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平和の亀裂 ①

 戦後、世界の再生拠点として作られた街。地球上で唯一戦前の技術レベルを残した文明の集合体、スフィアシティ。


 ドーム状のガラスに覆われた街は寒冷化した外界と壁を作り、人々が快適に過ごせる環境を作り出した。空に向かって芽を出すかのように街に点在するビルディングの中心にある一際高くそびえる二つの建造物はビッグフィラメントと呼ばれ、建物を跨ぐように設置された巨大な発光器が眩い光を発している。その光と熱により、スフィアシティ内の気温は温暖に保たれているのだ。また建物の地下には巨大な情報貯蔵庫があり、そこには人類の英知であり罪である『科学技術』が大量に眠っている。地中深くまで続くそれは成長し続ける技術とそれによる地球の生態系への傷の深さを表しているようだった。


 スフィアシティから一歩外に出れば、開拓民の居住区域が広がっている。荒廃した土地を再生するためには人員が必要だった。収集された人々の手によりビッグフィラメントを建造され、そこを中心に荒廃した土地を開拓していった。今も開拓作業は続いている。

 スフィアシティを囲むように広がった開拓民達の街。その一角に唯一、土地の傾斜や密集する建物のせいでフィラメントの光が少量しか届かない場所が存在する。


 常に光の当たらぬ暗がりの場所、シェイドヒル。いわゆるスラム街であり、貧困層の人間やならず者の溜まり場。違法な薬物や禁止されている兵器技術や銃火器そのものの売買が行われている。とくに政府の警官隊以外でこんなにも多くの銃火器を保有する場所はここぐらいだろう。何故それだけの物が手に入るかと言えば、未開拓の土地、『過去の土地』からジャンク品を集め、そこから新たに火器を製造するからだ。いくら箱庭の中で技術情報の管理を徹底してもその中から出ればいくらでも手に入る。そこに眼をつけ、商売にしているのがシェイドヒルを中心に活動する『ジャンク屋』と呼ばれる人間たちだった。


「相変わらず景気がいいな。あそこは」

 窓からシティ内にそびえ立つ巨大な建造物を見上げ、マオがぼやいた。空に渦巻く鉛色の雲を照らし、その光を徐々に地上へ広げている『太陽』の動きを眺めていた。

「まだこの時間は寝ていたいのに、光のせいで目が覚めちゃうんだよ」

「まだウチはいい方だろ。光が一切当たらない場所だってここにはあるんだ。確かにいい加減カーテンを新調したいけどな」

 そうは言ってみたが、大して気にもしていない。そんなことより、今抱えている『問題』のことで頭がいっぱいだった。

 コールドスリープの状態からいきなり乱暴な扱いを受けたし、崩壊した建物の粉塵を吸って呼吸器がダメになっていないかだとか、様々なことを考えたが彼女は微かに寝息を立てていた。

「よくわからんが……この子どうしようか」

 やはり国に届けた方がいいだろうか。だが面と向かって引き渡しに行けば、俺たちが危ないだろう。あの場所は立ち入り禁止区域だからだ。

 それにあそこに来た男……あの大柄な男の台詞が気になる。

『撤退しろ。目標は廃棄する』

「廃棄って、酷いこというよな……」

「あぁ、俺もそれが気がかりだ……」

 まるで『物』のように言っていた。国が戦時中の生存者を保護する言い方にしては……

 そんなことを考えているとマオがそれを察したようだった。

「まぁ、今に始まったことじゃないじゃん。気にしない方がいいよ」

「……それもそうだな」

 人間同士の醜い争いが招いた結果を、自分たちが発達させてきた技術力のせいにして、そのうえで技術力の塊のようなスフィアシティに身を置いている政府の連中が俺は嫌いだった。そいつらのために開拓民となるのも癪だったので、こうやってジャンク集めで生活しているわけだが。

「そろそろ開拓民たちの起床時間だな」

 マオがそう言った直後に遠くで鐘が鳴り響く。その音とともにビッグフィラメントは徐々に出力を上げる。光源はゆっくりとその出力範囲を広げ、白く強い光が居住区の端を強く照らし始めていた。そこに住む者たちに朝が来ることを知らせていた。

 鐘が鳴り終わるのを見計らってマオは気怠そうに椅子から立ち上がり、

「何か食べる物買ってくるよ」


 と言って部屋を出て行った。それを生返事で返し、視線を寝ている少女に落とした。

 奇跡的に目立った外傷はなかった。何かあるとすればやはり呼吸器系の障害。となれば専用の医療器具を使わなければならないが、ここにはそれを診断できるものも治療できるものもない。今、自分にできることは彼女の身体に付いた粉塵を濡れた布で拭きとってやることぐらいだった。


