ネヴィルの村
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乾季を迎えたネヴィルの村は、葡萄の収穫に賑わった。
農夫達は、皆葡萄をもぎ取り傍らの籠の中へ丁寧に収めて行く。単純かつ辛い仕事ではあるが、農夫達の顔は笑顔に満ちていた。それもそのはず、雨の少なかった今年は、甘味の強い肥えた葡萄が取れたのだ。その葡萄で作られる葡萄酒や干し葡萄は、美味とされ上流階級の人々の舌を楽しませた。そして彼らによってもたらされる多額の富が、この地を潤し同時に最高級葡萄の産地としてブランドを確立していた。
「アレン!アレン!全くどこに行きやがった!」
穏やかな農場の空気を切り裂く一人の声。農夫の一人であるアルヴィンから放たれたその声に、周囲の農夫達は、一瞬動きを止めた。しかしこの光景もこの農場では日常のひとかけらであり、聞きなれた声でもあった。
「あっアルヴィンおじさん、こんにちは」
彼の声は一人の少女にかき消された。彼女はこの村でアイシャと呼ばれ皆に親しまれている少女だ。彼女は農場で仕事をする父親の元へパンを届けることを日課とし、同時に無意識の内に農夫達に昼の訪れを知らせていた。
「おお、アイシャ嬢ちゃんじゃねぇか」
線の細い華奢な彼女から伸びる長髪は、太陽の光に反射して金色の輝きを放つ。風に揺れる髪を抑え彼女は微笑んだ。その光景にアルヴィンの顔はしかめっ面を崩さずにはいられなかった。
「アレンまたどっか行ったの?」
先ほどから、アイシャ、アルヴィンが口に出しているアレンは、アルヴィンの一人息子のことだ。いつも仕事を抜け出してはどこかへ消えてしまうアルヴィンの悩みの種であるが、ノルマは確実に終わらせていなくなるため彼は息子に対してとやかく言う事もできず悩める一方であった。
「そんなんだよ、この忙しい時に一番の稼ぎ頭がフラフラして困ったものだよ。ああそうだ、あいつの行きそうな場所に心当たりはないか?」
ちなみにアイシャとアレンは、幼い頃からの友人関係、俗に言う幼馴染というやつだ。とは言うもののこの小さな村では皆幼馴染のようなものだが……。
「ん~分かんないな、でも一応探してみるよ」
数秒目を閉じて考えたアイシャの口から出たのは嘘であった。実際のところ彼女はアレンの居場所を知っている。しかしアルヴィンに対し真実を伝えたところで、その先に見える運命は明確だ。彼女にはそんな残酷なことはできないのだ。
「そっか、すまねぇが嬢ちゃん頼むぜ」
「はーい」
アイシャは、体をアルヴィンに向け手を振り歩みを進めた。それに対して彼はゴツゴツした大きな手を振り彼女を見送った。
俺は、幼い頃から探検が大好きだった。
誰しも幼い時には、見知らぬ場所に行き見知らぬものを触ってと探検に心を踊らせた時代があっただろう。しかし成長と共に大発見だと思っていた物はくだらなく感じ必死で集めたお宝は、手放してしまう。それが普通だ。皆子供から卒業し仕事や使命を与えられ、幼い記憶は所詮思い出と見切りを付けて忘れていく。その点今でも探検から離れることの出来ない俺は、周囲から子供を卒業出来ない出来損ないと見られるのは、自然な事だろう。
そもそも何故これほど探検好きかと言うと好奇心みなぎる幼少期に見つけた洞窟が最大の原因だろう。草木を切り分け見つけたその洞窟は、自然にできたにしては広く壁はツルツルと平で美しかった。奥に進む程その広さを増し、最深部は俺の家が丸々入ってしまうのではないかと言うほどであった。そこで見つけたんだ宝の山を、宝の山言っても金品財宝というわけでもなく正直言って鉄くずの塊でしかない。おそらく普通の大人であれば、鉄くずと見切りを付け農具や金品に変えてしまうであろうが美しく整列させられたそれを見た時、俺の心は教会や神殿に訪れた時のようにしっかりと掴まれゆっくりそれでいて力強く揺さぶられた。その感情は俗に神秘的というらしい。
そして俺のそこへ入り浸る毎日が始まった。始めこそ特に仕事の頭数に数えられてない幼少期の特権を使い毎日通い続けたが、成長とともに仕事を与えられそれが出来なくなった。仕事をサボる事も考えたが流石に家をたたき出される訳にもいかない。そこで、言われたことは確実に行うようにした。しかしその行為を親父は心良く思ってないようだが。
