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自己満足の不安

彼を運び込んで二日がたった時、教会から彼が目覚めたという連絡が入った。教会としては、吉報として知らせたのだろうけど、素直に喜べない自分がいた。自分のあの行動は、正しかったのか、自信がない。人間と言えども、ただ捨て犬に手を差し延べるような、いきあたりばったりな、自己満足だったのかもしれない。 そう思いつつも、足は教会に向かってしまう。不安からなのか、助けた者としての使命感からかは分からないけど、彼を逐一見張らないといけない気がするのだ。


「ねぇ、本当に行くの?」


そう尋ねるアイシャの目に不安の色がある。アイシャも思っている事は、同じなんだろう。


「しかたねーじゃん、助けたの俺達なんだし」


「でもさ、あの人にあんまり関わらない方がいいと思う」


アイシャの言う事は、良く分かる。彼の存在は、恐らく俺の手に負えないだろう。だからと言って教会に丸投げするのも、後味が悪い。自分で種を蒔いた以上、万が一には自分でかたを付けなくてはならない。 俺は、腰に差したナイフをぎゅっと握った。


  「アイシャは、来なくていいよ」


  「そうゆう訳にもいかないよ、私も当事者だし」


  「じゃあ、何があっても驚くなよ」


  「?」


 疑問符を投げかけるアイシャに、俺は、何も答えない。仮に素直に答えたとして、アイシャは俺のやろうとしている事を良しとするだろうか?いや、しないだろう。アイシャは、優しいんだ。しかし、優しさというのは、裏側に甘さと言う厄介な者がついて来るのも確かだ。


  無意識に、教会に向かう足取りは、心臓の音と反比例し、重く遅くなっていく。逼迫した心境と辺りの穏やかな様子との差が、余計に自分自身を追い詰めて行った。教会はもう目前だ。


  「あら、さっそくいらしたのですね」


 毒気のない緩やかな口調で話かけてきたのは、この村で修道女を務めるモニカさんであった。彼女は、修道女だけあって優しく面倒見がいい。そのためか、俺達とそれほど変わらない年だというのに、周囲から、信頼され相談を持ち掛けられる程だ。俺なんか、いつまでたっても坊主扱いなのに……。                                             

  「まぁ、運び込んだの俺達だし」


  「ですが、その心がけこそ貴方の愛の証なのです。そして一人ひとりの愛が、世界を癒すのです。」

 

 そう言いながらモニカさんは教会の扉に手をかけた。

 愛か、むず痒い事を言ってくれるが、俺はそんな立派な事を考えていない。それどころか、その真逆の事をやろうとしているのかもしれない。

 そういえば、普段うるさいアイシャは、モニカさんの前では静かだ。なんでも、大人びたモニカさんの前だと、自分が子供っぽく感じてしまい形容し難い複雑な気持ちになるらしい。


 モニカさんを先頭に礼拝堂を抜け、宿舎へ向かう連絡通路を進む。その間、たくさんの修道女がせわしなく働いていた。彼女たちは皆例に漏れず俺たちの存在に気がつくと、その忙しい手を止め丁寧な挨拶をする。これは、教会としての方針なのか定かではないが、どうも俺には、このかしこまった対応のされ方は何時になっても慣れない。


 宿舎の板張りの廊下を進む。

細い廊下の両壁には、等間隔で扉が設置されていて、そのどれもが、ほんの少しだけ開けられ室内を覗かせていた。どうやら今日は、宿舎の清掃日で修道女たちが、忙しいのもこれが原因だろう。その光景は、普段礼拝堂にしか用がなくここに初めて足を踏み入れる俺にとって新鮮な光景であった。キョロキョロと周囲を見渡していると、服の裾が後ろに引かれた。当然引いたのは後ろにいるアイシャであることは明確だが一応目を向けた。なんとも怖い顔をしたアイシャの姿がそこにあった。小さくも今にも噛み付きかねない勢いで「大人しくしていなさいよ!」と聞こえたのは錯覚ではないと思う。俺の落ち着きのない挙動が、我慢ならないのだろう。だが、知ったこっちゃない。