 触れればその部分がこちら側に張り付いて来てしまいそうなしっとりと濡れそぼった肌。その白く美しい表面は細かい刃のような粉塵を擦っても不思議と傷らしきものにはならなかった。拭き取るうち、まるで土埃を被った宝石の原石を磨き上げたように、彼女の身体はあの施設の中で見たときと同じ輝きを取り戻していくようだった。


 この子はどれくらい長い間、あそこで眠っていたんだろう。戦時中となれば、自分が生まれるよりずっと前だ。目覚めたとき、今のこの世界をどう思うだろう。

 生きて次の世界を見ることができてうれしいと思うだろうか。

「俺なら、嫌だな」

 実際、あの戦争は史上最悪と言えた。自分自身は体験したことはないが、よく大人から聞かされた。吹き荒れる爆風と硝煙。人が生み出した、大勢の人間を殺すための道具。それは時には巨大な人の形であったり、人間そのもののようであったり……。

「ん……」

 おもむろに近くで声がした。見てみるとベッドに横たわる少女が瞼を苦しげに震わせている。

 驚いた。こんなに早く目を覚ますとは。

 少女の起床にアヤトは柄にもあわず慌てた。椅子から立ち上がり、少女の顔を凝視しながら後ずさる。少女は今にも目を開けまいとしていた。

 こちらに気づいたらなんと声をかけよう?

 むしろ声が出せなかったらどうするか?

 とりあえず水を飲ませるか?

 何年間も寝かされていたら何を知りたがる?

 やはり時間か?

 ここがどこなのかも知りたがるか?

 いや、最悪、記憶がなかったら……。湧き上がる疑問。

 しばらくの沈黙。外から聞こえる喧騒が、その時だけ消えた気がした。

 少女の覚醒。

 瞼を開け、その澄んだ青い瞳が周囲の景色を反射し、その中にいるアヤトを確認した。

「……戦争は終わりましたか?」

 まだ思うように動かない身体をぴくぴくと震わせ、ようやく首だけこちらに向けると少女は言った。体をこわばらせ、何かに身構えるアヤトはその緊張を解き、少女に投げかけられた疑問を理解できなかった。

「……え?」

「……あの……戦争は……」

 同じ質問を投げかけられそうになったとき、部屋の扉が静かに開けられる。

「あ……起きたんだ……」

 マオも少女の意識の回復の速さに驚きを隠せない様子で目を瞬いている。少女は二人を交互に眺めると、さっきと別の質問をぶつけた。

「私はどれくらい眠っていましたか……?」

 アヤトとマオは顔を見合わせる。どれくらいと言われても、この子がどれくらい前から眠っていたのかを知らない。

「戦争は……第三次世界大戦のことか? それなら終わってる」

「……そうですか」

 安心したように少女は目を閉じた。どこか悲しげで、しかし優しい表情だった。眠る前、この子の周りでは何があったのだろう。何故眠らなければならなかったのだろう。

 そんなことを考えていると、マオが少女に聞いた。

「身体はどこも痛くない?」

 少女は小さく

「大丈夫です」

 と返す。それを聞いて二人はほっと息をつく。医者に診せることができない関係上、怪我でもしていたらどうしようもできなかった。

「名前は? えっと……君の名前」

 今度はアヤトが聞く。

「私の名前……ミリア」

 静かにミリアは名乗った。

「俺はなっ! マオ! マオ・ハクレン」

「あ……俺はアヤト・ソーラだ。……本当はソーラアヤトなんだけどな」

 自己紹介を済ませるとマオはミリアの顔を覗き込んだ。

「綺麗な顔してるなーッ」

「何言ってるんだ」

 呆れたように言う。マオは少女が動けないことを良いことに、

「触って良い?」

 と頼んで頬を触らせてもらったりしていた。それを見て、マオが可愛い物や綺麗な物に目がないことを思い出す。

 いきなり見知らぬ女に頬擦りされ、困惑を隠しきれていない少女を可哀想に思いながら、マオに訊いた。

「その子、これからどうするんだよ?」

「どうするって……ウチで養うんじゃないの?」

「ペットか何かだと思ってるのか」

「違うけどさー。でも国に渡すの?」

「それも無理だけど……」

「あの……」

 二人の会話をミリアが申し訳なさそうに遮った。そして、

「私のこと、教えてくれませんか?」

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