「アレン!やっぱりここにいた!」
聞きなれた声が耳にキンキン響いた。ただえさえ静かな洞窟での不意打ちな大声に気が遠くなりそうだ。
「ん?なんだアイシャか」
「なんだじゃないよ!おじさん怒ってたよ!」
俺は、お宝を弄る手を止めず片手間に聞いている。アイシャはそんな俺の姿にどうにも我慢出来ないような口ぶりで怒鳴り付けた。
「ん?いいよいいよ、怒らせとけって」
いつもの事だ、いちいち気にしてられない。それに俺は言われた事はやってるしどうせ残ったとしても、やれ仕事の効率が悪いだとか、やれもっと丁寧ににやれだとか、文句ばかり言われるだけだ。もう、うんざりだ。
「そんな事言ったっておじさんも大変なんだよ」
叱りつける相手がいない事がそんなに大変なのか?まったくアイシャはわかってない。
「だったら、お前が手伝えばいいじゃん」
反射的に言った自分の言葉に後悔した。アイシャにはアイシャの仕事があり、そしてそれは俺にも言える事、何より言い訳はしているものの仕事を行っていないのは自分であり、アイシャにそれ押しつけるように言うのは、お門違いではないのか?
「信じらんない!大体あんたは―」
しまった!アイシャの説教モードにスイッチが入ってしまった。こうなると平気で何時間も説教を続けてしまう。さて、これを先ほどの断罪と捉えて素直に説教を受けるべきか……。いや、誰しも本能的に辛い事から逃げるのが性だ。俺は本能に従おうと思う。だが、万が一アイシャが「もういい」みたいな事を言って立ち去るような事態になったら、俺は靴を舐めんばかりの勢いで謝罪をしていただろう。つまり、結局のところ俺は、いつものアイシャの態度に安心しきっていたのだ。
―となればこの状況を打破する方法はただ一つだ。それは強引にでも話を変えること。
「まあ、そんな事よりこれを見てくれよ」
「ちょっと、そんなことじゃなくて……」
アイシャの勢いが削がれた。さあもうひと押しだ。
「これさっき見つけえたんだけどさ、すごい切れ味がいいみたいで、ちょっと指で触れただけでこんなに切れるくらい―」
ギラリと鋭利に輝くナイフ、ここで見つけたものだが、こんな湿った場所にあった割には損傷や錆が見当たらない。誰かが落とした物とも考えたがこんな場所に来る人間が俺たち意外にいるとも考えられない。そもそもこのナイフ刃渡りが15cmといった所か?戦闘用にしてはいささか短いような気もするし、獣の皮を剥ぐにしても反りがない……。とまあ考察は置いといて、耳が痛くなる話から一刻も早く脱出する事が今は重要だ。
「嘘っ指切ったの?大丈夫なの?」
話を切られる。どうもアイシャは難敵だ。
「ちょっよ血出てるよ!」
アイシャが俺の手を取り大げさに言い放った。こんな場所に居れば怪我だってするし血だって出る。何より俺は人一倍好奇心があるのかどうしても見てみたい触って見たいと言う感情に支配される。事実ナイフで傷つけられた指先と、ナイフの切れ味を偶然ではあるが確かめられた事を比べれば、俺にとって断然後者の方が重要な事であった。
「大したことないよ」
「大したことあるよ!こういう小さな傷で死んじゃう事だってあるんだよ!」
そう言うとアイシャは、俺の指を自分の口元に持って行きおもむろにふくんだ。
よく幼い頃に母親にやってもらった事だが、今のそれとは全く違う感覚だ。指先が生温かく気持ちがいい一方、全身は雷に打たれたように硬直し、心臓だけがアップテンポなリズムでその使命をまっとうしている。そのお陰か俺の頭は正常な判断を失っているようで、アイシャが妙に可愛く感じてしまう。アイシャはもう無垢な少女ではなく、一人の女性であると今更ながら気がついた。ぎこちなく動く目でアイシャの瞳を見つめた瞬間アイシャは目をそらした。それと同時に俺の指を開放し、持ってきたバスケットの底布を俺の指に素早く巻きつけた。理解不能な感情が全身を支配する、心臓が痛く顔面が焼けるように熱い。
「あっありがとう……」
口から空気の抜けるような声しかでない。結局、アイシャに主導権を持って行かれてしまう。今の俺は実に滑稽だ。
