待遇改善を求めるだけの理由がある〜聖女体験三日間は強制です
前半パートはドアマット系。後半ははっちゃけます。
「もう無理。絶対、無理。これ以上は無理」
お腹がすいた。眠い。お腹がすいた。眠い。あと、ここ寒い。眠い。寒いけど眠い。
もうそれ以外、考えられない。
意識が朦朧となって、膝立ちしていた身体が崩れた。防御しようという本能すら失われた身体は、手で頭部を守ろうとする事さえ出来ずに、石床にそのままぶつかる。ガツっと痛そうな音がしたなと、他人事のように遠く思うが、じわじわと痛みが襲ってきて、ようやく思考が明瞭になった。どうやら額あたりから出血もしているようで、目の端に赤いものが映る。
けれど起き上がる事は出来ない。左寄りに倒れたらしく、頭部と肩の左側が特に痛むが、それ以上に体力が限界だったのだ。おまけに助け起こしてくれる人間もここにはいなかった。私は一人きりで神殿の最奥にある祈祷所で祈っていたのだから。
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私は当代の聖女リリーベル。両親がつけてくれた名前はただのリリーだったのに、聖女の名前としては相応しくないと、勝手に足された結果だ。七歳になった子供が神からスキルを授かる儀式がある。そこで聖女と判明した私は、ほとんど誘拐みたいに即座に両親から引き離され、神殿に閉じ込められた。
それ以来、どれほど頼んでも両親に会わせてもらえない。寂しくて泣いた。親が恋しくて泣いた。でも聖女というものは、親や世俗とは距離を置くものだと諭されるだけ。
「じゃあ、聖女なんてやめる! おうちにかえる!」
そう主張しても、もう聖女になってしまったのだから、そんな我儘は通じないと言う。七歳の子供にである。それから十年を神殿で過ごすが、私の要望が叶えられることは一つもなかった。
聖女の主な仕事は神に祈ること。確実に神に届くのは聖女の祈りだけと言われている。
祈る場所はどこでも良いわけではなく。この国にかつて神が降臨されたと伝わる場所、神殿の最奥にある祈祷所でと定められていた。またこの祈祷所が厄介なことに半外なのである。
三方は壁に囲まれているが残り一方にはない。聖域である奥庭に向けて開かれており、奥庭の中央には、こんこんと清水をたたえる泉があった。
この泉の水には多少であれば怪我や病を治す神の力の残滓があって、世に聖水として扱われる。ただ、この祈祷所には基本聖女しか出入りできないことになっているので、泉から聖水を汲むのもまた、祈りを終えた後の私の仕事となっていた。泉の水は夏でも痛いほどに冷たく、作業は決して楽ではない。指定された甕を満たすだけでも重労働なうえに、今度は満杯の甕を部屋の外まで運ばねばならないからだ。甕は私の年齢が増えるにつれて大きくなり、いつまでたっても楽になることはなかった。
祈祷所での祈りは日に二回、朝と夕と定められていて、それだけ聞くと楽そうに思えるかもしれないが、朝は暁暗——つまり夜明け前のことで、夕は夜半——真夜中である。どちらも子供は寝ている時間だし、大人の大半だって眠っているだろう。
それを七歳から強要されてきた。無理やり起こされて、引きずるように祈祷所に放り込まれ、終わったら暗がりで冷たい水と格闘させられる。嫌がれば我儘だと言われて食事を抜かれる。ひもじいほど辛いことはなく、だからいつしか逆らうのはやめた。
その食事がまた酷いもので、冷めた具のないほとんど味もないスープと硬いパンだけ。肉も魚も野菜もない。神に仕えるためには極力汚れを排する必要があり、だからこその粗食なのだそうだ。しかもその貧しい食事も一日に二回だけ。量だって少ないときている。よくぞまあ、こんな食事だけで十年生きてこられたものだと思う。聖女への神の加護が働いていたのだとは予想するが、まったく嬉しくはなかった。
そして聖女の仕事は祈るだけではない。聖女は、結界を張る事と怪我や病気の治癒ができると知られている。朝の祈りの時間が終われば、国を覆う結界に力を注ぐことを強いられた。
国の外には凶暴な魔獣が闊歩しており、たとえ一体だけであっても、村くらい簡単に蹂躙できるそうな。また、結界で護られているわが国は、当然護りのない他国に比べて豊かであり、常に狙われていると学んだ。
聖女は、常に生まれてくるわけではない。不在の時期もある。常時、国を護るために用意されたのが、神殿地下に据えられた『結界水晶』だ。子供の頭ほどの大きさの水晶球には結界構築と増幅という神聖語が刻まれている。聖女が在任中は、この水晶に日々、力を注ぐことが義務となっていた。
毎日、新たに結界を張り替えるよりは負担は少ない。だがこの水晶がまた大喰らいなのだ。できうる限り聖女の力を吸い上げ、結界を展開しながら不在時のために内部に貯めこんでおくために。
祈ることだけであれば、環境と時間がよろしくないだけで、さして体力を奪われるわけではない。だが水晶球には、毎回、体中の力を抜かれる勢いで力を搾り取られる。
終われば立つこともできないくらい疲労困憊となるが、ここでじっとしていると、自室に用意されている食事は不要だと処分されてしまう。そうなると夜まで食べるものは何も用意されないから、這ってでも部屋に戻るしかなかった。
