第3話 知らない岐阜城
「う~~~ん…。なんか知ってるのと違う?」
長良川のほとりに立ち、金華山の頂にそびえる岐阜城を見上げる。
城巡りは好きだが、詳しく語れるほどではないため、どこがどう違うかまでは言えない。
しかし、前方の岐阜城には、どこか違和感を覚える。
岐阜には出張で何度も訪れたことがある。
岐阜城の北西、この長良川を挟んだあたりは、出張の際にいつも定宿にしているビジネスホテルの位置とほぼ同じはずだ。
だが、窓からいつも見ていた岐阜城と金華山の景色とは、どこか異なって見えるのだった。
「……というか、それ以前に、だ」
いや、岐阜城よりも、もっと奇妙さを感じさせるものがある。
それは、対岸に広がる城下町だった。
道路も電柱も、近代的なものは一切見当たらない。
建ち並ぶ家々はすべて木造で、一階建ての板葺きに重石を乗せただけの粗末な長屋ばかり。
瓦屋根の家は、岐阜城へ至る大通りの脇にしかなく、そこも二階建てが最高で空の広さが際立って見える。
視線を城下町の外に向ければ、田畑、野原、森。そのどれかが延々と続くばかりだ。
関ヶ原から馬で駆けてきた道中もまた、大自然に囲まれていた。
近くの名古屋市と比べれば、さすがに発展度は劣る。
しかし、東海道の要所となる岐阜市は、やはり都会だ。
これほどまでに、人の手が届かない自然が広がる光景は、実に珍しい。
北海道の田舎を思わせるが、あの土地でさえ舗装道路はあった。ここにはそれすらない。
まるで戦国時代の只中にいるかのようなリアルさ。
夢の中とはいえ、俺の想像力はこんなにも豊かだったかと、疑問が湧くほどだった。
「殿! 秀秋様! どこにおられます!」
静寂を破るように、どこからか声が聞こえた。
ふと耳を澄ませると、それは稲葉のおっさんの呼び声だと気づく。
川沿いに生え放題になった葦が、今は枯れ色に染まり、ざわざわと風に揺れている。
その隙間から、稲葉のおっさんの姿が見えた。
「おう、ここだ! ここにいるぞ!」
俺は考え事を中断し、振り返って右手を挙げ、左右に大きく振って応えた。
その背後には、本来あるはずの定宿。岐阜に立ち寄った際、いつも泊まっていたビジネスホテルの姿が、やはり見当たらない。
岐阜県のランドマークといえる野球場も、陸上競技場も存在しなかった。
代わりに広がっているのは、葦が群生する枯れ野原。
兵士たちが今夜の寝床をこしらえるため、せっせと刈り取っている。
「ここ……。どこなんだ? 岐阜、だよな?」
さて、関ヶ原から今に至るまでの経緯を説明しよう。
結論から言えば、俺は徳川家康を討ち取ることができず、逃してしまった。
本多忠勝は戦国最強。
その俺の中の認識が、心憎い演出をしてくれたに違いない。
夢の中で、負けるはずのない無敵状態の俺ですら、本多忠勝は強かった。
一時は『……あれ? 強すぎね? これ、負けるんじゃね?』と弱音を吐きかけたほどの苦戦を強いられた。
その結果、徳川家康が関ヶ原から脱出するのに、十分な時間を稼がれてしまったのだ。
しかし、夢はやっぱり夢だ。
一騎打ちの最中、ふと『今の本多忠勝って、結構な歳だよな? よく体力が続くな?』と思った瞬間、まるでそれを待っていたかのように、本多忠勝の動きが鈍り始めた。
俺の突きが本多忠勝の右肩口へと深々と刺さり、それが決定打となった。
その後、勝鬨を一度上げ、俺たちは徳川家康を追った。
だが、その逃げ足の早いこと。
中山道をそのまま下り、大垣城へと至ったが、城内は殿すら置かれず、もぬけの殻。あっさりと降伏してきた。
城門前では、白装束に身を包んだ使者が土下座で俺たちを出迎えた。
その口から語られたのは、『徳川様は大垣城を素通りし、名古屋城へ向かわれました』という言葉。
使者の声は震え、頬を伝う涙が、見捨てられた悔しさと悲しみを雄弁に物語っていた。
「あのおっさん……。哀れだったよなー……。」
当然、俺は中山道から東海道へと進路を変えようとした。
しかし、そこで『待った』がかかった。
まずは稲葉のおっさんが『足軽たちを少し休ませるべきだ』と進言してきた。
その意見を受け入れて一息ついた矢先、俺のもとへ早馬が駆け込んでくる。
南宮山北の中山道を追撃していた俺に対し、南宮山南の伊勢街道を追っていた石田三成からの報せだった。
『数日前、徳川家康の嫡子、徳川秀忠が二万の兵を率いて碓氷峠を越え、中山道を進んでいるとの報告を受けております』
『しかし、関ヶ原にその姿を最後まで見せなかったことは不気味と申せましょう。
もしかすると、恵那付近に後詰めとして控えているのではないかと疑っております』
