平和の亀裂 ⑤
シティでの一件から数日たった夜。彼らの警戒も空しく何も来なかった。ここ数日はアヤトとマオで交代で寝ずの番をして、ジャンク品ではない正規品の銃器を購入し、襲いにくるかもしれない見えない敵とにらみ合っていた。流石に限界が来たのか、今日は三人とも眠っている。マオとミリアは同じ部屋。アヤトは一人離れた部屋。しかし床に就いて二時間。アヤトはまだ眠れずにいた。
ふいにすぐ隣で気配がした。物音を立てずに、こちらに近づいてくる。身体が硬直する。
窓の外からの気配がなかった。
どこから来た?
いつの間に?
何人だ?
俺を殺しに来たのか?
アヤトは銃を構え、近づいてきた気配に銃を向けた。
「……あっ……ごめんなさい。驚かせちゃいましたか?」
そこにいたのはミリアだった。敵じゃなかったことにアヤトは胸をなでおろす。すぐに銃を下ろし、「すまん」と謝罪の意を述べた。
「いいですよ。こちらこそです。……やっぱり、眠れてなかったんですね」
「あぁ……まぁな」
眠いことは眠いのでさっさと眠りたいんだが。というニュアンスを含め、アヤトは困ったように笑った。ベッドに座るようにしてミリアと対面し、彼女にも「座りなよ」と声をかける。
ベッドに腰掛け、しばらく沈黙が続く。そしていきなりミリアが口を開く。初めてミリアが目覚めた時と同じだった。
「わかってるんです。私のせいだって……ごめんなさい」
ミリアはしゅんとして申し訳なさそうにする。
「謝らなくていい。君のせいじゃない。こんなとこじゃ、訳の分からないような奴らが訳もなく襲ってきたりする」
アヤトは笑いながら言った。ミリアはもう一度「すみません」と付け足すと、自分の足を両手で抱えるようにして縮こまった。
「……優しいですよね」
「えっ?」
完全に不意を突かれ、アヤトは純粋に驚いた。優しいなんて言われたのは初めてだった。マオに言われたことがあるかもしれないが、それとは全く別の言われ方だった。
「そんなこと、言われたことなかったな」
「マオさん……あ、いっつもは『マオでいい』って言われてるんですけど。……マオさんも、アヤトさんのこと、『優しい奴だ』って言ってますよ」
「……そうなのか……」
自分ではよくわからなかった。こんな街で、政府に抗いながら生活しているような人間にそんな形容ができるなんて。何年も薄汚れた街で過ごしていて、いつの間にかそういう感情から遠ざかっていると思っていた。
「あの……聞いてくれますか」
感傷に浸っているとミリアがさっきより近づいて、話しかけてきた。目線の先を遠くして、少し怯えたように肩を震わせていた。構わないといった調子でアヤトは頷く。
「最近、夢……? を見るんです」
「夢?」
「私が、『眠る』前の夢……でしょうか。とても現実味に帯びた、生々しい夢なんです……」
眠る前。それは戦時中の記憶なのだろうか。
記憶の底にある恐怖が湧き上がってくるのをミリアは感覚していた。
「私はお母さんとお父さんに抱かれてるんです。それはとっても幸せで……長い間そうしていると突然辺りが寒くなってきて、そうしたらもうお母さんやお父さんはいないんです。私は白いカプセルに閉じ込められて……私は出ようとするんですけど、すぐに真っ暗になって……」
眼を虚ろに開いたまま遠くを見つめるミリア。あまりの恐怖にこれ以上言葉が出ないのか。アヤトはいつの間にか寄り添っているミリアを拒まなかった。
たった一人、殻の中で眠るのはどんな気持ちだろう。
それは途方もない『孤独』なのだろう。
冷たい闇が辺りを支配して、ふいに訪れる凍結。
例えいつか目覚めたとしても、そこには知っている人間なんていない。
永遠の孤独。辿り着いた結論がそれだった。
「君は連れ去られたりしない」
力強くそう言った。決意というより、断言だった。
「俺達が守る」
ミリアがこの時代に頼れるのは俺とマオだけなのだ。そう思うと、不思議と使命感を感じていた。自分が納得できる言い訳を作れた気がした。
「アヤトさん!」
突然ミリアが声を上げた。その顔は緊張と恐怖で強張っていた。微動だにせず何かを聞き取ろうとするミリア。迫りくるそれを最初に察知したのはミリアだった。
「アヤト!」
扉を開けマオが部屋に入ってくる。
「誰かが、それも大勢、建物の階段を上ってきてる」




