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2の刻印

「旦那様、何をなさっているのですか?」

 部屋に入った悠莉は鼻に刺す異臭に顔をしかめた。薬品のにおいが充満したこの部屋は換気はされているようだが、匂いがするのは変わらない。部屋の奥、様々な薬品や古今東西の医学書が並べられた本棚の奥に男がいた。男は数十の試験管に様々な薬品を入れては三角フラスコ内で混ぜている。机の上には薬品類の他にページの開かれた本が一冊と植物の葉が数枚、そしてこの世界では辺境の地、ノイタニアにしか育ってないと言われるライチィの実が置いてあった。ライチィの実は青緑色の堅い皮に包まれたテニスボールほどの大きさの果物で皮を剥けば淡いピンク色の果肉が顔を出す。種は真ん中に大きいのが一つだけある。味は甘いがしばらくすると舌が異様な痺れを起こすという食用には向かないものだ。


 男は、悠莉のほうを振り向いた。保護眼鏡とマスクを外し、実験をいったん中断する。


「あぁ、ちょっと新薬の開発をな。地上だと、『水銀の涙』が流行り始めたみたいだし。いつここに飛び火するかも分からねぇからな」

 『水銀の涙』、世界三大病の一つで、『メデューサの呪い』、『異常アブノーマル』に並ぶ危険度だとされている。体中に痛みが走り、涙が出てくるのだがその涙が外部の空気に触れると水銀のように光沢を帯びた液体になり、やがて固まって瞬きできなくなり失明するという病気だ。数百年に一度のペースで流行るこの病には特効薬がまだ開発されていない。もし、薬が開発されれば数億円というお金が手に入るだろう。


「そうですね、旦那様。私はともかく他の『奴隷』のみなさんは皆が皆、病気に免疫がある方ばかりではないのですしね。流石、旦那様。いつも、旦那様は私達、『奴隷』のことを考えてくださり感謝しています」

「う、急にどうした照れるじゃないか」

 男はいつもより素直な悠莉に、恥ずかしさを誤魔化すように実験を再開した。悠莉に背を向ける男の耳は赤くなっている。


(もう少しからかってみましょうか。)

 悠莉は部屋の奥へ進み出す。床には無造作に本が散らばっており、床の9割ほどが隠れている。僅かに出来ている足の踏み場を辿って、男の後ろに回り込んだ。音を立てずに背後に回り込んだ悠莉に男は気付く様子は無い。悠莉は背後から男の様子を伺い、実験が一区切り着いたのを見計らって男の首に腕を絡めた。男の白衣越しの背中に胸を押し付けるような形だが、悠莉はお構いなしだ。柑橘系の香りが悠莉の鼻腔をくすぐる。


「ちょ、おま、何やって!?」

 突然の出来事に男は声を荒げ、動揺を露わにするが、むやみに動けば薬品を零してしまうかもしれないため、力付くで振り払うことはできない。それをいいことに悠莉は更に密着を計る。男の正面に交差されている手で男の胸板を服越しに触る。妖艶にその指先を触れるか触れないかぐらいの距離感を保ちつつ、這わせる。男の耳にふぅーと風を送れば、ビクッとする様子を悠莉は楽しむ。もっと、もっとと思い、悠莉が頬を擦り付けようとすると、


「……悠莉、発情しすぎ」

 その男からの一言で、悠莉の動きが固まった。先ほどまでの妖艶さなど今はなく、背中には悪寒が走り、額からは冷や汗が出ていた。柔らかな肢体は今は緊張でがちがちに固まり、空いた口は塞がらないとばかりにぱくぱくと金魚のようになっている。その表情は子供が怒られている時のような表情だ。


「いくら俺がお前の能力を引き継いでるからって、効果覿面すぎるだろ。少しは耐性を……あー、それが無理な能力だから俺は悠莉を求めたんだけどな」

 男はニコニコと笑いながら、自身の首に巻きついている悠莉の腕をやんわりと解く。奴隷システム規約7、主人は奴隷の能力をすべて共有することができるにより、男は悠莉の能力を100%使うことができる。


 腕を解かれた悠莉は顔を真っ赤にして屈辱と怒りに震えていた。自身の能力によって行ったのかもしれない行動に対する屈辱、そしてなによりも、旦那様に対する自身の気持ちを能力によって引き出されたものと言われた時、胸にはどす黒い感情が沸き上がり始めていた。自分の気持ちは偽物で、紛い物だと言われたようだった。旦那様を慕い、恋したあの日の出来事さえも自分の意志では無いと、あろうことか旦那様に断言された様で冷静になれなかった。心のど真ん中に杭を打ち込まれた感じだ。


「……な……か。」

「どうした?悠莉」

 小刻みに体を震わせ、握り拳をした手は痛いほど爪が食い込んでいる。下唇を噛み締め耐えているのだが、堪えきれない雫が頬を伝う。ひくっ、と嗚咽を漏らす音で男は悠莉に気が付いた。


「旦那様の馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」

 悠莉は叫ぶや否や、床に落ちた本を気にせずに一目散に部屋から出ていった。バンと乱暴に閉められた扉が軋む。

 残された男は暫し、呆然としていたがやがてはぁ、と溜息を吐くと「やめだ、やめ」と言い、実験器具を片付け始める。たが、先程の言葉が響いていたのか、心ここにあらずと言った感じで、三角フラスコを落としてしまい、床に破片が散らばる。


「はぁ~」

 再び深いため息が部屋に響き渡った。



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