部隊章
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窓から覗く田畑は、今まさに落ちようとしている夕日に照らされて、その紅に染められた。農具や籠を担いだ農夫のシルエットがゆっくりと農道を進んでいく。この教会に来て、私がやっていた事といえば、こうやって外を眺めることぐらいだが、この光景は、飽きることがない。そんな光景を眺めながら考える。
私は、何をすべきなのか?別に哲学に興じようと言う訳ではないが、仲間のいない現状任務実行は困難、そもそもこの村を見る限り、任務が意味をなすのかも分からないのだ。
それにしても、先ほど訪ねてきたアレンと言う少年は何だったのか。私を部隊章の持ち主だと分かった途端襲いかかって来たが……。この部隊章に見覚えがあるのか?だとしたら、他の隊員の所在を知っているかも知れない。いや待て、彼は私の事をエヴィル、悪魔と言ったが、私の名はエヴィルではないし、そのような名前の隊員もいなかったと思う。どうにも分からない事だらけだ。
「あら、考え事ですか?」
えらく集中していたせいか、シャーロットさんの入室に気づかなかった。私は、口を覆っていた手をどけてシャーロットさんの方に振り向いた。どうも考え事をすると、無意識に口を手で覆ってしまう。
「どうにも分からない事がありまして……」
「私でよかったら話してみて下さい。お力になれるかも知れませんから」
シャーロットさんは料理が乗せられた盆をベッド横のテーブルに置いた。そういえば、もう夕食時か。
「ありがとうございます。それではお聞きしますが、エヴィルと言うのが何なのかご存知ですか?」
「え?」
シャーロットさんは拍子抜けしたような表情をしている。まずい、これは聞いてはいけない事だったのか?
「すみません。何か失礼な事を聞いてしまったようだ」
「いえ、別に失礼とかではないのですが……。あのう、冗談とかじゃないんですよね……」
冗談?なんのことだ。こちらは、いたって真面目だが。
「いえ、そんなつもりは、無いのですが……」
「ごめんなさい、貴方ぐらいの年齢の方でエヴィルを知らない方は初めてでしたので」
どうもエヴィルと言うものは、この世界では知っていて当然の事らしい。どうしたものか、このままでは、ただの常識知らずと愛想をつかれてしまう。そうなれば情報を円滑に聞き出すことはおろか、彼女との関係がギクシャクしてしまう可能性がある。特に後者は私個人として何としても避けたい。
「いや、あの、頭を打っていたようで、記憶に曖昧な部分があるようで……。バカバカしいと思うかもしれませんが、教えていただけませんか。もしかしたら、思い出すかもしれない」
とりあえず、記憶喪失と言うことにしておいた。こうすれば、変に詮索される事もないだろうし、何よりボロを出してもごまかせる。
「えっそんな……本当にごめんなさい、私ったらとても失礼な事を……」
ショーロットさんは少し悲しそうな表情をした。
「大丈夫です。私は、全く気にしていませんよ」
気づけばシャーロットさんの眼は、潤んでいた。私は彼女の頬に手を伸ばす。何故こんなことをしようと思ったのかは、分からない。だけれども無償に彼女に触れたくなったのだ。彼女の頬はサラサラときめ細かく、ほんのり熱を帯びていた。そして、私の手が触れた瞬間眼から涙がこぼれた。
「ですが、あんなに怪我を被って記憶まで失われた貴方に、私は……」
「シャーロットさん、貴女は考えすぎです。前にも言ったでしょう私は、生きているそれだけで儲けものだと。それに私は、現状に悲観したくないんです」
軍人になっていつでも死ぬ覚悟でいたが、思い返すといつも、生にすがっていたのだなと思う。それが如実に現れたのは、先日の洞窟だった。絶望は、していたものの何処か助けが来るだろうと言う気持ちがあった。つまりこの『悲観したくない』というのは、生還してから、抱いたものではなく、自分の根底にあるものだと思う。ある意味そんな人間こそ軍人に向いているのかもしれない。
「……そうですか?でも、私は―――」
