人で大学の外に出た。
優一は、自分の思いがはっきりしないままに三咲に自分の流れを持って行かれます。でもそんな流れが少しずつ心地よくなっていった時、三咲から思いもかけない言葉を言われました。次回をお楽しみに。