すぐに食べつくしてしまえるほどの食事を終えると、治癒のための時間となる。
神殿の入り口近くに設けられた治療院は、聖女の治癒を求める人で常に賑わっていた。私は担当神官の示す相手に黙々と聖魔法を注ぐことになる。時間も私の体力も限られているために、押し寄せる人すべてを治癒できるわけではない。そもそもが結界維持に大半の力を使い切った後なのだ。乏しい食事とその間だけの休憩では、体力も聖魔法も回復なぞしやしない。そのせいか、選に漏れた民からは、私を罵る声さえ上がった。一体、どれほど聖女が万能で無限の体力と聖魔法を持っていると思っているのだろう。文句を言う気力も体力もないこの私に。
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さて私には婚約者がいる。『聖女が現れれば未婚の王族に嫁ぐこと』と、国法に定められているからだ。
そのことを神殿に連れてこられて早々に教えられたときは驚いた。ただの商家の娘だったのに、王子様と結婚とか夢のように現実感がなかった。けれど王族に嫁ぐということは、相応しい教養やマナーが必要になるという現実が待っていた。それらを覚えて身に付けなければならないのは誰か? ——私しかいない。
婚約者となったのは第三王子のリチャード様。眩いほどの金の髪に、宝石のような青い青い瞳。私と年は同じだった。
聖女は、毎世代途切れず現れるわけではない。なので聖女を娶れるのは名誉であると、彼とて教えられていたようで、最初のうちは優しかった。けれど月日が流れると、いつも疲れ果てている私に対しての当たりがきつくなる。
十分な睡眠も十分な食事もないままに、早朝から深夜まで聖女の役目に加えて、王子妃になるための教育が課されているのだ。いつだってふらふらだったし、貴族のように世話をやいてくれる人がついている訳でもない。髪だって自分でざっと梳かすだけ。服は聖女の決まりという白い麻の貫頭衣で飾りのひとつもない。毎日の禊はあって身体は清めているし、常に洗濯されたものを日替わりで着ているから清潔感はある。けれど、それだけなのだ。栄養不足睡眠不足のせいで髪も肌もぼろぼろ。ろくに食べていないせいで身体はやせ細って丸みすらない。背もあまり伸びなかった。総じて十年経って年ごろになっても、貧相な子供のような見た目の私だ。化粧? したことないとも。宝石もきれいなドレスにも縁がない聖女生活だった。
最高の環境で最高のものばかり与えられ、高い身分の者としか関わらない王子が、私を疎むようになるのは、ある意味当然のことだっただろう。社交などせず、神殿に閉じこもって決められた役目を果たすだけの私には、楽しい話題を提供する術すらないのだから。
これで、私の容貌がとてつもなくすぐれている、とかであれば違ったのかもしれない。生憎、そこまでではなかった。いや、もう少しふっくら肉がつけば、悪くはないのではと自分では思っても、王子本人やその家族である王族の皆様は、とんでもなく煌びやかな美形揃い。お眼鏡に叶うはずはなかったのである。
いつしかリチャード様の隣には、公爵家の令嬢だという美少女が侍っており、十日に一度の婚約者同士の交流のお茶会にまで参加してきた。そのお茶会はお菓子が食べられる貴重な時間だったのだが。上品にお茶を飲み、上品にお菓子を摘まむようにと教えられたが、常に空腹を抱えていた私の態度が「卑しく」見えてしまったのだろう。彼らの視線に常に嘲笑の色が混ざるようになった。こちらとしては、がっつかないだけでも大変な努力が必要だったのだが。
王宮にて午後からは王子妃教育が詰め込まれる。元々が庶民で、しかも七歳になるまでは読み書きさえろくに覚えていなかったというのに、王子に嫁ぐためと、高度な教育が待っていた。最初のころは本当にかけらも理解できなかったが仕方ないだろう。なのに無学で無能だと馬鹿にされ、けれど多方面に渡る教育が手加減されることはなかった。休憩などもほぼなく。教師が入れ替わる時間に一息つくくらいだ。それが夕刻まで続く。
神殿に戻されてからも休むことはできない。大量に用意された護符に、祈りを込める作業が待っている。聖女の護符は神殿の資金源の一つとされており、ここから神殿の維持費や神官たちの食費が出ているのだそうだ。なので数が熟せないと、
「聖女様は我々に飢えて死ねと?」
と、責められてしまう。決められた数を納める頃には夜もすっかり更けており、ようやくの食事はいつだって冷め切っていた。そして夕の祈りが終わるまで眠ることも許されないままに。
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とりとめもなく思い出すあれこれは、どれも辛かったことばかり。十年も経てば両親の顔さえ朧げになる。神殿では聖女は別格として、すべてにおいて単独行動させられるので、親しい人間のひとりもいないままだった。
悔いはない。ただ愛着もない。怒るだけの気力もない。このまま眠ってそのまま死んでしまえるなら、いっそ幸せかもと思う。心は、涙すら流せないほど擦り切れてしまった。