「あんまり私を困らせないで下さい。私には、涙を流して謝る女性になんて言葉を掛けたらいい分からない。それが、貴女のような人なら尚更だ」
シャーロットさんは、自分の頬にゆっくりと手を当てると「あっ」っと小さく囁き私に背を向けてしまった。自分が涙を流している事に今気がついたのだろう。
彼女は涙を拭き取ると、顔をこちらに向けた。彼女の眼は、ほんのりと赤く、頬も先ほどより幾分か赤くなっているように感じる。
「落ち着きましたか?」
「お恥ずかしいところを見せてしまったようで……」
「いえいえ」
彼女は、なぜ涙流したか私には、分からない。
私の事を哀れんでいるのか?それにしたって、他人事で泣く程の事じゃない。それとも、私の人間的感情が枯渇しているだけかも知れないが。
彼女の口元に目を落とし考えていると、彼女の口が「あっ」っと言う音と共に開いた。
「すっかり忘れていました。私、御夕食をお持ちしたのでした。」
いきなり何を言うかと思えば、非常にたわいない。だけれどその声が、いつもの元気な声だったのは、嬉しかった。
さて今晩の夕食だが、メインは、野菜の入ったシチューのようだ。良く見ると、細かく切られた鶏肉が入っている。それに、干し葡萄の入ったパンいわゆるレーズンブレッドだ。最近になり主食が粥からパンみたいな、固めのものに変わった。したがって、彼女から食べさせてもらうと言う事か無くなったのが少し悲しい。しかし彼女は、すぐに出て行くわけではなく。私が食べている間。ニコニコと見つめて来たり、部屋の整頓を始めたりしている。別に嫌ではないのだが、正直食べずらい。
私はパンを口に放り込み、シチューで流し込んだ。
「それで、エヴィルの話ですが……」
彼女は一瞬はっとして答えた。
「そうですね。それでは場所を移動したいと思うのですが、歩けますか?」
「多分大丈夫かと思います」
そう答えて立ち上がろうとしたものの、うまく力が入らない。アレンが襲って来た時は、あんなに動けたのに……。
「それでは、行きましょう」
空の食器が入った盆を持ち彼女は歩き出した。その後ろについて行くのだが、なにぶん足が痺れて辛い。そんな足を引きずるには、この廊下は長すぎるように感じる。
「このお屋敷は随分と広いんですね」
「そうですね。一階十部屋の二階建てで、合計二十部屋あります。」
彼女の格好、毎日鳴る鐘の音からここは、教会だと想像していたがそれは間違いだったか?
だとした何なんだ?宿か?宿なのか!だとそたらまずい、私は金も価値のあるものも持っていない!
「あっあのう、お聞きしますが、ここは宿屋か何かですか……」
「まぁ宿屋みたいなもの―」
私は、終わった。来てそうそう無銭宿泊だなんて目も当てられない。それにこれだけ良くしてくれた彼女を平然と裏切ることなんて出来ない。ここはいっそ正直に懺悔するしかない。
「シャーロットさん、ごめんなさい!私、宿泊費を持っていません!」
勢いよくひと思いに言い放った。彼女は、振り返り数秒呆然としていたかと思うと、いきなり笑い出した。
「ハウエルさん貴方は勘違いをしていますよ。ここは旅の方に貸出している無償の宿ですよ」
今の私は恐らく情けない面構えをしているのだろう。口が塞がらない。
「でも、経営はどうしているのですか?」
動揺と安堵からか、本当にくだらない質問をしてしまう。
「村や旅の方からのお布施で運営しています。それに、皆さんいい方々ばかりなので、食材や物資までくださるのですよ」
無償の宿に食事まで提供されて、何もなしに出て行くなんて野暮な真似は出来ない。しかし私に置いていける物なんてないし、どうしたものか……。まぁ何か彼女らの手伝いをするのが無難だろうか。
「ちょっと待って下さい」
彼女はそう言うと、真横の扉のない部屋に入って言った。私はなんとなくその部屋を覗き込んだ。部屋では、シスター数人がエプロンを付け洗い物をしている。洗い物と言っても、水道などは無くタライに水を張りそこで食器をすすぐだけの簡単なものだった。果たしてその程度で汚れが落とせるものなのか?