『正直に申し上げれば、私も半日で雌雄が決するとは想定しておりませんでした』
『それゆえ、もし徳川秀忠が十三峠を越えて岐阜城に入城するようなことがあれば、一大事でございます。
堅牢な岐阜城が二万の兵で難攻不落となれば、我らにとって非常に不利な情勢となる恐れがあります』
『目の前の徳川家康の首を断念せざるを得ない断腸の思いは重々承知しております。
ですが、そこは何としても飲み込んでいただき、ここは中山道の封鎖のため、岐阜城の攻撃に踏み切っていただきたく存じます。』
実際には、もっと長々とした文章で、急いで書いたせいか字が崩れまくっていて、俺には読めなかった。
それを丸投げされた稲葉のおっさんが要約したところによると、内容はこんな感じらしい。
なるほど、と納得した。
関ヶ原の戦いにまつわる逸話で、徳川秀忠が信濃国上田の真田家に予想外の苦戦を強いられ、ちょっと寄り道するつもりが時間を浪費してしまい、結果的に関ヶ原の戦いに五日間も遅刻したということは、俺も知っている。
だが、それを石田三成が知る由もない。
なにしろ、夢とはいえども時代考証は遵守しなければならない。
戦国時代に電話やインターネットがあったら興ざめだ。
戦国時代では、情報は人が足を使って運ぶものであり、よほど話題性があって噂として広がらない限り、伝わる速度は遅い。
ましてや、徳川秀忠の動向は重要な軍事機密である。
それを調べる諜報工作のプロ集団『忍者』は存在するが、関東から近畿までの広大な圏内が緊迫した状況では、街道を悠々と移動することはできない。
馬が走れない山林の道なき道を進むしかないのだから、新鮮な情報を手に入れるのは容易ではない。
もし、誰も知らない情報を根拠に、俺が徳川家康の追撃を強行していたらどうなるか。
まず間違いなく、『小早川秀秋は兵法を知らぬ大馬鹿者だ』と謗られるだろう。
それは、関ヶ原で小早川秀秋のイメージアップ大作戦を成功させた俺としては、到底受け入れられない結末だ。
「うんうん……。格好いいは大事!」
だからこそ、俺は徳川家康の追撃を諦めた。
今は岐阜城へ送った降伏勧告の使者が戻ってくるのを待っているところだ。
岐阜城の守備兵は五百程度。
いかに堅牢な山城であろうと、俺が率いる一万弱の軍勢には太刀打ちできない。
降伏のタイムリミットは日没前。
それまでに吉報が届かなければ、城を枕に討ち死にしてもらう旨を降伏勧告に盛り込んである。
「殿! 勝手に出歩かれては困ります! 随分と探しましたぞ!
ここは戦場! 危険が去ったわけではありません! 戦はまだ終わってはいませぬ!」
それはそれとして、俺はうんざりしていた。
今日は稲葉のおっさんから、一生分叱られたような気がするのに、また叱られる羽目になり、溜息が思わず漏れる。
稲葉のおっさんには、群生する葦を掻き分けてきたせいで、鎧や陣羽織に細かな葉っぱがまとわりついており、つい『まずは、それを払い落としたら?』と逆に苦言を呈したくなるほどだ。
「でもさ、本陣に詰めていても暇なんだよ。ちょっと気分転換くらいは許してくれよ。
それより、後ろの彼は? わざわざ俺の前に連れてきたのだから、何か意味があるんだろ?」
しかし、稲葉のおっさんが付き従えてきた少年の顔を見ると、俺は思わず息を飲んだ。
これ幸いと話題を転換しようとすると、すぐさま元服前で前髪をまだ残す少年は跪き、顔を伏せた。
そのため、顔をじっくり見たわけではないが、それはあまりにも懐かしい顔だった。
俺が中学二年のとき、父親の仕事の都合で遠くの他県へ転校していった幼馴染の親友だ。
記憶は当時の顔で止まっているため、本来なら同い年のはずなのに、成長していない当時のままの顔に見えるのだろう。
今日は、幾人もの懐かしい顔に出会っている。
稲葉のおっさんを筆頭に、いずれも何かしらの役割を担い、俺の夢を脇役として彩っていた。
その証拠に、大勢の足軽の中には見覚えのある顔は一人もいない。
人生のどこかで擦れ違ったことがあるかもしれないが、その程度の存在は他人だ。
いわば、ドラマや映画のクレジットに登場する『通行人A』に過ぎないのだろう。
「はい、この者は殿のご領地の足軽、◯◯郡にある△△村の弥三郎と申します。
なんと、なんと! 家康に恥傷を負わせた者にございます!
残念ながら首を獲るには至りませんでしたが、ぜひとも殿に恩賞を賜りたく存じ上げます!」
「……嘘だな」
そうした根拠から、稲葉のおっさんの紹介を嘘だと断定した。
ひと目見ただけで誰だか分かり、俺が今も親友と認識している彼が、ただの村人、ただの農民、ただの足軽であるはずがなかった。




