第60話 世界史でフルボッコ!
「要するに、ここは日の本であって、ポルトガルじゃない。
だったら、日の本を尊重しろってことさ」
「もちろんデース!」
郷に入っては郷に従え。
そのことわざを簡単に説明すると、ジョアンはにこにこと笑顔になった。
「なら、ジョアンは当然知っていると思うけど……。」
「ハーイ、何でしょうカー?」
そんな安請け合いで、大丈夫か。
笑顔がいつまで続くか、見ものだ。
俺は必死に笑いを堪えつつ、言葉をつなげた。
「古来より日の本には、神道がある。
八百万……。山も、海も、川も、あらゆるものに神が宿るとされている」
「そう、神は唯一ではない。
……そのあたりは納得できるの?」
たちまち、ジョアンの笑顔が凍りついた。
「そ、ソレはっ……。」
一呼吸の間を空け、ジョアンは慌てて答えを返そうとした。
しかし、言葉を濁すと、目が泳ぎ始めた。
当然の反応だ。
ジョアンが信仰する宗教は一神教で、それ以外の神を認めることはない。
頷けば、棄教に繋がる。
頷かなければ、布教の許可は貰えない。
どちらに転んでも、ジョアンに待つのは地獄だ。
じっと見つめていると、ジョアンの額にうっすらと汗が浮かんでいた。
少し意地悪が過ぎたか。
俺は答えを待たず、話を進めた。
「だから、仲良くしましょうって話さ。喧嘩は駄目だ」
「武力を持つのは禁止!」
「……って言いたけど、まだ太平の世とは言い難い。
自衛程度の武力なら、目をつぶろう」
ジョアンは、明らかに胸を撫で下ろした様子だった。
悪いとは思いつつも、俺は堪えきれずに肩を揺らしてしまった。
「ご安心くだサーイ!
我々は、右の頬を打たれたなら、左頬も差し出しなさい、デース!」
なるほど、有名な聖句の一つ、『耐える勇気』か。
だが、もう一度言う。
そんな安請け合いで、大丈夫か。
俺は現代の日本の義務教育を学び、大学受験も突破した男だ。
無論、世界史だってそれなりに知っている。
暗記分野だから、叩き込んだ有名な出来事は、今でも頭に入っている。
さあ、俺の現代知識チートを喰らえ。
「でもさ……。
君たち、十字軍……。クルセーダズで、他国を侵略していた過去があるよね?」
「ファファっ!?」
「聖地奪還を大義名分に、200年くらい戦ってたよね?
いや、レコンキスタなんて……。800年? そういうの困るんだよねー?」
「ファーーーーーっ!?」
ジョアンは目を大きく見開き、両掌を持ち上げながら上半身を仰け反らせた。
さすが、ポルトガル人だ。
リアクションが大きくて、つい嬉しくなってしまう。
しかし、まだ終わらない。
駄目押しをしてやる。
「そして、一番大事なのは、政治に関与するなということだ」
「と、当然デース! わ、我々は神の教えを……。」
ジョアンは声を上ずらせながら反論した。
その目が、俺を恐れ、必死に探っているのが分かった。
だが、無駄の極み。
反論に対する反論も、俺は用意していた。
「先ほども言ったけど、宗教は拠りどころだ。
拠りどころだからこそ、人の心につけ込む余地が生まれる」
「特に、権力を持つ者と結びつくと厄介だ」
「大友宗麟……。かつて隆盛を極めた大友家が、なぜ没落したか。
……もちろん、知っているよね?」
戦国時代、九州に一大勢力を築きながらも、没落した大名家がある。
それが、大友家だ。
豊臣秀吉の台頭も影響したが、キリシタン大名として知られる大友宗麟は、宗教に傾倒したあまり、家中に混乱を招き、一気に衰退してしまった。
そして、南蛮人の総元締めであるジョアンが、それを知らないはずがない。
「……は、ハイ」
ジョアンは気の毒なほど勢いを失った。
眉をへの字に落とし、視線を畳に縫い付けた。
俺はトドメの一撃を加える。
「まあ、その辺りをスペイン王とローマ法王に相談してみたら?
布教を許すかどうか、話はそれからだ」
「は、ハイ……。」
つまり、『お前じゃ話にならない。上司の判断を仰げ』だ。
豊臣家としては、貿易を今後も続けたい。
結局、今の『なあなあ』が正解なのかもしれない。
俺は、この問題を未来に先送りした。
俺の意思がポルトガルに伝わり、それが戻ってくることを考えたら、少なくとも5年は時間を稼げるだろう。
「あっ!? 絵の代金はちゃんと支払うから安心してね?」
「あ、ありがとうございマース……。」
5年後、秀頼は14歳になる。
きっと、立派に成長した秀頼が何とかしてくれるはずだ。
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「はぁーーーーー……。」
俺は、大阪城の廊下をドナドナされていた。
ジョアンをやり込めた爽快感は、もうどこにもない。
この先に待っているのは、山のような書類仕事。憂鬱で仕方がなかった。
いっそ逃げ出したい。
だが、俺の背後には、ドナドナする三成がいた。
ただ、妙だ。
三成は評定の間を出て以来、無言のまま。
いつもなら、仕事場まで着くまで、容赦なく飛んでくる嫌味が一言もない。
次の曲がり角で、猛ダッシュで逃げるか。
そう考えていた、まさにその瞬間。
「……秀秋様」
「んっ!?」
不意に三成の声が飛び、俺は思わず足を止めた。
完全に、気勢を制されてしまった。
思わず舌打ちして振り返るが、違った。
「あの南蛮人は、ポルトガルの宣教師と聞きましたが……。」
三成の表情は、深い思慮に沈んでいた。
答えが見つからない迷路に迷い込み、救いを求めている。そんな顔だった。
「ああ……。もしかして、スペイン王とローマ法王の話?」
「はい」
俺は、何となく察した。
三成は豊臣家の大幹部。
海外事情についても、並の者よりは遥かに詳しい。
だが、所詮は戦国時代の情報精度だ。
望みさえしたら、ネットで瞬時に知識へ辿り着けた現代とは、比べるべくもない。
俺がジョアンに突きつけた、十字軍とレコンキスタに関する歴史など、知ろうとしても、到底掴めるものではない。
「今、ポルトガルの王権は、スペイン王が持っているんだよ。
スペインってのは、ポルトガルの隣の国ね」
「……征服されたのですか?」
しかし、スペインとローマの名は知っている。
ポルトガル船に並び、スペイン船の渡来も多い。
ローマは、かつて巨大な帝国を築いたという、その伝説はこの極東にまで伝わっている。
だからこそ、不思議に思ったのだろう。
俺がポルトガル人のジョアンに、スペイン王とローマ法王の名を出したのを。
「うーーーん……。
そうとも言えなくもないけど、少し違う。事情がややこしいんだよね」
「では、ローマ法王とは? 皇帝ではないのですか?」
「それも説明が難しいんだよね。
ただ……。ジョアンの本当の上役は、ローマ法王だ」
ところが、この説明が難しい。
正直、俺も詳しく語れるほどの知識はないため、ざっくりとした答えを返した。
「……って、いきなり、何?」
三成が膝を折り、両手を突いて、頭を深々と下げた。
「お見それしました……。
日頃、仕事からただ逃げているだけでは、なかったのですね」
「それ……。褒めてるの? 貶してるの?」
きっとこれは、新手の嫌味に違いない。
昨日、仕事を放り出して、堺で遊んでいた件を責めているのだろう。