無様に横たわったまま動けない私は、乾いて掠れた声を絞り出す。視線は自然と奥庭を向く。この祈祷所には神像がない。神像よりも神に繋がる泉があるから、それに向けて祈るのだ。
「神よ。初めて自分の為に祈ります」
声に出しても出さなくても。聖女は国と自分以外の人の為にしか祈ってはいけないと、繰り返し教えられて来た。それが神殿で真っ先に覚えさせられたことだ。祈祷所に籠る前には『今日はこれを祈りなさい』と、書かれた紙を渡される。神殿に来た当初は字もろくに読めなかったから、担当者が口伝えで、私が暗記するまで繰り返したことを思い出す。
「もう私は聖女でいたくありません。解放してください」
一度声に出してしまえば、状況から考えれば驚くほど滑らかに言葉が続いた。
「いつだってお腹がすいて、眠くて寒くて疲れています。聖女になってから幸せだと思ったことはほとんどありません。聖女は神の慈悲を体現した者だからと、わが身を削ってお仕えしてまいりました。国のため、人のために祈れと。そう言い聞かされて。
聖女は神の愛し子であると教えられました。ですが本当は、神に疎まれ、憎まれているのが聖女なのではないですか? 神官も王族も、治癒を望む民も。私から搾取していくのを当たり前だと思っています。つまり聖女とは、神が人に慈悲を施すための装置にすぎない、人に尽くす奴隷でしかない。そうとしか思えないのです
お腹がすいた、もう少し美味しいものをたくさん食べたい。眠いし、何より体が疲れて重い。もっとゆっくり寝かせて欲しい。そう言うと贅沢だと責められます。清貧であるのが聖女であるのにと。
私、望んで神職に就いた神官ではありません。聖女になりたいとか、思ったこともありません。会いたい家族にも会わせてもらえず、無理に決められた王子との結婚だって、したいわけじゃありません。
もう起き上がる気力もありません。このまま死のうと思います。
ですからどうぞ神よ。次の世ではお腹いっぱい食べられて、ぐっすり温かいところで眠れるようにしてください。また聖女に選ばれることなどない人生をお願いします——」
どこまできちんと口にできたのかも分からないほどに、私はそのまま昏睡し。
そして覚醒した。
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夕の祈りで倒れた私はそのまま朝を迎える。起き上がると身体は軽く、打ち身も、切ったはずの額の傷も消えていた。
「神様、ありがとう」
自然と跪いて軽く祈りをささげた後、空の甕を置いて、私は神殿の厨房を襲撃した。
「聖女様っ!?」
「良いものがあるじゃない? ああ、こちらが大神官の朝食? あの方、肥満が過ぎるから、私の食事をこれからは差し上げるとよいわ。その代わり、こちらは私がいただきます。お腹減ってたのよねー。粗食でなくとも聖魔力に衰えはないのに、いつも量が少なすぎて」
直接厨房に乗り込めば、組織としては頂点の聖女に逆らえるはずがない。私は朝から肉までついてる大神官用の食事を堪能した。温かいというだけでご馳走なのに、肉もある。パンも柔らかい。しかも、高価なはずの香辛料まで使われてない? 少量の粗食生活の後に、こんな料理は普通ならば身体が受け付けないはずだが、粗食でも生き延びられた神からの加護があれば、問題なく美味しく頂けた。
「神にもお許しを貰っているから、これから大神官にも神殿職員にも清貧を徹底させなければ。というわけで、余分な食材は没収です。あら、私と同じものはないの? 大丈夫。再生できるから。ほら。ついでにこれを人数分増やしておくから安心して? 食べられないほど辛いことはないものねえ?」
私が手を振ると、厨房からも食材の保管所からも食べ物はすべて消えた。なんか空間収納されているみたい? 食べ物を粗末にしてはいけないからね。捨てられたわけではないなら一安心。そしてこれまで私が食べていたのと同じものを代わりに取り出して増えろと念じる。ちゃんと食事はあるのだから、文句は聞きません。
当然、普段私が食べているものを出された大神官が怒鳴り込んで来た。そこには常ならば国の結界維持をさせられているはずの私がいて、大神官は額に青筋を立てる。
ちなみに私がまだ厨房にいたのは、厨房の隣が食堂室なので、間の通路で睨みを利かせている最中だったから。いつもは単独で粗食を与えられていた私なので、食堂に来ることはなかったし、職員の食事がどれほど自分と違うかも知らなかった。大神官のものほど豪華ではないものの、私の食事よりも良いものを食べていた。スープに具が色々入っているし味もちゃんとついている。パンもカチカチではない。量もある。許せん。
私は聖女だから。そう言って逆差別されて酷い扱いを受けていたのだと実感する。同じ人間だと思ってもいなかったのかもしれない。生きていたらそれで十分だと? 今後があれば思い知らせていく所存。
「聖女様、お務めはどうなされました!?」
太った身体をゆすり、急激な運動で息を切らしながら怒鳴るという、器用なことを大神官はしてのける。
「ああ。それ。今日から全部やめます」
「そんなことが許されるはず——!」
「許されました、神に。これまでの現状を訴えて、聖女の在り方も変わることになります」
「何を馬鹿げたことを!」
