重なる謎
窓から覗いた夜空には、光の帯がいくつもの星を巻き込みつつその存在を主張した。
カラリと乾き澄んだ空気が部屋に冷気を運び燭台の炎を躍らせる。
私の口から吐き出される息は、しばし彷徨うと静かに溶けた。
昔も今も私を見下ろす夜空は変わらないはずなのに、何故これ程目を奪われてしまうのだろう。
周囲に光源が少ないからと言ってしまえばそれまでだが、それだけではない気がした。
あの場所にあった兵器は、私の時代にあったものと一致していた。
アレンにここの存在を聞いた時、単純に打ち捨てられたものだと考えたが、その考えは容易く砕かれた。
あこに置かれた兵器は、劣化の状態がてんでバラバラだったのだ。
つまり同じ瞬間に放置された訳では無いと考えるのが普通だ。
無論、順をおいて放置されたとか、物好きな技師が存在したなどが考えられるが、この車も走っていない村に戦車を動かしたり、修理したりする技術があるとは考えられない。
ならばどうする?
どうしたら、あの様な事が起こるんだ?
専門家でもない私には、劣化のメカニズムだとかそんな事は分からない。
無い知恵絞っても知恵熱出すだけなので、柔軟に考えてみよう。
まず正直信じ難いが私は、任務のため未来に送られここに辿り着いた。
これが事実だとしたら、あの兵器も送られて来たと考えられる。
そして、送られて来る段階で何らかのトラブルがあった。
その結果送られる時間にばらつきが生じたのではないだろうか?
そう考えるれば、劣化がバラバラだったのも頷ける。
そしてこれは、私が送られた時一人だった理由と重なる。
わりといい線いってると思うが、あの刻まれたメッセージの事がわからない。
新しい世界に私達古いシステムが入りこんではいけない
内容に関しては、新しい世界はこの世界。
古いシステムは、送られて来た私達。
そう考えるのが自然だ。
しかし、誰がこれを刻めるだろうか?
当然送る方の過去の人々なら可能だろう。だが何故このような警告紛いな内容なのだろうか?
仮にこれを刻んだのが過去の人々だとしたら、私達を送る訳が無い。なんせ内容が過去との関わりを望んでいない。
と考えるとこの世界にいて、なおかつ過去の事を知っている者に限られる。
つまり私の仲間或いは、何か知っている者か…。
それに刻まれた戦車がまだ新しかった事から、最近刻まれたと考えられる。
しかし何故あのような所に?
刻んだ人物の所在が掴めれば良いのだが…。
まあ考えていても仕方がない、そもそも私にできることなどあるのか分らないのだし。
その時、コンコンと扉がノックされた。
この部屋に来るのは、シャーロットさんくらいだ。
まあ音の主も彼女だろう。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
扉が開けられ彼女が入室する。
そういえば、夕食以降彼女が来るのは初めてだな。
ゆらゆらと揺れる不安定な燭台の炎が彼女を映し出す。
彼女の手には、カップが乗った盆がある。
しかし、目を引かれたのは、彼女のその姿だった。
彼女は、シンプルな前開きのワンピースをまとい、その上から腰ほどのカーディガンを羽織っていた。
丁度体のくびれの辺りで結われた紐がそのスタイルを強調させる。
普段その美しいスタイルを修道服が隠す形になっているため、普段とのギャップが尚更私を刺激した。
これは、男の性かどうしても胸元に目がいってしまう、彼女の胸は、想像以上にふくよかだった。
このような服装がこの村ではポピュラーなものなのか、それとも彼女だけなのか分らない。
何にせよ、年若い女性がこのような姿で、男の部屋に訪ねてくるのはいささか問題なのではないか?
私は一向にかまわないが……。
「星を見ていられるのですか?」
私は慌てて彼女から目を外し夜空を眺めた。
「ええ、なかなか見ものですよ」
私が言い終わると同時に彼女は私の横に身を乗り出した。
彼女の口から「わ~」と感動詞がこぼれた。
どうしても視線を彼女に奪われてしまう。
星を眺める彼女の瞳は、無垢な少女のように輝いていた。
と思ったものの彼女自身無垢な少女だといっても差し支えないが。
「こんなに、夜空が綺麗だったなんて気が付きませんでした」
そう言って数秒星を見つめたあと彼女は、私の視線に気づいたのかこちらを向いて静かに微笑んだ。
「ああ、そうだ。冷えると思ってお飲み物をお持ちしました」
そう言うと彼女は燭台を置いているテーブルに向かいそこに置かれたカップを手にした。
そう、ここに来たとき持っていたものだ。
質素なカップから湯気が登っている。
「モルドワインです。お口に合えばいいですが……」
「ほう、シャーロットさんの手作りですか」
「ええ、でも、ワインにスパイス入れて温めるだけですし、手作りだなんてそんなたいしたものじゃないですよ」
シャーロットさんが心配そうに見つめて来る。
少し飲みづらい……。
口をカップに付けたときに心地よい香りが鼻をくすぶった。
口の中でワインを泳がせる。
ほどよく酸味が飛んでいて甘さが引き立っている、そしてこの爽やかな香りはオレンジだろう。
これもまた絶妙なアクセントとなっている。
正直に言うとすごく美味しい。
今までワインはそれ程好きではなかったがこれはいける。
「うん、うまい。オレンジの香りがとてもいいです」
彼女の顔がほころんだ。
「良かったぁ、オレンジの他に、シナモン、グローブ、スターアニス、ローリエが入ってるんですよ。私この組み合わせが好きなんです」
嬉しそうに語る彼女、その姿はすごく愛おしく感じた。
「こういう感じ何かいいな……」
「ん?何がですか?」
心が暖かいと言うのか、久しく感じてない感覚に思考が鈍ったような奇妙な感情が私の体を支配した。
「何なんでしょう、今すごく満たされているような不思議な感覚なんです」
「なんでも無いことに幸せを感じられる事は、素晴らしいことだと思いますよ」
そう呟いた彼女は空を仰ぐ。
つい数日前の私は、こんな穏やかな生活を想像していなかっただろう。
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