プロローグ
「姫様が逃げたぞ。追え!!」
私が飛び出た部屋からしわがれた男の怒鳴り声が聞こえた。その怒声の命令を聞いて、すかさず部屋の外で待機していた兵隊さんが動き始めるのを私は背後から聞こえる足音から察しました。
私は止まらず走り続けた。角を曲がるときに、置いてあった高そうな壺に当たり、落下して割れる音がするが、そんなことを気にしている場合じゃない。背後からは複数のドタドタという足音だけが響いていた。赤絨毯が敷かれた廊下を滑らないようにほんの少し気を付けながら走る。天井に吊られたシャンデリアを輝かすほどの太陽の光が差し込んでいるのに、私の心はどんよりと曇っている。
出口が見えたので私は迷うことなく飛び出る。紅いレンガを両端に敷き詰めた幅十メートルもある道が迎えてくれていた。その周りには芝生が敷き詰められており、私はそちらに身を移すことにした。芝生には木々が植えられており、それだけである種の森を連想させて隠れるのにはうってつけの場所だと思う。
振り返ってみると立派な城とこちらに向かってくる手に槍を持った兵隊さんが見えた。鬼ごっこですか。いいえ、私、絶賛追われています。
もう気分は最悪。とっさに部屋から飛び出してきましたから裸足の足で駆け回るのは痛い。それにこのドレス、膝下まであってふわっと外に膨らんでいるこのデザインはとっても可愛いのですが、走っている今では邪魔になって仕方ありません。
うぅ、後ろからは兵士の皆さんが凄い形相で追っかけてきてますし、心がへし折れそう。涙目になってきました。
えっ、何で追われてるかって?それは私がこの国の姫だからですよ。それもただのお姫様じゃないんです。なんと、わたし異世界からやって来たんです!!
『地球』ってところから来たのですが、この世界の人たちはどうやら私の元の世界のことは知らないみたい。でも、地球から来た私はこの世界ではなぜだか『異性』から好かれまくってる。理屈は分かりませんが私から出てるフェロモンがこの世界の男性は好きみたい。地球にいたときはこんなことなかったんだけど。
ともかく私はこの世界では逆ハーレム状態。ハンサムボーイたちに囲まれて幸せな日々を過ごしていましたのに。まぁ、私の大人の色気ってやつ……ごめんなさい。そんなに色気ないです。
この世界に来て二年目、初めて来たときは高校一年。高校デビューをしていなかったから、髪は少しウェーブのかかった黒のセミロング。まだ一度も染めたことは無い。この世界では黒髪は珍しいらしい。
顔は少し童顔。綺麗系より可愛い系に入ると思う。背も低めで150cmぐらいしかないのもそんな印象を強める原因みたい。
まぁ、それはそれとして少し疲れてきくる。流石に地球にいたころはサッカーをやってて、体力あったけどこっちの世界に来てからは姫様、姫様と温室でぬくぬくと甘やかされたおかげでろくに運動なんてしていません。こんなに走ったのは地球にいたころ以来?
って、なんで私追いかけられてるんだろうって思い出したら何だか腹が立ってきた。それもこれも全部『奴隷システム』のせいだ。つい先日から施行されたこのシステムのおかげで、私を奴隷にしようと大臣や兵士たちが反乱、もう嫌になっちゃうよ~。私を奴隷にして国を乗っ取ろうとしているのは分かるけど、こうも早く行動に移すとは思わなかった。というわけでさっき大臣に無理やり奴隷にされそうになったのを何とかして逃げ出してきて今に至るというわけ。捕まったら奴隷にされてしまうので捕まるわけにはいかないのですが、もう足が限界だ。乳酸が溜まって足がパンパン、膝が笑い始めてる。
「も、もうだめ~」
角を曲がったところで力の抜けた足は膝から崩れ落ちた。ふわっと倒れる私は来る衝撃に備ようと歯を食いしばる。だが、それは待てども待てどもやってこず代わりにポふっというクッションに飛び込んだような感じと柑橘系の香りが鼻孔をくすぐった。
薄れゆく意識の中、
「君が悠莉姫?」
多分、男の人の声だろう。顔を上げるが視界に靄がかかったみたいではっきりと見えない。いきなり出てきた自分の名前に最後の力を振り絞り頷いたところで私の意識は無くなった。