「んで、今日の発見の話だっけ?」
アイシャが聞き手にまわった。頑固な俺は、話終わらないと帰らないと高を括ったのだろう。たまにこんな風に聞き手にまわってけれるが結局俺は、何時間も話てしまう。好きな事をやっているとどうしても時間を忘れてしまうんだ。しかしアイシャは決して楽しそうには見えないものの最後まで相手をしてくれる。
「そうそう見てよこのナイフ、良く研がれている見たいだし、そもそも何でできてるんだろう」
短剣とも違うこのナイフは、グリップ部分に反りが加えられていて手にすっぽりと収まる。俺は、アイシャから少し離れて縦横にと振り回してみた。ナイフ自体は軽く、扱いやすく感じる。そんな俺を見てアイシャが微笑んだ。
「楽しそうだね」
何だか自分が異常に子供っぽく見られているように感じる。まあ楽しいのは、ごもっともだが。
「ああ楽しいよ、ここに来るたびにいつも発見があるんだ」
アイシャが俺に浮かべる笑は、面白可笑しく笑うのとは違い微笑ましいものを見るような、なんとなく見下ろすようなそれと似ていた。
「でもさ、ここおかしいんだよ」
「?」
「物が増えてるんだよ」
そう、この場所は来るたびに物が増えて行くんだ。事実このナイフもそうだ。
最初は、前回の見落としかとも思ったが、来るたびに美しく磨かれた鉄製の杖とも槍とも取れる棒、見ようによっては工芸品にも見える。その他、箱に納められ均等に形が整えられた鉄片、極めつけは非常に巨大な鉄塊、これには目に見えて機関のような物が付いていたが、何なのかわからない。そしてそれらは、錆びているもの、鏡のように美しく磨かれている物まちまちだった。そんな風に次々に増えていった。
「それって、どういう意味?」
アイシャの顔が曇って来た。それは恐怖体験を聞いたようなゾッとしたような顔だった。
「文字どうりだよ、このナイフだって今見つけた物だし」
「見落としてたんじゃないの?」
「それも考えたけど、こんな湿った場所にあった割には、全く錆び付いてないんだ。」
「誰かが落としたとか?」
「こんな場所にわざわざ来る人が俺達以外にいるか?」
「……たしかに」
―ガッシャン!!
突然鳴り響いた音に二人で、身を屈めた。大抵の人間は身の危険を感じると、反射的に身を縮め危険を回避しようとする性質があると聞くが、まさに今それを知らしめるにい至った。
二人でお互いの顔をしばし見つめた後、ゆっくりと音のした洞窟深部に振り向く。眼前は相変わらずの薄暗さだ。目を凝らして見つめた先に何かが動いた。風の入らないこの洞窟で動くものと言ったら動物だろうか?そして、この場での正体不明な現象は不気味さを一層深いものにしていた。
「何だろう……動物かな?」
アイシャの姿と声は縮み込み先ほどの覇気は感じられない。その姿は、いっぱしの少女のようで、無償に保護欲に駆られる。一方の俺は、激しく心臓を脈打たせていた。それは恐怖心や、アイシャの姿を見たせいもあるが、好奇心から来るものも原因の大部分を占めていたのは確かだ。何にせよここで起こることは、どんな些細な事でも、不思議と特別な事に思えたんだ。
「見に行ってみる」
傷を負っていない右手でナイフを持ち、音のした方に向けゆっくりと歩みを進める。その時アイシャは、俺の左腕の裾を掴んで言った。
「ちょっと、危ないよ……」
アイシャは、いつものような威圧的な物言いとは違い、しおらしい声で注意を促した。そんな俺は、「大丈夫」と一言言いその歩みを止めない。アイシャは、俺の裾を掴んだまま片手にカンテラを握り付いて来る。カンテラが放つ光が小刻みに震え彼女の心情とリンクしていた。
カンテラが徐々にそれを映し出す。
「人……か?」
それ何かの正体は、体格から察するに男性だろうか、そして力尽きてしまったのか微動にしない。俺は、死体と直面しているにも関わらず妙に冷静だった。それがもし腐乱、あるいは白骨していたりすれば、俺は大声をあげ腰砕けとなっていただろう。しかし、それの肌は薄汚れてはいるものの、まるで生者のように美しく血色のあるものであった。
「何?……人?」
