プロローグ
「本当に誰もいないんだよな?」
アヤトは心配そうに訊いた。自らの気配を殺し、自分たち以外の気配を感覚した。辺りから聞こえてくるのは風が何かと擦れる音、自分が発した声の反響音ぐらいであった。
開拓民の居住エリアから何十キロと離れたここには俺とマオしか居ないようであった。
「大丈夫だって。まだここは政府の連中も手を付けてないって話だからな。きっとお宝が残ってる。情報屋によると戦時中の軍の研究施設だったらしい」
来る前からその情報は二、三回聞かされているが、それは大丈夫なのだろうか。まず信用できる情報なのだろうか。本当に国もマークしていない場所なのだろうか。政府の調査隊に見つかれば拘束では済まないだろう。
確かに今、俺やマオの財産は底を尽きかけている。少しぐらい危険なところに来て一山当てなければ生活が苦しいだろう。逆に言えばそうでもなければこんな危険なところになど来ていない。
そう考えてる間も俺の後ろに付いているその女はさっさと行け、と言わんばかりに俺の背中を押してきた。
「仕方ない、行くか……とっとと終わらせよう。確かに良い物がありそうな気もするしな」
建物の中は予想以上に荒れていた。確かに研究所ではあったようだが、ほとんどの物が土を被り、風化が進んでいる。所々に弾痕があり、ひび割れ、穴が開いていた。この建物自体、いつ崩れてもおかしくないんじゃないか?
中も人の気配は無かったが破壊されていない監視カメラなどを見つけると、埃がこびりついた黒いレンズに見つめられている気がして嫌な気分だった。
「ひっどいな~。売り物になるものあるかなぁ~」
二人は一つ一つの部屋を回りながら、ランタンの明かりを頼りに売り物になりそうな物を探した。
現在、大戦より荒廃した世界の開拓活動が進められているが、長く続いた戦争、終戦時に制定された平和規定によって世界の技術のレベルは戦前戦時中の技術レベルの半分にも満たなくなってしまった。
戦後制定された平和規定とは、一般市民の過度な技術力の保持の禁止であった。技術情報は政府が徹底的に管理し、平和的利用を進めていくという規定だ。これは兵器開発を抑制するためのものでもあるはずだが、結果として国民の生活面に利用する技術力も奪ってしまった。戦前の技術の利用が許されるのは国の上流階級の人間ぐらいだ。
「お! これは売れそうだな」
何に使うのかわからないような機械を手に取り、嬉しそうにマオは笑った。今の世界ではどんなガラクタでも『ジャンク屋』と呼ばれる業者に売れば金になる。もちろん先に言った規定に違反するのだが。
とくにこのような施設だと兵器に関する技術情報、もしくは兵器そのものが残存する可能性があり、それが政府に見つかった場合の罪は非常に重い。拘束では済まないと言ったのはここに理由がある。
しかし、実際銃器や火器に関する技術資料はジャンク屋の間で高価で取引されている。終戦したとはいえ、まだ世界情勢は不安定なのだ。自分の身を守る物は必要である。さらに言えば、戦争がなければ儲からない事業の人間もいるのだ。一部のジャンク屋とそのような連中とはつながりがあるとも聞いたことがある。
「お、俺も見つけたぞ。とは言ってもこんなものだけじゃ数日分の食費にもならないだろうな……」
「もうちょっと奥に行けば風化の少ない物もおいてあるんじゃねぇか? 行ってみようぜ!」
そう言って彼女はどんどん奥へ奥へと歩みを進めていく。あまり奥まで行くと倒壊の恐れがあるので危険なのだが……。
「何かあるかな~? んん……?」
マオの後を追うように進んでいくといつの間にか地下に来てしまっていた。瓦礫によって狭くなっていた道が突然開け、あまり風化の進んでいない部屋に出た。
広い部屋の中は研究のためであろう機器が数多く並べられていた。
比較的損傷は少なくここにある物をすべて持ち帰って、使えるものだけジャンク屋に売っても相当の金になるだろう。
「これはすごいな……。どれを拝借しよう?」
「だけど手ごろなサイズのものがねぇな……」
状態も良いから高値で売れると思うのだが、見る限り持ってきたバックパックに入る機材は無い。
「勿体ないよなぁ……どうする?」
「どうするも何も、持って帰れないものは持って帰れないからな。もう少し探してみるけど」
アヤトも諦める気はなかった。ここまで来てろくな収穫がないのはそれこそ勿体ない。開拓民の居住区から離れているとはいえ、ここもすぐに国の手が入るだろう。
デスクの上に置かれた機械を付けてみたりもしたが反応があるものはなかった。電源があれば点くのだろうが、点いたところでどのような機械かは俺にはわからないだろう。
夢中で探し進めているともう広い部屋の一番奥まで来てしまっていた。ここまでに手に入ったのは使い方もわからない機械が数個だ。これだけでは三日分の食費にもならないだろう。これらガラクタから有用な技術情報を取り出すことができさえすれば値はあがるだろうが……。
「わ…すごいぞ! アヤト……!」
マオの声がした方向に目を向けると、彼女は部屋の一番奥にあった『それ』を見ていた。アヤトも『それ』には驚きを隠せなかった。