 その後、眼力のみの戦いを繰り広げていると、モニカさんが足を止めた。反射的に、目を前に向ける。


  「さあ、着きましたよ。あら、お二人共そのような怖い顔をされてどうかなさいましたか?」


 すぐに顔を緩め笑顔を作ったが、恐らくその笑顔も強ばった不自然なものだと思う。現にアイシャはそうだし……。なんというか、二人共結局は、同レベルなんだな。


  「あっいや、その、大丈夫です!」


 しどろもどろに答えた言い訳は、なぜだか、アイシャの言ったそれと内容、タイミングともにピッタリだった。反射的に目をアイシャに向けてしまったが、それすらもアイシャの行動と被る。アイシャは一瞬顔を赤く染め泣きそうな顔をしたかと思うと、瞬時にうつむいてしまった。多分俺も同じ感じなのだろう。モニカさんも「あら、ピッタリ」とか言って笑ってるし……。


  「ふふふ、仲がよろしいのですね」

 

  「モニカさん、笑わないでくださいようぅ」


  「あら、ごめんなさい」


 そう言いつつモニカさんは、笑うのを止めない。なんかもう、恥ずかしさでおかしくなりそうだ。

そしてこの状況で、扉に手を掛けるモニカさんは、天然言うか、空気が読めない。まだこの惨めな姿を晒せと言うのか。


  「やあ、シャーロットさん、今日は、何やら賑やかですね」


 開かれた扉から、まず青年の落ち着きのある声が飛び出した。声の主は、運び込んだとき顔を確認しなかったが、イメージより若い印象を受けた。多分俺たちより、年は上で20歳半ばってとこだろう。窓際に置かれたベッドから上半身をおこしこちらをにこやかに見つめている。アイシャは、俺の服の裾を掴んだまま離さない。どうも感情の起伏が起こるとこのような行動をとってしまうようだ。


  「はい、この二人が貴方をここまで運び込んだアレンとアイシャです」


  「ああ、君たちが運び込んでくれたのか。本当にありがとう。ああ、それと、自己紹介がまだだったね。私、クリスティアン・ハウエルと申します。このご恩絶対に忘れません」

 ハウエルと名乗った男の始めの緩やかな口ぶりは、自己紹介になるとハキハキとしっかりしたものに変わった。彼の流儀なのかは分からないが、あんまり感謝しないで欲しい。俺の心は弱いんだ。これからやろうとしている事に、迷いが生じてしまう。


  「ふふふ、そんなにかしこまらなくて良いのに」


  「いや、彼らは私の恩人ですので」


  「そう硬くなっては、彼らも緊張してしまいますよ。それと私は、これから私用がありますので、この辺で失礼致します。あと、お夕食の時間になりましたら、お部屋にお持ちしますね」


  「ありうがとうございます。いつもすみません」ハウエルがそう言うとモニカさんは、部屋をあとにした。ハウエルは、歩けない程重傷なのか?まあ好都合だが。


  「貴女は、アイシャさんかな」


 アイシャは、うつむき消え入りそうな声で、「はい」とこたえた。そんなアイシャを俺は背で隠し、睨みを効かせた。


  「すみません、彼女はひどく怯えているもので」


 ハウエルは、まるで意外だと言わんばかりに、目を見張った。


  「あれ、何かしたかな?」


 その態度が忌々しい、自分が何者かわかっていないのか。だが、しかし、ハウエルが変わり者の旅人だと言う可能性も捨てきれない。だとすれば平和的解決も可能なのではないか?何にせよ確かめるほかわないが。