アイシャが俺の影から顔を出し、一瞬驚いたように目を見張ったものの、その姿は実に落ち着いたものだった。すぐさま彼の前にしゃがみ込み、ゆっくりと手を伸ばす。アイシャは何を思ったのだろうか?死体に手を伸ばすなんて……。
それにしても、彼は不思議な姿をしている。頭には鉄兜を被り、胴には重そうなベスト、そして腰にもジャラジャラと道具を括りつけていた。さらにその腕には、ここで良く見られる槍とも杖とも見える1メートル足らずの異様な棒が抱えられていた。その異様な姿は、同系統の色で統一されており周囲の景色と同化している。それは先ほどの俺を見事に欺き今に至っているわけだが。
アイシャは一瞬躊躇するように動きを止めたが、すぐさま彼の首元にゆっくりとその手を当てた。
「生きてる……生きてるよ!」
アイシャの言った言葉は、俺にとって信じ難いものであった。いや俺は、彼が生きている事を恐れていたのかもしれない。彼の姿かたちはもちろんの事、俺達のみが知っているこの場所を誰かに踏みにじられるのは、恐怖だったのだ。
「いや、そんな事は……」
恐る恐るその頬に手を伸ばす。生暖かい、いや熱すぎるくらいだ。これは、何らかの病に蝕まれているのか、はたまた人ならざるものなのか、今の俺には判断がつかない。何にせよ生きているとしてもこの場に放置したら確実に死ぬだろう。
―ゲホッ!ゲホッ!
彼が突然咳き込んだ。同時に俺はだらしない短い悲鳴をあげ、大きく後方に吹き飛んだ。一方のアイシャは、一瞬ビクついたものの、ほぼ微動にしない。その両者の比較は俺にとって他言出来ないほどの汚点であることは、明確だ。
「だらしない……」
「うるせいよぅ!」
アイシャがため息混じりに言った一言にそんな言葉しか返せない。あまりの情けなさに視界が曇る。
そんな俺の虚勢を尻目にアイシャは、彼の腕を自分の首に回し、自分の腕を彼の腰に当て力いっぱい持ち上げようとした。しかし、重装備なうえ湿った服を身につけた男の重量をアイシャの華奢な体が持ち上げられるはずが無く、ビクともしない。
「変われ」
この健気な姿をただ見つめてるだけなんて事は俺には出来ない。っとまあ、思ったものの本心は先ほどの汚名を晴らしたいだけなんだと思う。
とりあえず俺は彼の腕から槍を引き剥がした。正確には、彼の腕からこぼれ落ちたのを受け取ったと言ったほうが正しいのかも知れない。そういえばこの槍中間辺りから後ろにかけて紐でつながれていて肩に掛ける事が出来るようだ。冒険者や傭兵がこのような紐でつながれた鞘に剣を納め背中に背負っている姿を目にしたことがあるが、これもその類なんだと思う。
俺は槍を肩に掛け、ジャケットを外しにかかる。
「ちょっと、何してるの?」
アイシャが俺の肩を掴み荒っぽく引っ張った。どうやら俺が追い剥ぎをしようとしてると勘違いしているようだ。俺は欲望に素直だが、人間的道徳心は持っているつもりだ。
「待て待て!こんなの着てたら背負えねーだろ!」
アイシャは恥ずかしそうにしゃがみ込んだ。実際に見てはいないが、その顔はおそらく真っ赤だろう。 俺は黙ってジャケットを外しアイシャに手渡した。アイシャは大きく姿勢を崩したがなんとか体制を取り戻した。
「重い……」
それもそのはず一見布製に見えるこのジャケット、見た目とは裏腹に、鉄でできている鎧のように重いのだ。彼はこんなものを着てここまで来たのか?
「せえのっと」
彼をなんとか背負い右手にカンテラを掴んだ。それにしても、そこまで大男でもないのに無茶苦茶重い。まだ何か持ってるのか?
一歩一歩進む、普段の道も彼のせいで凄まじく長く感じる。出口から差し込む光が徐々に大きくなりゴールの訪れを告げた。
「え……何これ……」
アイシャの声が小さく背後で聞こえた。静かだがどこかその声は穏やかでない。俺は振振り返らずにはいられなかった。
アイシャは、持つのも一苦労していたジャケットを放り投げ後ずさる、しまいには尻餅をついてしまった。過去に俺はこれほどに動揺をしたアイシャの姿を見たことがない。
「どうした?」
「こないで!」
アイシャに近づこうとした瞬間そう言われた。俺なんかしたか?少し傷ついた。
「いやアレンはいいの、でもその人置いて!」
俺のせいではないようだ。だけど意味がわからない。一体なんだというんだ?