「人間か……? 生きてるのか?」
それは、白いカプセルに入った少女であった。この部屋自体は目立った損傷は無いのだがその中でも一際美しく、傷一つない純白の繭。その中には安らかな表情で眠る少女。その少女の肌もまたシルクのように美しい白をしていた。
「何これ……冷たっ」
「ん……? 本当か?」
カプセルに触れてみるととても冷たかった。ひんやり、というより凍てついたような冷たさだった。恐らくこれはコールドスリープという物だろう。戦時中自分の子供を眠らせ、将来平和な世界で生きてほしいと願った親が多かったそうだ。親と子は離れることになったが、堅固なシェルターの中でコールドスリープさせておけば、絶対に安全である……はずだったとも。聞いたことはあった。
「めんどくさい物を見つけちまったなぁ。ほっとけばいいんだろうけど」
「コールドスリープって初めて見た……。綺麗だな、なんか……」
それはその通りだった。白い肌、整った顔、美しく艶めく長い髪。年齢は……十五歳ぐらいだろうか。身体は華奢と言えたが、成長期特有の体つきというか、肉付きはけして悪くない。それがぴくりとも動かずそっと目を閉じて眠っている。まるで人形のようだった。
それにしてもよく助かったものだ。上の研究施設はあんなに破壊されていたのにも関わらず……。奇跡と言えるだろう。
「早く国に見つけてもらえるといいんだがな。今回は放っておこう」
彼が再びジャンク漁りを戻ろうとすると、遠くで微かに音がした。瓦礫と瓦礫がこすれる音、それを踏みしめる数人の足音。
「……! アヤト!」
マオも気配に気づいたようだ。アヤトは彼女が指差す方向へ走った。二人で研究機材の陰に身を隠すと程なくして数人の男が部屋に入ってきた。やはりあの音は足音だったのだ。
「これか」
中心にいた大柄の男がカプセルに触れる。そして他の男に何かを探すように指示した。
「政府の人間か…?」
「……」
政府の人間ならばそれは幸いだろう。俺たちは危険だが、眠っている彼女が保護されるのなら俺もマオも本望だ。
一人の男が並べられた研究機材に一つ一つにカードキーを差し込んでいく。全ての機材を調べ終わるかという時、反応があった。俺がさっき何をやっても動かなかった機械が、低い起動音とともに可動し始めた。男が操作した機械はカプセルと繋がっているようだ。
「なんだ? ここからじゃよく見えないな……」
「恐らく、コールドスリープを解除してるんだろう。カプセルの中をゆっくり温めてるんだ」
カプセルに付いた窓が徐々に曇り始め、中の様子が見えなくなった。ゆっくりと彼女は長い眠りから覚めようとしていた。男たちと、それを離れた位置から見ている二人はそれを見守った。
しばらくすると壁の奥の何かが駆動し、カプセルが徐々に開き始める。白い煙がカプセルの隙間から漏れ、薬品の匂いがこちらにまで届いた。
その時、地上から轟音が響いた。地下も強く揺れ始め、置いてあった実験器具やガラスケースが落下し、倒れ、音を立てて割れた。機材を動かしていた男達も体勢を崩し、地に膝をつく。
「……撤退しろ! 目標は廃棄する!」
大柄な男のその声を合図に男たちは出口から地上に走って行った。
「何っ? どうしたんだッ?」
走りながらマオが叫ぶ。
「わからない! 建物のバランスが崩れたのかッ? 俺たちも逃げないと生き埋めだぞ!」
「で、でも、あの女の子は!」
振り返るとカプセルは完全に開いていた。少女のしっとりとした肌は天井からこぼれてきた大量の粉塵を被っていた。
「くっ」
アヤトとマオは落ちてくる瓦礫を避けながら少女に近づき、そのまま彼女をおぶってその場から逃げ出した。ちょうど二人がカプセルから離れた瞬間、大きなコンクリートの塊がカプセルに落下し、その白い繭は巨大な圧力を前に潰された。
少女の身体の表面はまだ冷たかったが、首の辺りや胸は微かに温かかった。生命活動は再開されたようだ。しかし、このままでは死んでしまうだろう。身体を温め、栄養を与える必要があった。……何よりこの場から脱出しなければならない。
「とりあえず、地上に! 建物の外に!」
少女をおぶるアヤトをマオは先導し、来た道とは違う出口から外に出た。国の連中に見つかっても自分とマオの命は危ういからだ。
「アヤト! 大丈夫か?」
「あぁ……なんとかな。それよりこの子を早く手当しないと……!」
「わかってる! 俺がバイクを取ってくるから、隠れてろ!」
マオは周囲を警戒し、さっきの男たちがいないかを確かめると森の中に入っていった。ここに来るために利用した彼女のバイクは研究所の周囲の森に隠してある。
「よし、乗れたな? しっかり掴まってろよ!」
バイクで3人乗りなどなかなかできるものではない。しかもそのうち一人は眠っている。掴まれというのが無理な話だが、そうも言っていられなかった。
「出せ!」
アヤトの合図とともにバイクは徐々に加速し、少し道が開けると急加速した。その場に止まろうという力が強力に働いたが、俺はマオと少女の二人を抱き、離さなかった。
しばらくバイクは夜の道を疾駆した。森を抜け、荒野に出ると夜明けを知らす巨大な光が輝き始めていた。