騒ぎ立てる大神官は、これまでただ怖い存在だった。何を恐れていたのだろう? ただの太ったお爺さんでしかない。それに、彼にはない力があるから私は聖女なのだ。
「そもそもですね? 聖女は神の愛し子なんです。神殿から指示されて働かされる筋合いはないんですよ? あなたに聖女への命令権なんてない。つまり、これまでのあなたの私への態度が不当であると神にも認められました。おめでとうございます?」
ずっと押し付けられ、まともに考える力もなかったから従ってきたけれど、私は目覚めたのだ。神の威を借ることだってやってみせる。
「ちょうど良いわ。今から王宮に向かうので、あなたもついていらっしゃい」
自分の言葉に神威を乗せると、大神官は逆らえなくなった。ついでに神殿全域にも神威をふるっておいたから、もうここで監督している必要もない。皆で粗食を頂いてください。
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神殿は、王宮と隣り合わせである。と言っても、王宮は馬鹿げて広いので、移動には馬車を使う。普段、私は二名の屈強な神兵に挟まれて、飾りの一つもない箱馬車に押し込められていた。座り心地は最悪だし、中で会話が弾むわけもない。そしてもちろん、眠ることも許されなかった。彼らは聖女の護衛だと言うが、どう考えても逃亡防止の監視役だったと今ならわかる。
今、私の体の中は神威で満たされているので、それを使って一挙に王宮の謁見の間に飛んだ。もう馬車なんていらない。当然、護衛もね?
「王族全員を集めなさい。配偶者もよ。恋人がいればそちらも。子供は、そうね、七歳以下は免除で。すぐに。いますぐ」
神威に満ちた私の言葉に逆らえる者はおらず、そうして謁見の間に王族が集められた。彼らとて、何故自分が逆らえずにここにきてしまったのか分かっていないようだ。大丈夫すぐに説明してあげよう。
「まずは国法の変更を。聖女は国の法律に従う存在ではありません。本人が望まない限り、いかなる相手との結婚も強制できないように」
国王の顔には、反対の意思が見える。けれど覚醒した私には分かった。聖女との結婚は、所詮が国民の人気取りと王家の権威付けのためだけなのだと。そうでなければもっと大切にしているはずだ。
「ただでさえ聖女ってだけで激務なのに、それに加えて王族の義務を押し付けられて。過当労働に過ぎます。
知っています? 歴代の聖女はこれまで全員が短命でした。王族と神殿が搾取し、不当な扱いを強いてきた為です。正しく神と繋がったことから判明しました。
そんなことのために聖女がいるのではありません。聖女というものは、本来民のためですらない。なぜなら聖女というのは、地上に顕現できない神が、地上で力を振るうための相性の良い媒体として選ばれた存在だから。ここからもう、認識がずれているんですね。
ただ長年、搾取する側にいたあなた方には理解ができないでしょう。ですから、明日から三日間。これまで私が、そしてかつての聖女たちが、どれほどのことを課されていたか体験していただきます。一度で反省して改善を受け入れてくださらない場合は、その三日間を全員が受け入れるまで繰り返します。
その間の国の守護くらいはしておいてあげますから、他国や魔獣に攻められる心配はありません。国政に関しては、国王や王族不在でも問題ない体制作りの訓練ということで。そもそも、ここまで歴代の聖女を使い潰してきたツケ——神罰だと思いなさい。明日の朝から否応なく始まります。誰一人、逃げることは許しません」
それだけ告げると、私は大神官の襟を掴んで神殿へと戻った。
神殿にも賓客を迎えるための客室がある。高位貴族や他国の王族などが使用することがあるためだ。私はその一つを接収し、居座ることにした。広いだけで物がなく、殺風景な聖女の私室となんという違いか。王宮に引けを取らない調度品の数々。なにより寒くない。壁には豪華なタペストリーが飾られて、防寒と美観の役目を果たしていたからだ。暖炉の横には規格を整えられた薪が周囲から浮かない装飾付きの容器に収まってさえいる。朝夕の冷え込む時間にも部屋が暖められるというものだ。ソファーも綿がたっぷり詰められて柔らかい。ただの木の机と椅子しかなかった自室と違いすぎた。最大の違いは続き部屋のベッドだ。薄いマットと薄い毛布一枚しかない硬いベッドと天と地の差! まだ午前中ではあったけれど、ふかふかのベッドに飛び込んで惰眠を貪る。至福の時間であった。
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おそらく、大神官も王族も。昨日の私の振る舞いは何かの間違い程度にしか思っていなかっただろう。だが私は容赦する気はなかった。
翌早朝。まだ暗い中、全員を寝所から祈祷所まで移す。嫌でも寒さで目を覚ました彼らが茫然としている中、上等な夜着から聖女のものと同じ貫頭衣に変えて差し上げた。今日から三日間、君たちが聖女(相当)だ。
参加者は以下。ヒルクライ王国国王ジョージ。王妃スザンナ。第一王子(王太子)チャールズ。王太子妃ブリジット。第二王子マイケル。第二王子妃キャロライン。第三王子リチャード。リチャードの恋人のクリスタル。第一王子の第一子エリザベス(十一歳)。第一王子の第二子アーチボルド(九歳)。そして大神官エイブラハムの総勢十一人。
