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平和の亀裂 ④

「なんだったんだ奴ら! 誰に頼まれたんだッ?」

 シェイドヒルまで逃げてきた三人は肩で息をしながら口々に言った。八つ当たりするようにアヤトに疑問をぶつける。

「政府の連中でないとすればヒルの人間か? それならなんで俺達を狙うんだ?」

 ミリアをあそこから連れ出したのを知っているのは俺達ぐらいだ。それともあの場所に政府の人間以外の何者かがいたのか?

 仮にそうだったとしても、こんな少女に何の価値があるんだ? 娼婦の買収などはヒルでも行われているが、何故ミリアである必要がある?

「私、迷惑……でしょうか……?」

 ミリアがアヤトを見つめながら申し訳なさそうに言う。すかさず息を切らしながら

「大丈夫だ。君の問題じゃない」

 と返す。

「家は大丈夫かな……」

 らしくもない弱気な態度を見せるマオ。その態度を珍しく思うと同時に、こちらまで不安になってきた。

「……大丈夫だ」


 根拠のない返答。不安を振り払うように早歩きで薄暗い裏路地を家に向かって歩く。すれ違う男や女が全員、アヤトには敵に見えた。忘れかけていたスラムの恐ろしさを思い出す。


 どこから自分の情報が漏れ、どこから刺客が来るかわからない。誰かから見れば、自分はただの青年かもしれない。逆に誰かから見れば、自分はただの獲物でしかない。次に通る暗がりから男達が束になって襲い掛かってくるかもしれない。


 どのような陰謀が渦巻いているか掴めない。それがこの街なのだ。アヤトは周りを取り巻く危険な匂いをはっきりと嗅ぎ取った気がした。その匂いを敵が嗅ぎ取る前に、こちらが行動を起こさねばやられる。確かにそう思った。


     ◆


 ビッグフィラメントを囲むようにC字型の建造物。警官隊本部、保安部隊本部、情報管理局本部、その他いくつもの政府組織が集合した施設。その一角に極秘エリアという物が存在した。限られた人員のみ進入が許されるその場所にある特別指令室。


 壁を作るように積まれたいくつものモニター。そこから発せられる光だけで照らされた薄暗い部屋に数人のスーツ姿の男。その中でも一際眼光の強い金髪の男が部屋の中央のパイプ椅子に座り、チカチカと乱れる映像を眺めていた。モニターには男達が2人の少女と


 青年を追いかける映像が流されていた。

「次はこっちです」

 スーツ姿の男が機械を弄り、モニターを切り替える。細い路地が映る。画面左端から少女二人が走り抜けていき、それを追うように青年が駆ける。青年が映った次の瞬間、画面が真っ白になり、見えなくなる。もやの中で大柄な黒い影がもがく。

「結局なんだったんだ?」

 機器を操作し、巻き戻す。先の映像を低速再生すると、青年が水筒のような物を落としたのがわかる。そこから光が発生し、映像が乱れる。

「現場には金属片が落ちていたらしい。恐らく、手榴弾の一種だと鑑識は言っている」

「追われていたのもヒルの人間か?」

「恐らくな」

「全く……」

 呆れたように言う。このようなことは少なくないとでも言いたげに。男は苛立ちを紛らわすため、ポケットから煙草を取り出す。咥えたところで相手の様子を伺い、気にする様子を見せないので火をつけた。

「ヒルのチンピラが街に出てきたんだろう? そんなことでいちいち俺を呼ぶんじゃねぇよ。そもそも、この追ってる男達は捕まったんだろう? この若いのは捕まってないみたいだがな?」

 周りの男たちを馬鹿にするようにニヤリと笑い、煙草の煙をモニターに映った青年に吹き付ける。


 街中で暴れた男4人を拘束したとの話は施設内放送でリアルタイムに確認した。興味本位にその男達の取調室へも行ったが4人とも涙と鼻水で喋れる状態ではなかったが。そして上の人間が先日、自分の管轄外であると告げてきた。


 誰も口を開かないのを確認して、また他の男が口を開く。男の胸には金の縁で彩られた警官隊のエンブレムが飾られている。警官隊の上士官である証。


「後の『調査』によって先日の事件で捕まった四人は誘拐屋だと分かっている。誘拐の目的については一切知らされず、ただ金を受け取って、ターゲットであった少女の誘拐を依頼されたそうだ。雇い主については裏の情報ルートを介して通じてたらしい。ここまで聞けばただの誘拐未遂、それと危険物所持の違反だが……」


 そこまで言って士官の男は咳払いをした。そしてもう一度息を大きく吸い、続けた。

「問題は……この女だ」

 モニターを操作していた男が画面を切り替え、逃げていく二人の少女を映し、肌の白い少女の顔を拡大する。

「どうした? 『この女と店で会いました』とか言うのか?」


 煙草を吹かす男は茶化すように言った。その態度に周りの男の一人が奴を黙らせようと

したがもう一人の男が止めた。その様子も視界の端に入れ、自分に手を出せないことを確認すると、情けなく思ったのか愚かしく思ったのか男は満足げにニヤついた。


 明らかに周りの男達は彼より上の人間だが、男はこれぐらいでは職を下ろされないとわかっているような余裕があった。


「……この女の身元が確認できない。監視センサの映像解析などから市民データベースや『過去』のコールドスリープ記録などと照合したようだが、それらしき人物は特定できなかったそうだ」


 その言葉に男は眉をひそめる。

「どういうことだ」

「『外部』の者である可能性がある、ということだ」

 他の男が述べる。


「数日前、調査前の地区で『過去』の研究所の一つが倒壊したのが観測されていた。調査隊を派遣し、生きている端末を探し出し、その研究内容の解析をしたところ……例の施設だと分かった」


 そこまで聞き、男はようやく自分がここに呼ばれた理由に勘付き、同時に自分の『役目』を思い出した。男はにやりと笑みを零し、瞳に煌々とした光を灯していた。

「……成程な」

 それだけ言うと男は立ち上がり、吐き捨てた煙草を靴底で揉み消し、部屋を去ろうとした。扉に手をかけたとき、慌てて男を呼び止める。

「今回の任務は殺しじゃない。あくまで平和的な解決だからな?」

 声を荒らげて忠告する警察士官に男は残忍な笑みを浮かべた。

「許可証は出るんでしょう? 士官殿……?」

 突然紳士的に振る舞うその男にその場にいた人間は震撼した。全員が全員、男の趣味を知っているのだ。

「……趣味と仕事を混同させるな、ライヤー」

 念を押すように言ったその言葉に気にした様子もなく、ライヤーは部屋を後にした。彼はこれから始まる宴を待ちきれないという様子で廊下を歩き去って行った。

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