「お待たせしました」
「ここは調理場か何かですか?沢山の方が働いているようですが」
「はい、ここは調理場です。毎日食事はここで作って片付けているのですよ」
「なんか面目ありません」
「何がですか?」
「私は寝ていただけですので……」
何だか私が迷惑をかけていると言う現実を合間見たような気がした。彼女は「いえいえ」と微笑んでくれたが……。
「さあ、ここです」
彼女は、その言葉と共に目の前の木製の扉を引いた。
目に飛び込んできたのは、見知った礼拝堂だった。やはりここは、教会らしい。
綺麗に整列された木製の長椅子が、窓にはめられたステンドグラスからの光に当てられて、様々な色に染められている。それだけなら、よく知った礼拝堂なのだが、一つだけ異質な所があるのだ。あるはずのものが無く、変わりにべつのものが置かれているのだ。
そこにあるのは、十字架では無く槍を持った女神の像であった。そしてその槍の矛先は巨大な怪鳥に突き立てられている。
目を奪われている私に彼女は座るように声を掛ける。
「こちらへ」
指示どうり長椅子に腰を掛ける。
彼女は私の横に達数秒像を見つめた後口を開いた。
「こちらの像に覚えはございますか?」
当然、私はこのような像に覚えがない。教会で見る女性をかたどった像は聖母ぐらいであり、この様に荒々しくはない。
「いいえ」
「そうですか」
私の返事に短く返した彼女の声は、先程の哀れみに満ちたものと違い非常に落ち着いていた。
「―邪悪な鳥が降り立つ時魔族が世界を染め上げる。聖なる者は倒れ神の嘆きを受けた彼らの魂は白き神の槍となり邪悪な鳥を打ち砕く―この一文を覚えていますか?これは我が聖槍教会の聖典で最も有名な一文なのですが……」
「すみません……」
「謝らなくてもいいですよ」
私の方を振り向いた彼女は、そう言葉を返したのだが、この過去を思い出させようとする様な言葉はこちらが嘘を付いている故に心苦しい。
「それでは、簡単に説明致します」
そう前置きをした彼女は、まるで授業を行う教師のようにゆっくりと歩き出した。教会内に靴と床がぶつかる音が響く。
「元々神が創造されたこの世界に、人々は平和に暮らしていたとされています。しかしある時そんな平和を脅かす者が現れました。それが、聖典にある邪悪な鳥の正体です」
説明されるにつれて謎が増える。邪悪な鳥とは何かを例えているのか、それとも実際鳥だったのか。恐らく後者ではないと思うが……。
「その邪悪な鳥は、強力な力を持って世界を我が物にせんと刃を向けました。嘆かわしいことに、その邪悪な鳥に加担する人間もいたとされます。その者たちを含め魔族とされています」
「そして世界が魔族に掌握されようとしている中人々は、世界の奪還に立ち上がりました」
「しかしそんな人々の奮闘も虚しく、魔族の強力な力の前に次々と倒れて行きました。その時それを嘆いた神は一本の槍を振り下ろしました。その槍は凄まじい力で魔族を打ち砕き、世界に再び平和をもたらしました。その時神の槍を逃れた魔族がエヴィルと呼ばれる者の正体です」
まるでファンタジー小説のような内容だが、これは恐らく事実の拡大解釈だろう。そうするとこの話の深部を理解する必要があるが、あまりにも情報が少ない。
そう考えると同時に私の口は自然と開いた。
「すみません質問いいですか?」」
彼女は、私の顔を見つめ「はい、どうぞ」と言葉を返した。
「この邪悪な鳥と言うのは、実際に鳥だったのですか?」
こう聖典の内容に突っ込んだ話をするのは、邪道のような気もするがまあ仕方がない。
「恐ろしい鳥の姿もあったそうですが、彼らが用いたシンボルが鳥であったという話もあります。あっそれとそのシンボルいまもエヴィルでは使われているそうですよ」
「そのシンボルと言うのはどんなものなのですか?」
その質問をした途端彼女は、口ごもった。
「あの……その、すみません。そのシンボルは最も邪悪なものとされていて、描く事が禁じられているのでその質問にはお答えできません……」
心底申し訳なさそうにする彼女に、自分がタブーに触れたのだと確信した。
「すみません不躾な質問をしてしまいました」
「いいえ、貴方は記憶をなくされているのだし、仕方がありません」
口元に手をあてた。
ふと疑問に思う。それは、現在のエヴィルの立ち位置だ。シンボルさえタブー扱いされているなら、彼ら自身はどうなのか?その戦いの後駆逐されてしまったのか?
「現在のエヴィルがどうなったか教えて下さい」
うつ向きかげんだった彼女は、不意をつかれたように一瞬ビクリと震えた。
「え?あっはい!現在のエヴィルですね。彼らは遠く西の地で国を作って暮らしている他に、奴隷として働いている者と、後は、隠れてひっそりと暮らしている者もいますね」
存在はしているものの、あまり良い立場ではないようだ。それにしても奴隷がいるとは、私達の時代から随分後退しているように感じる。まあ、私達の時代からどれほど時が過ぎたかは知らないが、私が存在しなかった時間に大きな変化があったのだろう。そんな時代に私の常識を当てはめるのは、野暮なものだが……。
「彼らの国の位置はご存知ですか?」
「海を挟んで西にあると聞いたのですが、すみません、それ以上のことは分かりません」
まだ謎も多いが教えてもらった事をまとめてみよう。
・過去に邪悪な鳥との戦いが起こり、それは強大な力を持って侵略を始めた。
・それに対抗するため人々は立ち上がるものの歯が立たなかった。
・そこを神は槍を使って戦いを終結させた。
・邪悪な鳥に加勢した者がエヴィルであり、彼らの使ったシンボルはタブーである。
恐らく他国との侵略お阻止した美談なのだと思うが、神の槍が何なのか分からない。
この話を聞いた限り、何を持ってアレンが私の事をエヴィルだと判断したのだろうか?
そういえば、アレンは私に部隊章が私の物であるか確認をした……。
どういうことだ!エヴィルのシンボルが部隊章と一緒だということか!?確かに鳥をモチーフにしたものだが信じ難い!どういうことだか訳が分からない!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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今後の参考にさせていただきます。