大所帯である。そこに監督官として私が加わるが、それだけの人数を受け入れてもまだ祈祷所は広々としていた。そして半外なのでおそろしく風通しが良い。どれほど寝穢くとも起きざるを得ないだろう。あちこちでクシャミが聞こえる。
「おはようございます、皆さん。それでは本日今この時より、『聖女業務体験三日間集中講座』を始めます。あなた方が侮り、搾取してきた聖女がどんな生活を送っているか、実際に体験することで知っていただこう、という企画です。なお、全員に拒否権はございません。強制となります。
さあまずは朝の神へ祈りを捧げて参りましょう。奥庭の泉に向かって跪いてください。はい、背筋は伸ばす!」
風は奥庭から容赦なく吹き付ける。夜明け前の一番冷える時間。絨毯やクッションなどない剥き出しの石床に跪く。冷たいし痛いのだ。それだけでも慣れていない人間には辛いだろう。特に大神官や国王のようにふくよかな方には。
「本来であれば、ここで神官から渡される紙に書かれた神への要望を読み上げて、祈りの代わりとするのですが、講習期間は神殿の定める祈祷文を声に出していただきます。覚えていない? ご安心ください。目を閉じれば文言が浮かぶようにしていただきました。なお、祈祷文以外を口にしようとしてもできない仕様となっております」
まだ子供である王太子の子供たちは涙目であるが、私は実際に泣いても七歳からやらされたのだ。例外はない。
神殿が定めた祈祷文は、歴代の大神官が神への状況に応じた祈りの言葉を、信者のために考えたものだ。結構、分厚い冊子となっている。そこから任意のページを約四半刻の間、唱えさせた。居眠りしようだとか、跪くのをやめて座り込もうなどとしたら、強めの雷撃がお見舞いされる。がんばって。七歳の子でさえできたのだから。
祈りの時間が過ぎれば水汲みである。銘々に桶が渡され、まずそれに水を汲む。おそらくは水汲みなぞしたことがない面々である。私は泉のそばに跪いて見本を見せてさしあげた。彼らには自分の意思で身体を動かせないようにしているから、嫌でも屈んで水を汲むしかないのだ。ちなみにこの泉。手前だと浅すぎて、ほとんど水が汲めない。なので祈祷所に用意された甕(彼ら専用)を満たそうと思えば、泉の深い場所まで移動せねばならない。もちろん、冷たい水の中を。素足で。
ようやく差し込んだ曙光に、うっすら照らされた彼らは唇まで真っ青でガタガタと震えていた。風邪をひいたり発熱してもすぐに治癒してさしあげるのでご安心を。
「みなさん、自分用の甕がどれかお分かりですね? その口元まで満たされないと水汲みは終わりませんよ? この部屋は基本的に聖女しか出入りできないとされていますので、扉の外まで満杯になった甕を運ばないといけません。うっかり甕を倒してしまったら最初からやり直しです。がんばってくださいね」
ここで汲み上げられた聖水は、神殿での各種儀式に使用されるほか、小瓶に入れて販売されているのだとか。日数が経っても腐らないそうだ。重傷者には対応できないが、それ以外の怪我や病気に効果があるからと需要は高い。なかなかのお値段がついていたが、あの金額で売れるのであれば聖女の暮らし向きを改良しても余りあるはず。なのに、何故あれほどに聖女に金をかけることを厭うのか。理解に苦しむ。
ようやく全員が水汲みを成し遂げた時には、太陽はもう高いところにいた。七歳の私よりもよほど遅い結果だ。
「さてこのまま結界維持のため、地下に移動します」
わずかに口の自由を許してやれば、私への呪詛であるとか、疲れただの何か食べさせろだのうるさいばかりだったので、早々に取りやめた。
「そうはおっしゃいますけれど、私、七歳からこれをさせられているんですよ? もちろん毎日です。しかもこれからがほぼ本番です。できないとご飯はありませんからね?」
結界水晶は、今日も独特の光を放っていた。
「ご存知かとは思いますが、これが王国の結界を保っております。聖女がいれば聖女から。不在時には魔力の強い神官などから力を注ぐことになります。ええ、聖女の力でなくとも可能な仕組みは作られているのです。決して聖女にしかできない仕事ではありません。さあ、国を護るため、今こそ力を捧げてください!」
今の私は神のお力で保護されているので影響はないが、この部屋に入った者から水晶は相手を選別せずに力を奪い取る。聖女の力は聖力もしくは聖魔法と呼ばれるが、それに拘泥はしない。魔力がある者からは魔力を。魔力のない者からは体力を奪って変換して吸収する。
声なき阿鼻叫喚な空間となった。全員が全員、魔力の豊富な血統である。けれどこれまで、彼らは魔力を限界まで使い切るような事態を迎えたことはなかった。何せ、国は結界で守られており、戦争も魔獣との戦闘も必要ない。必要があれば他者に命じればよいのだから。
水晶が吸収を止める頃には、全員が床に倒れていた。さぞかし今日の水晶は満足したことであろう。この国でも魔力が多い面々複数から力を奪ったのだから。
「いつまでもそこで倒れておられるのでしたら、食事はなしになります。常でしたら、こんな時間になるまで掛かったら、もう食事は処分されてしまっているのですけれど、今日だけ特別に食堂に取り置いてもらっています。さあ、移動してください。食べないと後が辛いですよ?」