「だめ!近づかないで!」
アイシャは、ひどく怯える一方だ。だからと言って自ら助けようとした人物を拒絶するのは、あんまりじゃないのか?
「しっかりしろよ!一体どうしたんだよ!」
アイシャを怒鳴りつけてしまった。俺にはどうしたらいいのか分からなかったんだ。アイシャは、肩を上下させ必死に息を整えようとしている。
「ごめん……ちょっと驚いちゃっただけだから……」
その声から錯乱状態から脱したように感じるが未だ息は落ち着かない。
「何があったんだ?」
「こ……これ見て」
アイシャは、投げ捨てたジャケットを拾い上げ俺に近づけた。
「なんだよ?」
「ちゃんと見てよ、この紋章!これって教会での話に出てくる紋章だよね」
目を疑った。俺は、この紋章を知っている。いや、この世界に住む全て人が知っているかも知れない。これは、あまりにも有名であり、最も邪悪なものなのだ。
―邪悪な鳥が降り立つ時魔族が世界を染め上げる。聖なる者は倒れ神の嘆きを受けた彼らの魂は白き神の槍となり邪悪な鳥を打ち砕く―
これはこの世界に伝わる神話の一部だ。邪悪な鳥は、悪魔なのか、動物なのか、はたまた人なのか、俺には分からないが、その邪悪な鳥と言われているものは、一律して鳥の描かれた紋章を身に付けていると言われている。そして、その紋章を身に付けているのは、魔族と称されているエヴィルの人間だけだ。そんな紋章が彼のジャケットに描かれているのだ。
「まぁあれだ、こいつはこれが格好良いと思っているアウトローなんだよ」
アイシャにそう言う一方、内心穏やかでない自分自身にそう言い聞かせた。大体これは、少なくてもこの国最大のタブーであり無法者でも用いたりしない。
「でも、こんなの付けてるんだよ……普通じゃないよ」
「こんなに弱ってるんだし、何もできねえよ。それに、こいつが何であろうと見殺しする事は神様の教えにはないだろ?」
「そうだけど……」
「見捨てる」その選択も正しいのかも知れない。だけれど俺にはそれが出来なかった。優しいと言えば聞こえが良いが、単に甘いだけなんだと思う。それ程にこの紋章は危険な存在と教わっている。
「そうだ、それ村の人に見つかると面倒だから、隠しとけよ」
「わかった……」
さて、どうしたものか。俺にもアイシャにも人一人扶養する余裕なんてないし、それはこの村全体に言えることだ。浮浪者や旅人の保護と言ったら教会が適切か?しかし彼は、教会と相反する者の可能性が高い。万が一にも調べ上げられ、例の「邪悪な鳥」であった場合はどうだろうか?最悪都市部に渡され処刑になるかも知れない。最低でも治療は受けられなく、死は避けられない。いや、パニックになれば、もしかしたら……。
俺は、彼をゆっくりと地面に仰向けに寝かせ、ナイフを取った。
「なあ、アイシャ……人間って簡単に死なないよな?」
「何考えてるの……」
「ごめん!」
彼の肩にナイフを振り下ろした。刹那、嫌な音と感覚が腕に伝わる。ナイフは肉を裂きジワジワと地面を赤く染める。
「アレン!何してるの!?」
「教会に行くぞ!」
彼を再び背負う。背中に伝わる血が生ぬるく気持ちが悪い。
「質問に答えて!」
「走りながら答える!」
アイシャには悪いがもたついてはいられない。自分でやった事だが、彼には確実に死が迫っている。
洞窟を抜け草木を分けつつ口を開く。
「血まみれの人間と、無傷の人間、驚くのは無論前者だ。教会をパニックにして素性を調べられる前に、治療を受けさせる。治療さえ受けさせれば、教会としての面子もあるから追い出したりしないだろうし、こいつが目覚めた時に負傷してれば、満足に暴れたり出来ないだろ」
「でも、もっと他の方法が―」
「ゴメンな、俺にはこれしか思いつかなくてさ」
さっきまで歩くので精一杯だったが、不思議と今は走る事が出来る。火事場の馬鹿力というやつか?
草木が開け、教会の鐘が見えてきた。
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