  「アイシャ、少し席を外してくれないか?彼と話がしたいんだ」


 万が一の場合、見苦しい姿を見せたくはない。しかしアイシャは、その真意を汲み取れる訳もなく、「なんで」と疑問を投げかける。


  「頼むから、理由は聞かずに席を外してくれ」


 アイシャは、半ば俺の声に押し切られる形で、小さく「わかった」と言い部屋をでた。俺は後ろ手で鍵を閉める

扉が閉められて数秒、沈黙が続いたかと思うと、ハウエルの方から口がひらいた。


  「それで、話って何かな?」


 俺はベルトに差したナイフをその鞘ごと抜き取り目の前につき出す。


  「これが、何だか分かるか?」


 ハウエルは、ナイフをまじまじと見つめた後、合点がいったような口ぶりで話した。


  「そのナイフ多分私のだと思う。君が見つけてくれたのか?あの洞窟で無くして諦めかけてた所だったんだよ」


  「そうか、じゃあこの紋章はなんなんだ?」


 俺は、ナイフを右手に持ち、左手で柄に描かれた紋章を叩いた。


  「ああ、それか、それは私達の仲間を示すもので―」


  「つまり、あんたの物なんだな」


  「ああそうだ、ナイフも紋章も私達のものだ」


 仲間を示す紋章、これだけでも十分すぎる情報だ。もうやるしかない。

俺は、ナイフを鞘から抜き取った。


  「アンタ個人には、恨みはないけど、すまないね」


  「!」


 彼に向けてナイフを振り下ろす。瞬間、ハウエルは素早く転がるように、それをかわした。ナイフの刃はベッドのシーツをとらえる。


  「一体なんのつもりだ!?」


  「あんたの正体は分かってるんだよ!」


  「何の事だ!?」


  「アンタエヴィルの者だろう!うまく潜り込んだつもりかもしれないが、俺は誤魔化せない!」


 何度もナイフを振るが、空気を捉えるばかりだ。本当に手間をかけさせやがる!だが、不思議な事にハウエルは避けるばかりで反撃してこない。


  「エヴィル!?なんのことを言ってるんだ!?」


  「しらばっくれるな!見苦しいぞ悪魔!」  


  「くそ!仕方ない!」


 ナイフを振り上げ下ろす。その瞬間、俺の右手首はハウエルに捉えられた。そして、俺の手首を激しくねじ上げる。手に力が入らない、まずい!ナイフを奪われる!そう思った瞬間、俺の右足は、宙に浮いた。瞬間背中に激痛が走り俺はあまりの痛さに目を固くつむった。

次に目を開けた瞬間、飛び込んだのは、絶望だった。俺を押さえ込んだハウエルが俺の喉元にナイフをあてているのだ。


  「えらく乱暴な挨拶じゃないか?」


 そう言うハウエルの瞳は、先ほどとは違いギラギラと輝いていた。


  「こんな状況だが、頼みがある。アイシャには手を出さないでくれ」


 もはやこれまでか……。ハウエルが何者か知っているのは、俺を除くとアイシャぐらいだろう。



  「君は、何か勘違いしてないか?」


 ハウエルは、ナイフを部屋の隅に放り投げ、俺を開放した。立ち上がり手を差し出すハウエルに訪ねた。


  「勘違い?」


  「ああ、エヴィルなんて知らないし、そもそもこの国のことすら良くわからない」


  「あんたは、一体何者なんだ?」


  「それは、君が信用にい値する人間だと判断してから話す。それと、ここでの事は、内密に頼むよ」


 ハウエルは、扉の方に目を向けた。扉から、激しく叩く音と共に、アイシャの声が聞こえる。何で気づかなかったんだろう。俺は、痛む背中を抑えつつ扉を開けると、勢いよくアイシャが飛び込んでこた。

必然的に、アイシャを抱きしめる形になり後ろに大きく倒れ込んだ。ただでさえ痛い背中に、またも激痛が!


  「何してたの!」


 痛みに喘ぐ俺の代わりに、ハウエルがこたえる。


  「ああ、彼は私が立ち上がるのに手を貸してくれたんだ。それでバランスを崩して転んでしまったんだよ」


  「あの、その……」


  「ああ……、ハウエルは多分……大丈夫だ。」


 痛みに耐えつつ、アイシャを安心させる。っといったものの本当にハウエルが安全なのかなんて分からない。もしかしたら化けの皮が剥がれていないだけなのかもしれない。だが今の事で、ハウエルが教会の教えにあるエヴィル像とは、どこか違う事が分かった。俺達が教会から教えられたエヴィル像は、とにかく残虐でずる賢く我等人間とは遠くおよばない存在だと言う事だ。だがハウエルがそれに当てはまるとは、思えないのだ。

  「あと、アイシャと言ったかな、君はもう気づいているかもしれないけど、君は、すごく愛されてるみたいだね」


  「?」


  「お前……ちょっと……」


 恐らくハウエルは、さっきの頼みかから察したのだと思うけど、ホント余計なことを言いやがる。

だけど、言われているアイシャ自信は何のことか、分かっていないようだ。それもそれで悲しいが……。

読んでいただき有難うございます。

できれば、感想をお願いいたします。

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