もうすでに辛いでしょうねえ。水晶に力を吸われると干からびたような気がするから。
全員がなんとか食堂に移動し、当然出されたものに文句を言い始める。——いちおう? 彼らの反応も見たいので、少しだけ自由に話せるようにしたら、これ。
「でもこれがいつも私が食べさせられているものになります。少なくとも肥満とは無縁ですね。こんな鶏がらのような身体になりますけれど。
言っておきますが、聖女に粗食しか与えないようになどと、神託が降りたことはありません。神殿側の勝手な判断です。聖女の力は食べたものに影響されることはありません。
当然、こんな食事しか与えられない聖女は早死にします。馬鹿ですか、神殿は。馬鹿なんでしょうね。王宮も同じですよ。やせ細った私や歴代聖女の姿を見ているのですから、せめて王宮滞在中にまともな食べ物を用意するなり、医師の診断を手配するなりできるはずなのに、放置してきたのですから。
さすがに? 王子殿下とのお茶会だけは殿下と同じものを出さざるを得ないから、お茶とお菓子が用意されましたけどね。あれが私の寿命を繋いでいた気がします。まあ、今は目の前の食事を味わってください。これが聖女への正当な扱いだと信じるあなた方にこそ相応しいはずです」
彼らが拒否したくとも。口も手も、私の支配下にあって、出された食事を完食する。美食しか知らない舌に、よく味わえるようじっくり噛ませた。嚥下を拒むことも、吐き出すこともできないままに。どのみち、これしか食べ物はないのだから。
食事が終われば治療院への移動だ。担当神官にも、信徒にも通達は済ませている。これからの数日、聖女以外が対応すると。魔力を治癒力に変換しているので、安心してその施療を受けるようにと。さすがに王族だと分かったら遠慮するかもしれないので、全員に顔の見えないフードをかぶらせた。
治療を求める者は、浄財のためと幾許かを神殿に寄付する必要がある。そして神殿側が寄付金の大きさで順番を決めているのだと、客観視できる立場になると明白だった。これに気が付かず、ただ言いなりになっていた自分はどれほど思考能力も判断力もなくしていたのだろう。当然、庶民や貧しいものは後回し。患者が少なく運が良ければ治癒の機会が巡ってくるかもしれない。それに賭けるしかないのだ。喜捨して聖水を購入した方がまだ救いがあるだろう。だがそれすらできない者が常に押し寄せているのだ。
今回は治癒を施す人間の数が多いから、人数を捌けた方だ。それでも目の前で治療を断られれば不満も出る。正体を隠していなかったら不敬罪で処されるほどの悪口雑言を浴びて、彼らの顔色は白い。罵詈雑言は庶民の方が語彙が豊かまである。ここまで悪し様に罵られることのない彼らには新鮮な体験となったことだろう。感謝も尊敬もなく、ただ己の都合で文句を言う民の勝手さをしっかり味わってほしい。
次は王宮への移動だ。間違っても「帰れる」のではない。移動だ。最低限の箱馬車に詰め込めるだけ詰め込んだら、三台に収まった。高級な馬車になると、揺れなかったり、振動が少なかったりするらしいが、そんな機能を備えているわけもないただの狭い木の箱である。その横に浮かんで中の様子を観察した。うっかり眠ろうものなら雷撃がお見舞いされることになる。
王宮の一室を借り受けて、本日の教育が始まった。
「みなさんは私と違って幼いころから優れた教育を受けておられるので、わたしに課されているものでは物足りないでしょう。そこで、わが国ではほとんどの人が習得されていない遠国のエト・ランぺス語を学んでいただきます。かの国はここ十年で勢力を増し、いずれはわが国とも直接交渉あるいは戦争勃発が予想されています。それを回避ないしは優位に進めるためには、国を代表する皆様が言語を習得されるのが早道かと思います。本日、講師をしてくださるのは、かの国に三十年滞在しておられた皆様になります」
エト・ランぺスなどという国も言葉も私は知らない。だが王子妃教育でちらりと触れられたのを覚えていた。結界に護られているとはいえ、それを上回る力で破られる可能性だってある。神は一柱だけではないし、神にもまた力の上下があるそうなので。また一部の商人や外交大使などの間で、他国との交流を望む声が上がっている。どうしても国内だけですべてを循環していれば、様々な淀みや停滞が起こるからと。今回の講師も、そんな大使の数人に要請した。
さすがに高度な教育を受けることに慣れた面々であったせいか、さくさくと講義は進んだ。私だとこうはいかなかっただろう。何せ空腹と疲労で集中力も失われていたから。彼らとて慣れぬ早朝からの聖女体験で疲労しているが、さすがに王族というべきか。少し見直した。ただ、言語の基礎、かの国の歴史、言語の書き取り、かの国の文化……と休みなく続く講義に、さすがの集中力が失われて、雷撃が次々に落ちてはいた。
夜になって再び神殿に戻ると、護符作りが始まる。彼らの枯渇しそうな魔力を祈りに変換してあげる親切仕様。目の前には一日あたり私に課されていたのと同じ数の護符が一人一人の前に積みあがった。雷撃を浴び続けたせいか、彼らは抵抗もなく護符に向き合ったが、それでも終わるまでにすっかり夜は更け。
せっかくの食事が喉を通らぬ者もいたようだ。あるいは、舟を漕いで机に突っ伏す者も。もちろん無駄にせぬよう、無理やり嚥下させたが。
夕の祈りと夜間の水汲みまで一通り終えた彼らには特別な部屋にご招待だ。男女別に押し込んだのは、粗末な寝台だけが並ぶ殺風景な部屋。だが文句を言う気力もないのか、全員が崩れるように薄い毛布に包まって硬いベッドで寝落ちていた。
今日は、私の食事は別で取り上げた材料で作らせたし、占領した快適な客室で眠るので、彼らより疲れてはいない。それでも一日監視と説明役に付いていたら、それなりには疲れるのだ。夢も見ずに熟睡した。
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「おはようございます! さあ、朝のお祈りからですよ!」
祈祷所に問答無用で呼び寄せた彼らの様子は、普段とは似ても似つかない酷い有様だった。だれも世話をしないので、髪も髭も肌も寝起きのまま。何だったら着ているものも昨日と同じままだ。夜着も兼ねたせいで貫頭衣もくしゃくしゃである。
「今日の予定ですが。流れはほぼ昨日と同じになります。ただし。来年、十八になれば私はリチャード殿下に嫁ぐ予定にされていましたので、『聖女兼王子妃』の一日を体験していただきます」
祈り、水汲み、結界、食事、治癒。王宮へ移動しての教育(王子妃の業務の代わり。前日に引き続いてのエト・ランぺス関連)、移動、護符、祈り、水汲み。そして就寝。
ほぼ前日と同じではあるが、最後だけは変更が加えられた。
「王子妃になれば期待されるのは子供です。どれほど疲れていても閨でのお役目からは逃げられません。実際は鶏がらに欲情するのは難しいでしょうから、他で欲を散らすかと思いますが、それでも同衾を強要されることもあるでしょう。ということで、寝る前に夜の営みと同等の運動をしていただきます。まずは腹筋背筋から——」
疲れた身体に更に課される余分な運動。ひとりひとりに神威で操った屈強な騎士をつけて補助させた。最後には全体重を乗せて押しつぶさせるまで。
婚約者の体力がどれほどかは知らないが、腹筋背筋からもう一度繰り返させようかと検討する間もなく、全員が意識を喪失していた。
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三日目、最終日。朝の祈りのために祈祷所に呼び出した面々は前日よりも影が薄かった。だが容赦はしない。
「さて、王子妃となって閨もあり、うまくいけば懐妊となります。けれど調べたところ、神殿でも王宮でも、妊娠した聖女の生活には一切の配慮がされていません。そこで今日は妊娠後期の状態で動いていただきます。前期のつわり時期でないだけ良心的ですね」
全員に着せているお揃いの貫頭衣の下に、石と綿でできた詰め物を腹に巻かせた。平均的な臨月の妊婦仕様である。これでいつも通りの私と同じ生活をしてもらう。
神威を借りて調査したところ、王族に嫁いだ聖女の半分が妊娠する前に亡くなっており、妊娠していても流産や早産が目立つ。そして出産後はほぼ全員が死亡していた。
そもそも栄養不足の身体では、子宮すら発達していない可能性も高い。誰も警告さえしなかったのだろうか。国のため神殿のためと聖女を囲い込むのであれば、虐げるのは逆効果でしかない。むしろ厚遇して機嫌よく役目を果たさせれば効率的だと思うのだが、よほど人間扱いしたくないらしかった。
「私はよく知りませんが、妊婦相手に興奮する方もいらっしゃるそうなので、希望があれば夜の運動を本日も取り入れますが。どなたも希望はない? そうですか」
重い腹を抱えて、息も絶え絶えに深夜の祈祷所に転がる人々を前に、私が問いかけても、誰も希望しなかった。少し残念。
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「あとは就寝して終わりですが、三日間の集中体験はいかがでしたでしょうか? これを十年も課されていた私への謝罪や反省のみ受け付けます。文句や不満がある限り、この聖女体験が続けられます。ええ、心底反省なされるまで。これは監督の私がいなくなっても継続されます。
お分かりかと思いますが、この国の体制は聖女が不在でも回るのです。奥庭の水汲みは聖女でなくともできます。魔力体力の変換魔道具は作成しておきましたので、結界も治癒も護符作成も誰にでも可能です。つまり、聖女は不要なのですよ。
今回、神に直接訴えましたところ、愛し子への虐待の実態を知られた神は大層なお怒りです。これまでの聖女は疲労困憊のあまり洗脳状態のまま、自らの命を削って果てていたことも明らかになりまして。ですから今後、この国に聖女が生まれても、その地位に就くことはありません。神が隠匿に同意してくださったからです。家族の元でそれまでと同じように過ごせるように。ただし、聖女の環境が悪い場合は保護する必要がありますので、その場合のみは明らかにされるでしょう。業務は改革されて、負担も少なく、望むならば誰と結婚してもよい。これからはそうなります。皆さんが反省してくだされば。もちろん、してくださいますよね?
ところで、私は十年間リチャード殿下の婚約者でありました。知りもしなかったのですが、私への予算も計上されていたようですね。これまで何に使われていたのでしょう? 贈り物など頂いたこともありませんし。横領ですね。……というわけで十年分と同等の金銭を王家の皆様より拝借いたしました。受領証は残しておきますので、後程ご確認ください。また神殿でのタダ働きについても同様とします。貯め込んでいらっしゃいましたね、大神官様。これからは清貧を心掛けるしかなくなります。二度と聖女はあなた方から搾取される奴隷にはなりません。
そして私は本日この時より出奔いたします。どれほど探されたところで、私には神がついておられますから、無駄です。諦めてください。今回、覚醒しなければ私は死んでいたところなのです。あなた方が殺したも同然に。報復しないだけ優しいと思いますよ? そんなことより自由になることの方が大切なので! それではさようなら! お元気で!」
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十一名の前から私は華麗に消え去り、そうしてぼすんと、柔らかい毛皮の上へと着地する。
『終わったのか、リリー』
「はい、終わりました。延々、聖女体験が続くかもですが」
『少々、あの国に甘くしすぎたな』
「というより、ご自身の媒体である聖女に関心なさすぎです!」
『しかし時間の流れが違いすぎて、すぐに死んでしまうのだ。主のように直接訴えられることもなかったので、幸せに生きたと思っていたのだが』
「これからは私がお傍におりますので、今後生まれる聖女の後見をいたしましょう」
わが国の神は獣神だ。巨大な白虎の姿をしておられる。その本性は獣に近いため、ことに人間への理解は薄かった。ただ、信仰心を捧げてくるのも、己が力の地上への媒体となるのも、人間にしか不可能なのだそうだ。
私は、あの祈祷所で倒れた日に一度死んだ。神に繋がって眷属として蘇ったので、まっとうな人間かと問われると怪しい。寿命もなくなったので、これからは神の元で過ごしたり、地上で好き勝手する予定だ。
さすがに両親との縁は薄くなりすぎた。七歳の子供に戻れるなら別だが、さすがにそれは神にもできないのだそうだ。時を操るのは禁忌だとかで。
そして聖女のように神に繋がる存在は、意図せず生まれるものらしく。なので、二度と私のような辛い思いをしないように、現れたら庇護しようと思う。
かの国のことは、聖女のことがなくとも、一応は気にかけておくつもり。あの体制で結界に護られた期間が長すぎたので、簡単に崩壊させると周辺国に影響が出るからだ。王家と神殿が反省して、まっとうになってくれればそれでよいのだけれど。
「とりあえずたっぷり寝て! 美味しいものもたくさん食べて! ご加護があるから身長と体重も増やして! 健康的に年相応になるぞ!」
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永遠の十七歳。元聖女のリリーは、こうして故国を去り。たまに普通の人間のふりで旅したり。気まぐれで誰かを助けたり。眷属なので白い仔虎の姿になったり。好き放題するようになる。そうしていつか、『白い仔虎に良くしてやると幸せになれる』などという言い伝えができたりするのだが、それは解放されたばかりの私が知るところではなかった。
睡眠と食事。これを削られるのが私は一番許せません。特に子供。暴力や暴言、過剰な労働、過酷なノルマ。それらすら、十分な睡眠と食事があればある程度は乗り切れる(ただし、辛くないとは言っていない)はず。つまり。これはリリーの「食い物の恨み」を晴らすためのお話なのです。
最初の構想では、三日間集中体験を終えたあと、作中に出てきた他国エト・ランぺスへとリリーが旅立つところで終わるはずでした。ただ、「あの状態ならば死んでるんじゃない?」となってこうなりました。もふもふは正義。
神代には、神々も気軽に地上に降りていたのですが、人間の台頭で徐々に距離を置くようになります。気に入った人や国に加護を与えることもありますが、媒体になる存在(ここでは聖女)がいないと、いつしか地上では力を振るえなくなっていました。そう世界が変わっていったためです。
これを書いている間にもう一本「聖女もの」が浮かんだので書きました。三千字ちょっとの短いお話です。6月2日には投降できると思いますので、そちらもよろしくお願いします。




